読者の皆様


いよいよ今年という年が終わろうとしていますが、

今年という年はいかがでしたか?


わたしの年末最後のソリストとしての仕事は今晩の市立劇場でのコンサートが歌い納めです。この公演は宗教曲のイベントで、わたしはオラトリオのアリアを2曲歌う。

すでに3つの大聖堂で歌い、ぺーザロ司教も臨席。

今晩の市立劇場には、市長、マルケ州知事、ローマ上院議員、マルケ州の芸術顧問担当が招待されます。


いまはアイーダのための衣装合わせをし、通し稽古のあとは、車でわたしの近所の市立劇場に向かい、歌います。

アイーダを一本歌った後、コンサートは歌うのもどうかと思うが、

コンサートを歌ったあと、翌朝、リミニに戻ります。


↓アイーダのコーラスを歌うのは、リミニ、ガッリ劇場。ラヴェンナとの契約で何度かオペラの役を歌いました。



↓こちらは近所の市立劇場、こけらおとしの「理髪師」にも参加して以来、多く出演してきた劇場です。



しかし12月は歌手としての副業のかたわら、

倉庫管理者として貴重な経験を積めた月でもありました。


11月末までは1日9時間運転するのみでしたが、

12月から薬局倉庫のひとつを任され、

今月はここが君の家だ、未来には本当に君の家になるかもしれない、と通達され、

トラックに積み込む医療品のPCでのチェック、トレーラーが来たときのフォークリフトでの搬送、それから主な仕事としてバーコードリーダーでのストック、

倉庫内で働いてくださる方々のための快適なレイアウトづくりに従事し、

そしてわたし特有の業務としてスキマ時間でトラックで医療施設に緊急的な配送をしました。

運転で1日を終えるのとは異なり、細かくスケジューリングして複数のことをこなす、のは新鮮で、ついでにフォークリフトやトラックにも乗れて非常に楽しい経験でした。

1月はこのポストに残留、

2月からは企業が新サーヴィスの配送を始める予定でそれに従事する予定とのことでした。

何であれ日々成長を心がけ、頑張っていきたいと思っております、、、。



新ベルカント派は、ずばり喉頭派を吸収したベルカント派である、とわたしは結論づけています。


吸収したというのが誇張ならば、少なからずその時代潮流の影響を受けたというソフトな言い方にしてもいい。


また喉頭派の歌手たちのある種の限界に対するアンサーである側面は、

新ベルカント派には少なからずあります。


たとえばデル=モナコの声楽史における貢献は素晴らしいものであると同時にかれのテクニックは彼以外には不可能だったのも事実。それはデル=モナコの限界であると同時にメロッキ派の限界だったのかも。

新ベルカント派は、最大限、メロッキ派のテクニックの良い面を吸収しつつ、

反省も加えた、とわたしは分析します。


ただし、旧ベルカント派のメロッキへのいたずらな拒否と批判ではない、のが明確な違い。

というより、新ベルカント派の歌唱様式においては、喉頭はむしろ最重要項目のひとつ。


デル=モナコやコレッリと、ベルゴンツィやパヴァロッティとを比べると、

後者は決して喉頭のテクニックは否定していない、どころか、明らかに積極的に使っている。

しかも、喉頭派の歌手たちに大きく抜けている部分、たとえば音階だとか呼吸法という部分で大きく補填し、発展させている。


パヴァロッティという歌手をここで持ち出したのは奇異ですか?

彼こそベルゴンツィに次ぐベルカントの旗手であり、

デル=モナコの喉頭派の体育会系なパワフルさとはまったく違った優美さと格式を示したのでは?

そして新ベルカント派が、メロッキ派のたどり着けなかった様式性を確立できた、たとえばヴェルディのような、ことの何よりの証明をパヴァロッティ、フレーニ、カップッチッリという歌手が行った。


