俺は、ののちゃんを見上げる。
ののちゃんは、俺の正面に立つと、
「宝先生、ありがとうございました!」
って深々と頭を下げた。
俺は驚く。
「え?」
ののちゃんはバッと頭を上げると、目尻の涙を拭いながら、へへって笑う。
「すっきりしました!久しぶりに、こんなに泣いちゃった…。ごめんなさい」
な、なんか、ひとり勝手にすっきりしてる人がいるんですけど…?
俺、めちゃくちゃ中途半端なんだけど…モヤモヤってかムラムラしてんだけど…。
「宝先生、優しいから、いっぱい甘えちゃった」
俺は人差し指でこめかみのあたりをかきながら上目遣いでののちゃんを見る。
「…もう終わり?」
「え?」
「いや、いっぱい甘えちゃったって言うから、もう…いいのかなって」
「はい…。正直な気持ちが話せたし…彼のことも。先生に話すうちに、だんだん自分の気持ちが見えてきたっていうか」
ののちゃんが真剣な顔で話す。
「彼…治療が進むと、あたしが愛した16歳の彼は消えてしまうんです。人格が統合されるって、そういうことなの」
「…好きな人が…消える?」
「浮気症な彼の方が強いから、そっち寄りの人格になっちゃうかな…。どんどん彼が現れる時間が少なくなって…それが怖くて…逃げてたんです。」
「……」
「消えて欲しくない。でも、彼が消えるってことは彼が背負ってた傷を他の人が、浮気症の彼か、また別の統合された新しい人格かわからないけど、とにかく誰かが背負ってくれるってことだから…」
「そっか…。あまりにも辛い体験をして、その記憶を肩代わりさせるために、別の人格を作る…って聞いたことある」
「そうなの。…結局ね、彼の負った傷はあたしでは癒せない。彼自身がその傷を受け止める強さを持たなきゃいけない。あたし…決めました」
ののちゃんの決意に満ちた顔を見上げる。
「…このまま、先生に逃げてしまいたかったけど…あたし、やっぱり彼が消えるのをこの目で見届けたい。彼のそばにいて、彼が自分で傷を癒すのを、見守りたい。
今まで、悩んだり迷ったり、大変だったけど、宝先生や友達に励まされて、ここまで来たから…やっとここまで来たから、最後まで彼のそばにいたい」
「ののちゃん…」
俺は思わず立ち上がる。
「…先生…。ずるいことしてごめんなさい。先生の気持ち…」
「…いいよ」
俺はののちゃんをそっとハグする。
「謝んなくていいよ」
ののちゃんが愛しくてたまらなかった。だけど…
「…ののちゃん…」
少し、力を入れる。
「…宝先生…」
「…頑張れとは言わない。…無理は、しないで。…だけど、決めたんなら…後悔だけは、すんな」
ののちゃんが、ギュッと俺の背中のシャツをつかむ。
「…正しい答えなんて…あると思うから、迷うんだ。…そんなもん、無いんだよ。見つけられないんじゃない。最初から、無いんだよ。
正しい道を歩こうと思うな。自分の道を歩いてけばいいんだ。
それでも正解が欲しいっていうなら、迷うたびに、ののちゃんが、自分で選び取って来た今までの道のりが、全部正解だよ」
「…先生…」
しばらく、何も言わずに抱き合っていた。
ののちゃんが愛しくてたまらなかった。心からののちゃんを応援したいと思った。
もう、俺の出る幕がないくらい、ののちゃんが、ののちゃんの思うように、とことん彼を愛することができたらいい…。
「…送ってくよ…」