こんにちは爆笑
旦那さんが代休で今日は家族との時間を楽しんでます。(へいじつなのに皆いる(笑))

【ほめる・ほめられる】
明日「ほめゲー」という道具を使って「ほめ愛ワークショップ」を開催します。
なので、昨日はほめる・ほめられる事で思うこと書いてみます

私「ほめられる」事で衝撃を受けたことありますびっくり

とある研修中の食事時間。
サラダがあったんですね。
「あっ、玉ねぎばっかり」という隣りに座ったお友達の声。
私のを見ると、あっ、レタスばかり。
なので、わたしが「レタス取る? 」と聞いたんですね。

そこで目の前にいたNohさん(認識技術、観術の創始者です)が
「圭ちゃんは優しいね」と一言言われたんですね。

それを聞いた私すっごい嬉しかったんです。こんなことでほめてもらえるんだと思ったんです。

なんか私にとって、当たり前の事だったので。

そして、その後のやり取りで
あっ、ほめるって我が無いところから観ないとできないんだ!!と私にとって衝撃の気づきになったんです。

これ、言葉にすると淡々とした感じになってしまうけど、その時の衝撃は宇宙誕生ビックバン‼くらいの衝撃だったんです。

皆さんは「ほめる」時って、何をみてほめたくなりますか?

何かできなかった事ができた時
自分ではできないことを人がやった時
その人のセンス
などなど…

(私ほめベタなので、こんな基準しか思い浮かばなかったですてへぺろ)

何かしら「自分がある」の基準からみて、
ほめてることがほとんどだと思うんです。

そうすると相手の心にヒットしたり
しなかったり。

でも自分が無いところからほめる時って
その人そのものになるから
相手の心にすっと入っいく…そんな感じがします。

ほめるって、「我」をなくす一つの素敵な手段なんだと思います。

またほめられる側も「我」があるのでほめられて素直に嬉しいと思ったり、さらにやる気がでる人もいれば、ほめられる事を素直に受け入れられない人もいるいるんですよね。

自分がどんな受け取りをしてるのか意識できるのも、人との関係性をつくる上で大事な気づきになります。

ちなみに私はほめられると、めちゃモチベーションがあがります爆笑

「ほめる・ほめられる」って実はすっごい深い本質につながるんですよ。

まずは「ほめる・ほめられる」を日常意識して、楽しむところからやりましょう音譜

わたしもまだまだ発展途上です。

明日お待ちしてます!

ぜんけ けい

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