健くんが俺の耳に片手をあてて、ヒソヒソ声で囁く。
「ダーヤマ…」
「ダーヤマ⁇誰それ?」
「体育の山田だよ」
「あ!佐倉さんの担任だった…」
そういえば、上野さんが佐倉さんのことを知ったのも山田先生から話を聞いて…
保健室でひとしきり泣いた上野さんを慰めたことを思い出した。
「男の嫉妬は怖いね〜〜。条と上野さんのデート画像、あれも山田から送られて来たらしいよ」
「は?なんで生徒にそんなことすんの⁇」
「さあ。生徒を使ってさーふたりの仲を壊したかったんじゃないのー?」
「マジで⁇」
「だってそれ以外考えらんないじゃん」
「そんなことするっ⁇」
「お前はしないわな」
「健くんだってしないだろ?」
「しねーよ。当たり前でしょ」
そのとき、カツカツと足音を響かせて、条くんが職員室に戻ってきた。
「お疲れ…」
って微笑みかけたのに…
無視された。
な、なんで?
なんかめちゃくちゃ機嫌悪いんですけど?
俺たちを無視して、電話に向かい、内線をかける。
「もしもし。数学の条だけど。山田いる?」
条くんの険しい声。
「え?なに?…帰った?もう帰ったの?…わかった。…いや、いい。サンキュ」
ガチャン!と、受話器を叩きつける。
「ざけんなっ!仕事もできねーくせに帰んのはえーんだよっ‼︎」
って電話に向かって怒鳴る。俺と健くんは顔を見合わせる。
「まあまあ、条。落ち着いて。もうじき橋本の保護者来るから、そっちの準備先でしょ」
すると、佐久間が入って来て、
「条先生、橋本さんのお母様がおみえです」
って声をかけた。
条くんは、わかったとだけ言って、黙り込んで動かない。
健くんが、ため息をついて、
「佐久間、ちょっと待っててもらって」
って言って佐久間さんを戻し、条くんのそばに寄る。
「まあ、山田は逃げねーし、あとでいいだろ?」
って、条くんの肩を抱いて顔を覗き込む。
「マジムカつく。ふざけんなよ」
条くんはプイと横を向いて健くんと目を合わせない。
「わかったわかった。あとで煮るなり焼くなり好きにしろよ。お前の好きにすればいいから。な?」
ってポンポンと肩を叩く。
「ほんっと、あいつ、やってやる!」
って健くんに見向きもせず、パシッと手のひらに片方の拳をぶつける。
「やるのはいいけど、プライベートでやれよ?」
「あ?」
はじめて健くんの顔を見た。
健くんが顔を近づけて、声をひそめる。
「学校でやっちゃってさー、労災おりたりしたら癪じゃん?」
プッと俺は吹き出す。
条くんも、ニヤリと笑って健くんを上目遣いで見る。
「はい、行った行った!保護者対応お願いしますよ。主任」
って条くんの肩をパンッと叩いて、笑顔で送り出す。
「健くん…。橋本、親には言わないで欲しいって言ってたよね?」
「甘いんだよ」
って健くんが振り返って、席に戻る。
「親に学費出してもらって?食わしてもらってて?親に言うなとかふざけんなよって話」
「いや、それはそうだけど」
「あいつはお母さんに嘘ついてることだって、たくさんあると思うよ?これを機に全部吐き出しちゃえばいいんだよ」
「え?」
「あいつの虚言癖は…」
って健くんが椅子を回してこっちを向き、机に片肘をついて、ボールペンの先で自分のこめかみ辺りをつつく。
「俺の勘だけど、厳しすぎるお母さんとの親子関係が根っこにあんじゃないかな…」
「へーぇ…」
「妹がいるんだってさ。ピアノも勉強もできる妹が。
…自分も親に認められたいけど、ありのままの自分じゃ認めてもらえないから、色々取り繕って誤魔化して…
嘘を重ねてきたのかもしれないな…なーんてね。…わかんないけど」
って言うとまた椅子を回して机に向かい、今日の報告書を書き始めた。