ソファに座ってる条が片眉を上げた。
新学期の授業の準備をしている途中で、条を相手に源氏物語の空蝉の話をし出したら、ついつい熱を入れて語ってしまった。
宝も条件部屋にいたけど、条ほど熱心に聞いていた様子はなく…
俺は窓辺に立ってコーヒーを飲んでいる宝の背中を見た。
淡いグレーの薄手のニットを腕まくりして、チノパンのポケットに片手を突っ込んで窓の外を見ている。
「宝はどう思う?」
「ん?」
白いマグカップを持ったまま宝が振り向いた。Vネックの胸元がセクシーだ。
「聞いてた?俺の話」
俺は眉をひそめる。
宝の後ろにある窓から、校門の桜が見えている。
「聞いてたよ?」
宝が上目遣いでマグカップに口をつける。
「その人妻と、一夜限りだったかどうか」
「さぁ…」
宝は気のない様子で首をひねる。
「お前だったらどうする?」
俺はソファの背に腕を乗せ、そこに顎をつけて宝を見る。
「俺だったら?」
「そう。お前が光源氏だったら。その人妻と、もう一度会いたいんだよ。なんとしても。それには文のやり取りをしなきゃいけない。今だったら『LINE教えて』で済むけどさ、一千年前はそうはいかないんだから。誰かに文を運んでもらわなきゃ」
条が、
「郵便屋さんもいないしね」
と言った。
郵便屋さん…。時々、条の言葉遣いって可愛いんだよな。
宝はフッと笑って唇をいじった。
「どうするかなぁ」
「文とか面倒なことしないでさ、また紀伊の守の家に行って夜這いすればいいじゃん」
と条が言った。
「そうそう行けないんだって!だから!身分が違うし、相手は人妻なんだからさ。バレたら大変なんだよ。めちゃくちゃ秘密の恋なわけ!」
俺は条を振り向いて言った。
すると、
「あ…」
と宝が言った。
「なに?」
俺と条は振り向いた。
「あの子はどう?」
「確実に文を運んでくれそうな…ほら…話の最初の方に出てきた、その人妻の弟。なんか、可愛いとか召し使ってあげてもいいとか源氏が言ってたじゃん」
宝はそう言うとコーヒーを一口啜った。
「俺なら、その弟に橋渡ししてもらうかな」
と呟いた。
窓辺にもたれた宝の向こうには満開の桜。
花を背負って余裕の笑みを浮かべる勘のいい色男。
ビジュアルの質の高さといい、弟を使う発想といい…
「お前…光源氏そのまんまだな」
思わず、そう呟いた。