さて、新ベルカント派における喉頭派の受容について、より深く入り込むと、

ハッキリ言って、受容というより、メロッキ派の歌手たちもやっていない、喉頭の発展した使い方を推し進めている。


メロッキ派では、喉頭は低い喉頭を保つこと、またさらに深い理解では、水まきホースのたとえが示すように、輪状軟骨の使い方を学んでいきます。

でも、じつをいうと純粋なメロッキ派のスクールではそこまでです。


いっぽう、新ベルカント派によって、おそらく空気圧という概念が入ったことにより、

喉頭のうしろにスペースを生むというアイデアで歌手は歌うようになった。

これも喉頭の使い方の発展。


また、非常に重要なこととして被烈軟骨の使い方を歌唱に持ち込み、これによって、

驚くべきテクニック、つまり、パッサッジョ=アクート、という声楽の最重要概念が生まれた。


パッサッジョという概念が1970年代以降からしか存在しないのは、

要するに声楽界が新ベルカント派による声楽技術の発展を待つ必要があったためです。


まさに、パッサッジョ=アクートは、ベルカントと喉頭派の邂逅で生み出されたテクニックであり概念。


ベルゴンツィ自身、つまり新ベルカント派のスタート地点であるこの歌手自身、喉頭に関する驚くべき示唆がある。ここでは紹介しないが、いくつかのアドヴァイスはわたしもいまだにメモとして壁に貼りつけているものがある。


たとえばわたしが生徒諸君に勧める本、はじめての発声法、はベルゴンツィとフレー二に推薦れる、ある意味、新ベルカント派の教科書であるが、

著者ジャンクロドマリオンは、喉頭を垂直に下げるのではなく、回転作用を伴って頚椎に接近すると記しています。


これが何を示すのか皆さんにはおわかりでしょうか。

つまり、ジラーレ、というベルカントにもともとあった概念は、

ここで喉頭の回転作用という歯車を見出したのです。


わたしはときに、歌唱にはふたつの歯車があり、大きな歯車としておなか(でまわす)、

もうひとつの小さな歯車が喉頭、と説明しますが、

喉頭の回転作用がないなら、おなかでまわしても意味がない。


さて、ジラーレという概念に、それもおなかの、声門下での空気圧のジラーレに喉頭の回転作用が加わることで、どういう声の状態が生み出されるかというと、

それこそ、カヴァーヴォイスです。

ベルゴンツィは、カヴァーを、硬口蓋(前部)から下方に向かう力、と説明します。


ということで、読者の皆様は、オペラ歌唱で重要なキーワードの数々が、

メロッキ派の喉頭の概念と、ベルカントの見直しの、双方の相乗効果のなかで生み出されたことにお気づきでしょうか。


空気によってフレーズすを支配する考え方と、喉頭のバルブによって響きを支配する考え方が、合致することにより、

近代のオペラ歌唱はいったんの完成をみた、というのがわたしのオペラの歴史認識です。


わたしのようなメロッキ派で主に学んだ人間が嬉しいのは、

新ベルカント派のもとで学べば学ぶほど、メロッキの方法論が正しかったことが劇場で日々証明されたことです。


さて、次回、新ベルカント派の最終回です!

では皆様、よい年末年始を!

ヴェルディアンブレス、という言葉はじつはイタリアでは聞いたことがありません。


わたしがそれを聞いたのは、ドイツでのこと、わたしのエージェントはイタリア系アメリカ人で、かれがこのテクニックをわたしに教えてくれた。


それはカデンツァのなかでブレスのあとが高音で始まる場合、

息は吸うが、喉頭をはじめとする緊張感は解かないままにして、息をとったあと再び歌い始める呼吸の仕方。


同じエージェントの大先輩、ジュゼッペ・ジャッコミーニが歌いながら(歌う間に)息を吸うというやり方と同じであるかはわからないが、目指すところは同じ。


要するに息を取ることで空気圧を変えないための呼吸法。


それは、そのときは気づかなかったが、空気圧を変えない、だけへのアドヴァイスには終わらない。


このあとフィレンツェでラウラ・ブリオリに会い、

喉頭で息をせき止め、空気を密閉しつつ歌うやり方を教わった。


このときに、横隔膜のプレッシャーにより、声門下圧が高くなるとともに、声門下にはよりスペースが生まれることを示唆された。


この情報とヴェルディアンブレスを組み合わせると驚くべきことがわかります。


つまり、喉頭のバルブにより空気をせき止めながら歌うことで、フレーズ終わりで息を吸うことで空気圧を変えないにとどめず、さらに強くして次のフレーズを再開できるということです。


つまり、カデンツァの高音の前で息をとり、

次のアクートを素晴らしく歌うテクニックにとどまらない。


それは通常歌唱で、1フレーズ進む後に圧迫からくる緊張感を増してゆくような歌唱です。


わたしはエージェントにたずねそこねたが、

なぜ"ヴェルディアン"ブレスと呼ばれるのでしょうか。

わたしが思うに第一にそれはドラマからの観点に理由があります。

レナータ・スコット先生はヴェルディに最も重要なのはドラマツルギーであると述べた。

ヴェルディにおいてはInterpretazioneはvoceに先行するべきだとも述べたのを覚えています。


まさにヴェルディアンブレスはセリフが切れるべきでないところでキャンセルしない歌い方で、

ヴェルディには不可欠なブレステクニック。


さもなければ、1セリフごとにぶつぎれになり、

劇性を欠いた、たんなる歌唱劇に堕ちることになります。


しかし、ヴェルディアンブレスはヴェルディ以外の作曲家でも有効ですか?


