こんばんは。
今日はTPPというイベントで、日韓の文化交流と
SAYURIさんと大川さんのトークライブを聞いてきました。

その中で私の伝えたいことが明確になりました。

私は世間一般のお母さんという基準(そんなのあるかな・・)
からみたら、ダメなお母さん。
できる、できない基準でみたら、できないお母さん。
親として、しつけをするという観点からみても、できてないお母さん。

子供たちが起こすこと。
それによってみる自分の未熟さ。
そんな自分にたいする苛立ち。
そんな自分をみさせる子供に対する苛立ち。

子供がいい子か、悪い子か
子供ができる子か、できない子か
子供が世間一般で良いとされる道を歩んでいるのか、いないのか。

そんなところで、母としての価値が決まるような気がして
一生懸命いい子に育てようとする。
けれど、思うようにいかに子育て。

私は自分だけで生きていたら絶対に体験しないことを
子供によって体験した。
自分にとっては最悪のこと。
世間から見ても最悪のこと。
人間としても最悪のこと。
そんなことをした子供を責め、
そんなことを子供にさせてしまった自分を責め。

その気持ちは誰にもわかってもらえないと思っていたから
一人で何とかしようとした。
なかったことにしたかった。
私の隣で「死」という言葉を発する子供。

体の死を選ばない代わりに、自分の生き方の死を選んだ子供。
そんな子供にどう接すればいいのかわからなかった。
ただただ、泣くしかなかった。

子供が学校へ行かないことなんて、大きな問題ではなかった。

子供との真の関係性を築けてなかった、それが大きな問題だった。
そこから引き起こされた、世間の規則に反した子供の行動。

私が苦しいのと同時に、子供も苦しかったと思う。
私が泣くのに、泣けない子供はもっともっと苦しかったと思う。

何かができる。
何かができることで、自分を、人を認めることができる。
そんなところに縛られてた。

本当の変化のイメージがなかったから、
何を変化させていいかわからなかったから、
その変化に苦しんだ。

闇だらけ・・・。
けれどそんな闇を自分で認めることができなかったから
子供が見せてくれた。

そう。人生で一番衝撃的なことが起きたのは
ちょうど一年前だった。
全く思ってなかった事件。
親なんかなれないと思った。

観術と出会って、5年経ってたけど
その技術を使ってはなかったし、自分ち自分の宇宙が存在したままで
子供たちと全く出会えてなかったことが衝撃だった。

なんで、ここまで子育てに苦しまなきゃいけないのか。
子育てして16年、苦しい思いしか覚えてなかった。
けれど、そんな思いをもってる自分を認めたくなくて、
一生懸命なお母さんを演じてきただけだった。

子育ての中でもう、限界!!
と思うことは何度もあったけど、
この時の限界は史上最高級。

それと同時に私が私でいることがもう限界だった。

そう、私がこの時思ったのは今までの全て手放そうということだった。

・・長くなったので次回に続く。