みなさまこんにちは!
ご無沙汰し申し訳ありません。
カラーブリア州3箇所で『愛の妙薬』のベルコーレを歌い、カラーブリアでは14年ぶりにこの役を歌いました。
昨日、飛行機でBolognaに戻り、
そこから車で家に到着後、
正午にレッスンをしました。
昨夜はゆっくりやすみ、
今夜は、近所の城で、ほかのプロシンガーたちに交じって歌います。
さいきんはオペラを歌いつつ、ほかの歌分野にもチャレンジし、
嘘のような話だが、7月にはSanremo音楽祭の地区予選としてBolognaのブロックに選ばれました。
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さいきんは生徒諸君も好調で、
今年はすでに2人の生徒がヨーロッパの国立劇場に定職に就き、
1人が音楽院入学、
3人の生徒が次シーズンから留学予定ないしは新国立劇場研修所受験、、、です。
いぜんは、言葉で教えられなかったことを言語化して言えるようになってきた気がします。
、、、さいきんは、発声教育は、どうなんでしょうか。
日本に限らず、世界的に見て、
進化したのでしょうか、
おそらくそうでしょう。
また、情報網が発達し、秘伝のようなものも共有されるようになった。
しかし、わたしはまだめちゃくちゃ重要なことが抜け落ちてる気がします。
そもそも生徒は、生徒である以前に、
シンガーでないといけません。
彼女/彼はまず芸能人で、市場が求める歌をパフォームして、オーディションに備えてないといけません。
ここが、レッスンのスタートライン。
このラインから逆算しないかぎり、
なにが重要で、正しい発声かもみえてきません。
でもふつう、レッスンとは逆です。
先生はまず発声をおしえます、つぎに、それをアリアの歌いどころ、むずかしいところで試してみます。
そして、いよいよオーディションに備えます。
そして、生徒はそのうち、シンガーに、、、
なりません。
生徒はそのうち、先生のようなボイトレになります。
この何気ないレッスン風景におおきな落とし穴があるのがわかりますか?
この場合、先生にも生徒にも否があるとはわたしは主張しません。
ボイトレが生徒を教え、その生徒はやがてボイトレになり、
さらにかれが教える生徒もまた、、、と、
みごとなマーケットサイクルが完結してると、わたしは言いたいだけのことです。
わたしの生徒諸君は、違ったマーケット、
ヨーロッパのオペラ市場で勝負しています。
そこは残忍にも、歌が上手い人を探してる場所ではない。
歌を聴きたいと思わせるひとを探してます。
若く、かっこよく、美しく、というだけでなく、知性とそれを覆い隠す野生、
いまのモードに身をつつみながらも、
にじみでる育ちの良さ。
こうしたものをどう身につけますか?
音階を歌うだけではだめです。
旅をし、また恋をして、
大学に潜り込み講義を聞いたり、
現地で労働者と働いたり、経験を重ねてみてください。
あと、あなたがオーディションで、しっくりこないほかの理由は、あなたが他人の歌を歌ってるから。
わたしは、オペラ歌手=カバーアーティストとして、コピーではなく、カバー、つまり、ほかの人が散々歌ったアリアを、じぶんのスタイルで歌うよう努力を払った。
この努力は、ヨーロッパのわたしの先生方は評価しない傾向にあり、
クリスティーナムーティ、カーティアリッチャレッリという限られた方々だけが、わたしの独自性を買って、仕事を与えてくださった。
じぶんの歌い方、歌い口でないかぎり、
歌ってて快適なわけがない。
ときに、若い諸君は、Z世代ならではの優れた感覚をもっとだしてください。
最高音をピアノで歌いたいならそうすればいい。
ヴェルディをよりリアルに、プッチーニをより自然な話す歌い方にしたいなら、やってみたらいい。
ヨーロッパの本物の劇場が探す次の歌い方は、たぶん、それです。
すくなくとも、30年前には正しいとされてきた歌い方、よりは、相手に共感をもってもらえます。
発声は、こうしたアプローチから逆算しないといけません。
レッスンにおいての基本として、
まず、本人の、楽曲に対するテンションというか、熱狂がないとだめです。
そしてテンションとおなじくらいのユーモアがあれば、必要なテクニックを瞬時に引き出して、難解なことをいともかんたんにやってのけさせます。
このテンションとユーモアにどう導けるか、、、
いや、そもそも導けるものなのか。
こうしたものは元々あるかないかではないのか。
楽曲のなかで、じぶんをハイテンションにもってくのも技術のうち、だとわたし個人は思うが、
しかし、生徒に対しては、わたしはよりマネージャー目線。
つまり、生徒のユーモアとテンションを引き出す、のも、わたしの指導者としての仕事のうちです。
要するに、発声指導は、絶対的なものとして先にあるのではなく、アプローチが先で、そのアプローチをささえる手段でしかないことです。
発声技術があるからこそ、そのアプローチに再現性が生まれるわけですが、
アプローチが変わったら発声を変えられる柔軟性をもたないといけないともいえます。
長くなったのでこのへんで。