じっさいわたしはそうでないといけないと思います。これがたとえばヴェルディでなくてヴィヴァルディだったとしてもオペラである以上、セリフからセリフ、フレーズからフレーズに移る際にダイナミズムはとぎれず、むしろ盛り上がらねばならないためです。


では次回のコラムをお楽しみに。

読者の皆様こんにちは!

そして発声マスタークラスにご応募頂いた歌手および指導者の皆様、ありがとうございました。

わたしは最近、ブログにあまり注力を傾けておらず、また、今の世の中、ブログというものがどこまで読まれているか、甚だ疑問ではありますが、わたしの記事は幸い、多くの読者様に定期的に目を通してもらえており、

今回の応募にも8名の方が参加してくださいました。

いちおう現在、1名の方を講習性として受け入れると決め、

他の方のじっさいのオンライン面接をしております。


今回は、応募していただいた方には、少なくとも、何らかのメリットがあるように、わたしのほうで努力をさせていただきたいと思っております。


今回、応募していただいた方は、少なくとも、プロを教えるという姿勢があり、それは充分な気概をもった指導者である証ではないでしょうか。


そうした皆様には、少なくとも最低限の敬意として、

面談では、最低限の発声の情報を指摘させてもらい、

簡単に横隔膜、喉頭、劇場におけるオペラの基本的な歌唱には面談だとしても触れさせてください。

その短い説明が、貴方の指導と、また歌唱法にプラスになるように、その基礎のひとつにさせてもらえれば幸いだと思っております。


そして、同時に、あなたはあなたである、ことも忘れてはいけません。


オペラの指導者とは、イタリアの伝統的な歌唱法を教えればいいのではありません。

貴方にしかできない天才性の引き出し方があり、あなたにしかできない生徒をカリスマにするやり方があるなら、それこそ貴方が磨かねばならないこと。


真の発声法などひとつの道具に過ぎず、生徒からパフォーマンスを引き出すのに邪魔になるのなら堂々と捨てなさい。


中級では、あくまでプロを教えるための精密なメカニカルな発声法の追求と理解ですから、

生徒のパフォーマンスをどうするかは、貴方に任されてると思ってください。


そして、中級コースで語られるメカニカルな発声法を理解しなかったからといって、

その指導者が、スターの歌手を育てられないわけではまったくないことも、

認識しておくべきです。



わたしの時間の都合上、3名を受容するのが精一杯ですが、

今回応募した皆様は、全員が、気概と信念をもった指導者であると、わたしから証明をもらったと自負してくださいますように。


そしてすでに勉強を始めた受講生は、どうぞここでわたしからすべてを盗むとともに、

あなたのもつ先生としてのかけがえのない個性で、その発声法を活かしてください。


そして貴方という指導者を通して、さらなるプロの歌手たちが世に送り出されますことを心から願っております。

Ken

歌手の皆様、

こんにちは。

今回は、プロを育成する発声指導者向けの

INTERMEDIOのオンラインコース(中級)をお知らせいたします。

BASEのコースを終え、このコースをお待ちいただいた方もいらっしゃるでしょうが、

準備を重ね、いま満を持してご提供いたします。

3名まで受講生として受け入れます。


現在のお申し込み状況はこちらです(12月12日現在、締め切りました!有難うございました!)
とくに申込期限はこざいません。
  ◎INTERMEDIO 3/3



INTERMEDIOのコースでは、
前回のBASE(基礎)同様、わたしの就労者番号で免状(Attestato)を発行致しますが、
また前回とは異なり、今回は推薦状(外国語あるいは日本語)を書きます。

MEDIOクラスの今回の認定証では、あなたがプロの歌手、とくにオペラや声楽の世界での
プロ歌手を育てられる力量をもつことを認定しますため、
各位音楽教室などの面接の際にお持ちくださいませ。

発声指導者コース中級MEDIOコースは全6時間で、今回のコースは無料です。

審査として、
書類審査 ならびに ライブ審査をします。
書類審査で選考を通過なされた方は
ライブ審査に於いて以下のカテゴリーから1曲を提出しパフォーマンスしてください。
    モーツァルトからアリア、
    リートないしは外国語歌曲
    宗教曲のアリア

