※本日2話目の更新です。
「ねぇ…姉上様、どちらにいらっしゃるのですか?」
すると、障子の向こうから衣擦れの音がして、
「…ここよ。もう寝ていたわ…」
と眠たげな声が答えた。
なんと…。先程話題にしていた伊予の介の後妻がこの障子の向こうに…?
どうやら急な賓客のせいで、伊予の介の妻は部屋を半分追い出され、この向こうに押し込められてしまったらしい。
「お客様はもうお休みになったの?」
「はい。お休みになられました。ああ…それにしてもお噂通り、美しくてご立派な方でしたよ。まさに、光る君と…」
「シッ…。静かに」
女は声を潜めて弟の言葉を遮った。
「もうおやすみになったのに…源氏の君を起こしてしまいますわ」
もう起きてるよ。と、源氏は心の中で呟いた。
「私も昼間ならこっそり覗いてみますけれど…あっふぅ…」
最後はあくびまじりで、女はどうやらまた布団に潜ってしまったらしい。
光る君と噂される自分にそれほど関心がなさそうな女の様子が、かえって源氏の男心を揺さぶった。
受領の妻に身を落としても、やはり気位は高いままなのであろうか。
源氏は、閨での葵の上の姿を思い出した。人形のように冷たい体で、乱れることのない葵の上を、源氏は何度壊してやりたいと思ったことか…。
しばらくすると、
「僕はあちらの端で眠ります」
といって、少年の足音が遠ざかっていった。
「ねぇ…中将は?どこに行ったの?なんだか人が少なくて、少し怖いわ…」
というさっきの女の声が聞こえた。
中将と呼ばれる女房を探しているらしい。
すると、女主人の寝ている部屋より一段下がった長押から、
「中将は下屋にお湯をもらいに参りましたわ。すぐに戻ってくると言ってましたが…」
という女房の声がした。
「…そう…」
心細そうな女主人の声は、女房の声よりうんと近い。
やがて、静かになった。
みんな寝てしまったのだろうか。
源氏は、用心しながら、試しにそっと障子の掛金を外してみた。
すると、向こう側は掛金をさしていなかったとみえて、障子はすっ…と、音もなく開いた。