って職員室に戻って来た健くんが頭の後ろに手をやって椅子に座った。
「健ちゃん先生としたことが」
って俺が冷やかすと、
「ま、証拠もないしね。それに、あんまり追い詰めても、何するかわかんないじゃん」
って言うから、
「確かに。ああいうタイプはね」
って俺も頷く。
「佐久間さんは?」
「置いて来た。あいつ、橋本に同情してたし、ひょっとすると、橋本、佐久間には、腹割るかもしんないな」
「そうなの?」
「佐久間のやつ、慰めてー、ついでに『片想いの気持ちはわかるよ』なんて女子トーク始めちゃったりしてさ」
「なにそれ?片想いって健くんに、ってこと?」
「え?///」
自分で言っといて、なに今更照れてんだよ。
「いや、それは知らないけどさ…」
知らないけどじゃねーよ。佐久間さんダダ漏れじゃねーかっ。
「スマホで…漢字調べていいですか?」
橋本さんは、あたしのハンカチで涙を拭うと、反省文の用紙を見ながらそう言った。
「いいよ」
鼻をすすり、スマホをいじりながら、反省文を書き出す。
途中まで書いて、橋本さんの筆が止まる。
またぐすぐすと泣き出す。
自業自得とはいえ、なんだか可哀想になってくる。
「嫉妬する気持ちはさ…あたしも…わかるよ」
って思わず言ってしまった。
好きすぎる気持ちを持て余して、健ちゃん先生を困らせたことがあたしにも、ある。
「あたしの好きな人はね、奥さんいるんだ…」
「え?…先生、不倫?」
「してないよっ!そうじゃなくて…片想い。あなたと同じ。手の届かない人」
あたしは机に頬杖をついて遠くを見る。
「複雑だよねぇ…。奥さんが非の打ち所がない素敵な人で、好きな人が幸せだといいな、とも思うし、夫婦の間に愛が無ければいいな、なんて思っちゃったりもするんだよねぇ…」
「先生…条先生…結婚すると思いますか?」
「え?」
「上野先生と…」
って涙目になる。
「結婚しちゃったら…ほんとにショックで…あたし立ち直れません。…べつに自分と結婚できるわけじゃないけど、でも、条先生には結婚なんかして欲しくないんです」
「でも…あなたには止められないでしょ?」
「やっぱり、上野先生と付き合ってるんですね?」
「あ、いや、それは…違うと思うけど」
「違うんですか?」
「ていうか、わからない。知らないもん。…書けたら、呼んで。保健室にいるから」
あたしは、あたふたと相談室を出て、ドアを閉めた。
相談室のドアのひとつは、保健室と繋がっている。今は石田先生が出張で不在だった。
あたしは、誰もいない保健室のソファにボスッと身を沈める。
危ない危ない。あたしひとりだとボロが出そう。
臙脂色の袴の上に手を置いて、はあ…とため息をつく。
健ちゃん先生…怖かったけど…
カッコよかったなぁ…///
そのとき、ドアをノックする音がして、
「はいっ」
って振り向くと、上野先生が顔をのぞかせた。
「橋本さん、いる?」
「あ、はい。今、相談室で反省文書いてます」
「そう」
上野先生は、相談室のドアをノックして、
「橋本さん?…ちょっと話したいことがあるんだけど…」
って、相談室の中に入って行った。