基本的条件は:
 ◎音楽大学ないしは音楽院修了した者
 ◎すでにプロのオペラ歌手ならびに歌曲やオラトリオでの活動実績がある者、
劇場ないしは二期会や藤原歌劇団などのオペラ団体に所属する者。

講座内容はプロの声楽家の発声指導およびメンテナンスを行えることを主眼とし、
理論を学びます。

内容は
 ◎喉頭の完全な理解
 ◎支えと呼吸法のメカニズムの理解
 ◎その他、曲目やパフォーマンスなどからのアプローチ

講座を6時間終えた者に修了後、修了証と推薦状をお送りします。

以下のフォーマットを記入しメールをお送りくださいませ。
  ◎現在の所属 (例:東京二期会)
  ◎学歴、留学歴
  ◎専門分野(提出論文があれば記入のこと)  (例 近現代のドイツ歌曲)
  ◎教育者としての今後の展望
  ◎ライブオーディションの提出曲 モーツァルトのアリア、外国語歌曲、宗教アリア
(楽譜送付をお願いする場合がございます)

メールはこちらまでどうぞ。
kenbaryton@gmail.com

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また何かわたしにメッセージがある方、 ご奨励、同僚の皆様からのご挨拶、その他、
ご質問などがありましたらどうぞこちらまでお便りをお知らせくださいませ!
kenbaryton@gmail.com

読者の皆様、

冬が始まろうとしています。

しかし日本は紅葉がいまだ美しく彩っていることでしょう。

去年末はわたしは妻を日本に連れてこの自然美を見せることができ、

とても幸運でした。


、、、、歌い手としてのいまのわたしはよく言えば、

近所の市立劇場のハウスゼンガー(専属歌手)であり、

ロッシーニオペラフェスティヴァルに呼ばれる常連です。

それはそれで、立派なひとりの職業音楽家ですが、

いまのわたしには情報こそ真の報酬で、

それは劇場に生徒を送る側として不可欠なものです。

その意味で大きな劇場でコーラスを始められたことは良かったですね。


10月は人生初のリーダーアーベントを、サンマリノ大聖堂ではミサを歌い、

11月はモーツァルトのレクイエムのソリストをキャンセルしたものの、

12月からは、内勤になった関係上、多く歌える予定で、

市のための宗教曲(ヴィヴァルディとヘンデル)のイベントを3晩した後は、

フォーレのレクイエムのソリストが2公演あり、

人生初の劇場コーラス団員の仕事で、まずアイーダを5公演参加します。

ちなみにパルマのコーラスには元同僚のオペラ歌手も何名かいて再会が楽しみです。


来年度はフォーレのレクイエムがさらに2公演、

1月から始まる市立劇場のオペラシーズン最初に、まず愛の妙薬のベルコーレ役が控えてます。アンコーナで歌ったきり7年ぶりのベルコーレ役です。


■■■


新ベルカント派の記事2回目は、

いったんベルカントを紹介させてもらいましょう。


ベルカントの定義などどうでもいいことです。

声楽史を学びたいならオペラ歌手として生活費を劇場で得れるようになってからやりなさい。


しかしながら、むりやりわたしが定義すると、

19世期前半から中期にかけて考察され、また採用されたイタリアのオペラの歌唱法および訓練法の派閥です。

それはおそらくはナポリ派のカストラートの訓練法に端を発し、ロッシーニの時代にヨーロッパ全体で全盛期を迎えました。

しかし古典派ベルカントと呼ばれるものはロッシーニ以降は廃れ、1960年代以降にカルロ・ベルゴンツィをはじめとする歌手たちによってベルカントの見直しが行われた、、、というのがわたしの、というかオペラ界での観点。


しかしこの記事では古典派ベルカントに触れましょう。


古典派ベルカントは、たんにベルカント、あるいは真のベルカントなどと呼ばれることも多いです。

そのメソッドの範囲はあまりに広いが、読者の皆様は気にする必要はない。

なぜなら、劇場主催者にとっては、あなたがうまく歌えるかどうかが大事で、あなたの歌のスタイルが真のベルカントかどうかではない。


わたしはベルカントという概念をまったく欠いたまま、

新国立劇場にデビューし、パリ留学後すぐに音楽院オペラ科に入り、国際コンクールをとり、パリで主役デビューした。

つまりこの程度のミニ勝利なら、ベルカントはマジで関係ない。


ただ、わたしにとっては、

古典派ベルカントは、じぶんの大本のメソッドであるメロッキ派をふくらませ、新ベルカント派への架け橋をつくるには、たいへん重要だったです。

というか、メロッキ派と新ベルカント派をふたつともじぶんの歌唱メソッドとするために、どうしても必要な学びであった、、、とは今思います。


とくに、パリで、故ジャクリーヌ・ボナルドが教えてくれたBere la voceはわたしにとって古典派ベルカントというものを、メソッド、技術の側から説明しています。

このイタリア語は、ランペルティの言葉ですから、ベルカントの根幹の理論に基づいている。


なんであれ、ボナルドは、古典派ベルカントという曖昧な理想論をちゃんと歌うことのできるメソッドにした点で、実践派であり、尊敬できます。

わたしは彼女の著書を買い求め、研究したのでした。


↓ボナルド女史の著作。題名は直訳すると声楽教師: 声の構築のための楽器製作者。

Luthierとはイタリア語だとLiutaio、とくに弦楽器の製造や修理に携わる業者のことです。

著書はどうじに歴史的な声楽家たちに関する証言や、音楽や人生の格言などにちりばめられた書物として美しい本です。



さて、彼女にオーディションを頂いて、チェネレントラを歌ったが、

このとき、Bere la voceを試してみた結果、、、、劇場でのオペラの方法論として使うことはできず、すぐにメロッキ派の方法論に戻らざるを得なかった。

もちろん、これは、メソッドの敗北ではなく、 この方法論には絶対的に正しい真理もあると同時に思い、

オフシーズンにヴァッカイを使って研究を重ねたのでした。

ちょうどそのときにこのブログも始めています。


舞台でつかえるメソッドではないことは、

最初期から認識していたにもかかわらず、

それでもいわねばならないのは、

古典的ベルカントからはポジションにおいて学べることです。


それは、喉頭派がまったく考えない点、

マスケラについて考えさせます。

ベルゴンツィの言葉、カヴァーとは硬口蓋から下方へ向かう、をわたしは遅ればせながら参加したブッセート・ヴェルディ・アカデミーで知りました。別名、ベルゴンツィ・アカデミーにおいて、ふたたび、ベルカントの最大の核心、ポジションについて考えさせられたのでした。


ボナルドは、音は前歯の前、鼻の前で開始され、カーヴを描き(ジラーレと彼女は説明した)「口奥に向かって飛んでいく(カルーソー)」。つまり声の向きは前ではなく後ろであり、

声とは飲む(BERE)ものであり、歌唱は吸気によってなされる、と述べました。


ここにはひとりのオペラ歌手として突っ込みたいことが1万個あります。

とくに、オペラ歌唱は吸気によってなされる点。

あくまでオペラ歌唱は、横隔膜からの呼気による支え、すなわちAppoggioは不可欠です。


ただし、この記事ではすこし視野を広く取りましょう。


この方法論で歌ってみると、おなかにたいしてある種の圧力上昇があるのを感じました。

じつは、ボナルドは、わたしの思い出す限り、呼吸法へのアドヴァイスはほとんどなかった。

わたしは、BERE LA VOCEを以下のように劇場で修正しました。

吸気で歌う、という概念は、アプネアのなかで空気圧を上昇させるという意味に、違う言い方だと、空気圧を移動させるという意味に拡大解釈しました。

また、ボナルドのいうジラーレは、あくまでおなかで回すやり方に変えました。

これは、敬愛するジュゼッペ・ジャコミーニの採用した、大地から吸い上げる呼吸法です。

ポジションは、鼻の前ではなく、歯の後ろ、つまりベルゴンツィのいう硬口蓋に変えました。


そして、当然だが、喉頭派のやり方を完全に捨て去ることはしなかったです。

喉頭を全く考えずに劇場で通用する響きをつくるのは不可能だからです。


さて、こうしてわたしは気づかぬうちに、

喉頭派で歌いながら、古典派ベルカントのやり方からいろいろと盗み、勉強するうちに、

ようするに、新ベルカント派の成立、というものをじぶんの歌手人生として実践していたのでした。

ドイツでフランチェスカパタネとマルコキンガリという二人のエージェンシーでの大先輩に出会い、ふたりはベルゴンツィの愛弟子であり、

ここでわたしは新ベルカント派のメソッドに触れたが、

ドイツで歌ってる頃には、すでにある種の新ベルカント派の傾向、つまり、喉頭派 プラス ベルカントで歌ってました。



余談として、では、Bere la voceそのものは、歌唱メソッドとして通用するのでしょうか。

オペラに関しては、答えは、ノー。


このわたしみたいに、相当、研究してきた人間でさえ、オペラの舞台でそのまま使ったことはない。


それはシンプルで親しみやすい歌唱法だが、喉頭の概念がなく、呼吸法への熟慮も浅い。

とくに、オペラ劇場で国際的な競争に打ち勝つ強靭な響きを生み出せない。


が、この方法論には圧倒的なメリットもあります。

それは、この歌い方で歌われた歌を、嫌いな人間はいない気がします。


もっとも純粋な歌唱形式というか、

歌のうまさ、そのものを、我々オペラ歌手に教えてくれます。


たとえばポップス、ミュージカルのシンガーたちがこの方法論を学んだら全員、

成功できるはず。


つまり、この方法論はなんだかんだ、オペラという芸術の揺籃期を支えてきた以上、

何かが絶対的に正しいのです。


そのままでは現代の劇場に使えないからという理由で古典派ベルカントを軽蔑するのは道徳的というよりテクニカルな意味でよくないし、それは、1960年以降の偉大な歌手たちが研究してきたことを理解できないことにつながるでしょう。


次回は、新ベルカント派における喉頭派の受容について述べることでしょう。

読者の皆様

こんにちは!


わたしはイタリアの商工会議所から労働許可をもらい、VAT番号を所持して個人事業主としてオペラ歌手をしてきましたが、

今年の春からは若い歌手たちのプロモーションもはじめ、エージェントの声聞きやエージェンシーの主催するマスターに送ったり、あるいは劇場研修所のオーディションに送ったりしています。

まあ、わたしも第一線を引いて3年ですが、それでもコネクションがまだ途切れておらず、

途切れないためにまだしぶとくロマーニャ・マルケ州では歌手を続けているのですが、

こうした情報を集めて、なんとか生徒諸君、クライアント諸君をさまざまな劇場へ送らせていただいております。

むろん、わたしはオペラ歌手育成専門のヴォイストレーナーであるとは思いますが、ざっくり発声をよくする、というよりは、ピンポイントで、その個別のオーディションから逆算して最低限の発声と曲目を、極めて限られた時間内に仕上げる、、、プラス、提出するCVの添削、旅のしおり(飛行機電車、バス)を戦略打てるのもわたしの仕事です、、、。


さて、今年はこうしてじぶんのクライアントに限定だてて情報を共有しましたが、

これから月末に、わたしのいちおしのオーディションをお送りしましょう。

もちろんわたしが専門なのはむろんヨーロッパのオーディションですけど、いずれ日本国内の方々向けの情報も出していきたい、たとえばオンラインの国際コンクールなどがそうです。


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◎ニース国立劇場合唱団オーディション(フランス)

テノール1 および アルト1 

試験日は2026年2月2日、締め切りは1月19日です。


フランス語のアリアは必須であり、まだコーラスパートを読んでおく必要があります。

しかしながら最も重要なのはフランス語を含むアリアプログラムをどれだけ歌えるかです。


アリアの傾向と対策、必要な滞在資格、具体的なコーラスプログラムとその譜読みのサポートなどをお求めの方は以下のわたしのアドレスまでどうぞ。


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◎ティチーノオペラ研修所(スイス)

わたしの生徒もこれまで2名、送らせていただきました。

一種のアカデミーですが、仕事として1500スイスフランの報酬を得ることができます。

1月28日までにビデオ審査、

3月8−9日にルガーノで試験、

研修期間は6月23日から7月30日です。


今回のオペラプログラムとその対策と傾向を知りたい方は下のメールからわたしにご質問ください。わたしはこれまで2名生徒を合格させた経験で、傾向と対策はできるでしょう。


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◎シェーンベルクマスタークラス(オーストリア)

こちらはウィーンで行われ、無料のマスタークラスです。

ただし宿泊と旅費は生徒もちです。

7月7日ー17日まで。

締め切り2月1日

選考など具体的な情報を知りたい方は以下のアドレスからどうぞ。


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こちらわたしのアドレスです。

kenbaryton@gmail.com

オンラインでのセッション、レッスン、相談などは

1回3,000円です。




また、よりクローズドな、たとえばわたしの個人的なコネクションで得た情報などは、

個別にクライアントの皆様に送らせていただきたいと思います。


では次回のオーディション情報をお楽しみに!

読者の皆様、こんにちは!


秋も終わろうとしていますね。

新しいシーズンとなってから3ヶ月が経過しましたが、

歌手の皆様はいかがお過ごしでしょうか?

わたしもヨーロッパ諸国そして日本のクライアント諸君とともに、この劇場界でのワクワクするような未来を日々描いております!


わたし個人は、

12月から内勤になり、倉庫のひとつを任され、

年末は週60時間トラックに乗ることはない模様です。

企業がロジスティックオペレーション資格を持つわたしに新たな経験を積ませる部署にいったん移動させてくれることは、幸運なことですね。 

↓わたしの勤務先のひとつ、ファーノ病院。まるで劇場のようです。

歌い手としては、、、

国際競争のなか第一線で戦うことからは引退した身ですが、

ローカルの仕事は頂いており、

それは主に市立劇場での仕事と、

夏のフェスティバル(ロッシーニオペラフェスティバル)の仕事のふたつで成り立ちます。

12月はさらに劇場のコーラスの、エキストラではあるが、仕事も始まる予定です。

最初の契約はアイーダですが、

そのあとに続くシーズンのオペラを果たしてじぶんの雇用形態の中で歌えるのか、、、

と、贅沢な悩みをもっています、、、。


12月はとくに国内の歌手の皆様に多くのサービスができるだろうと信じています。

やっと発声講座の中級クラスを開催することができます。

また、長いことレッスン時間を見つけられなかったアマチュア・セミプロの方々の、劇場研修所所や大学院受験の試験対策をできそうです。


新しいクライアントの方々とともに面白い12月にできるだろうと思っております!

皆様にとっても良い冬が始まりますように。

では!


密閉された中で息を吐くこと、と、わたしは偉そうに、貴方方プロフェッショナルの歌手の諸君に述べますが、理論的には簡単なことではありません。


ヴォカリーズのなかでとにかくメカニカルに学ぶことを徹底することです。


それも、ふたつの項目に分けて、ヴォカリーズでは片方ずつ、研究するのです。


そうすると、不調のときに、それを識別して軌道修正もできる。


密閉してないがゆえにうまくいかないことがあります。

とくに高音にたどり着くのに疲れるようになった場合がそうです。


また、息が吐けない身体になったがゆえの不調もあります。

声が飛ばなくなった、響きが細くなったりマットになった、などがそうです。



ただし、じつは、密閉することと、息が吐きやすいことは両立するというよりはセットです。それを今回述べましょう。



わたしは密閉をいろいろな人から学んだけども、アルバニア国立劇場のリゴレットの際、

劇場の契約歌手で、ディーヴァのEva Golemiから楽屋で重要な指摘を受けました。


それはマスケラで密閉すること。


わたしはこのプロジェクトではモンテローネ役を歌い、良い経歴と、高いギャラをいただくことができたけども、最大の報酬はEvaとの出会いだった。


つまり彼女はマスケラと横隔膜の間で空気の出し入れは一切ないと述べ、そのなかで空気を圧縮して歌うと述べた。

もちろんこの指摘は今思えば、ありきたりなものだが、正直、わたしは2017年まではマスケラで密閉する考え方はもってなかった。


2017年から2018年にかけてはいちばんむずかしいオーディションにわたしは送られ、

決まっていた企画としてもリヴォルノでのイリス、アウグスブルクでのシモン・ボッカネグラとローエングリン、年始はドン・ジョヴァンニと運命の力をパドヴァとヴェネツィアメストレで歌い、、、、と、

もし密閉を伝授されてなければ、これら本物のオペラ群をわりと本格的な劇場で歌いきれたかは疑問です、、、。


それまで、わたしが採用していた密閉は、メロッキ派での上半身を高くして支え、喉頭で行う密閉。しばしばこの密閉の仕方を主にとる歌手は、偉大な響きと引き換えに、息が吐きにくくなります。


喉頭での密閉の仕方は、じつは、わたしが最初にマスターした密閉の仕方。


このやり方で歌い続けるメリット・デメリットは、いろいろありますが、

この記事に即して言うならば、

喉頭で密閉するときは息が吐きにくくなり、

息が吐きやすいときは(喉頭での)密閉が取れてしまう。


たとえばわたしはDenia Gavazzeniのもとで多くの公演を歌いました。彼女はドニゼッティルネッサンスの時期のスカラ座で、旦那様のGavazzeniとともに多くの記念的な公演をした歌手ですが、

彼女のもとでBergamoでの1年の公演とコンサートのスケジュールを歌い、

彼女のエストニアやシチリアのオペラツアーで歌わせてもらいました。


が、彼女の、1音1音息を吐くことが【最も自然で正しいアッポッジョ】という考えはわたしは完璧に受け継いでいます。


息は1音1音に吐くのです。

わたしは生徒に、ソステーニョはベルトコンベアーで、アッポッジョは品物を置くこと、と支えに関して説明を受けますが、

根底にはこのD.Gavazzeniの、1音1音に息を与える教えがある。


ただし、彼女の事務所で歌っているあいだ、

息が吐きやすいときは喉頭の密閉がとれ、大きなスペースからくる金属的な響きを失っていた気がします。


横隔膜による息のAppoggioと、密閉が両立できるようになったのは、マスケラで主に密閉するようになってからです。


なぜでしょうか。

それはつまり横隔膜からくる強い上へのプッシュに耐えられるほど強靭な声帯など存在しないからです。


メロッキ派では声帯を厚く合わせ、空気を閉じ込めるとともに靭帯を接近させて金属的な響きで歌いますが、強い空気圧が押し寄せると、それを筋肉でサポートせざるを得なくなります。ちょうど、手と手を左右から押し合うような緊張を必要とし、それは声帯には危険な緊張です。


だから喉頭の密閉を採用するばあいは、空気の風船は押さない方がいい、ともいえます。


しかしマスケラで密閉する場合はこの決壊の危険を避けることができるため、

安心して強い呼気圧を上昇させることができます。空気の風船をより強く押して、声もどんどん劇的なほうへ広げていける。

より安全にドラマティックなレパートリーで劇場勤務するには、マスケラの密閉を理解するほかない、とわたしは思う。


強いていうと、マスケラの密閉はバランスと集中力によってなされるため、

たびたび、それはおざなりになります。

安全策として喉頭の密閉のほうも、非常用として学ぶべきだとは思います。

これがわたしが生徒にのべる1.5個の密閉です。


あと、それこそコラムにふさわしい内容ですが、

オペラに関して言えば、『歌唱』だと思いすぎないことです。

歌唱だと思うからこそ、諸君はしばしば、わざわざ声帯を空気で切り裂くようにしてそれを音楽と思い込まされる。

オペラは、歌唱でもなければ音楽でもない、だからこそ密閉の技術がオペラの中心にある。

オペラは、ギリシャ悲劇に端を発する演劇なのです、たまたま、誤解から(とわたしは革新してるが)歌唱が伴ったにすぎない。

もし、ローソクの火をまえにわたしがJ-POPをうたったら火はさいしょの歌いだしで消えるでしょう。

これが、歌唱であり、ようするに息の外への流出に乗るのが歌唱なのです。

いっぽう、同じローソクの火を前にわたしが詩を朗読するならば?

わりと大きな声で朗読したとしても、火はゆらめくことはあっても消えないはず。

これはオペラも同じでないといけない。

なぜならオペラは演劇で本質的には歌唱というより演唱であり、歌うというより語られる芸術だからです。

このことはたんなる教養にすぎないが、プロ諸君は理解しておくべき教養です。

その不理解が不調の原因になるからです。

皆様こんにちは!

秋が始まりました。

今日は雨、この記事を病院で書いています。

この病院は、ペーザロ市の外れの、腫瘍と血液専門のセンターを備えたもので、

ドライバーとして医療ロジスティクスに関わる者には重要な拠点です。

今日は土曜日で、緊急用の薬品も多く、今日はこの病院には3回運搬することになります。


しかしながら、この仕事は、静かな自由時間も多く、雨音を聴きながら、カフェテリアでこの記事を書いている次第です、、、。


、、、わたしはこの夏はROF(ロッシーニ音楽祭)のオペラコーラス団員をしつつ、地元のテアトロコムナーレやペーザロ市内で演奏会を歌い、

先日は、日曜日に、夏の最後の本番として、

リミニ県のちいさな劇場でガラコンサートを歌いました。自宅から車で15分で、こんな劇場があるなんて知りませんでした。 

↓ヴェルディ劇場。わたしがかつて何度も歌ったブッセートのヴェルディ劇場もこじんまりした劇場だと思っていたが、それを上回る小サイズ。



↓モンテフィオーレ・コンカ、リミニ県のちいさな街です。


6-9月は、ペーザロやファーノの病院で働いた後の足でそのままロッシーニ劇場、スペリメンターレ劇場(ROFでしばしば使われるホール)、それからファーノの劇場などへ直接向かって歌う貴重な経験をしました。

今の自分をオペラ歌手などとはいっさい、勘違いしてはいないし、

2022年8月以降は、ほんもののオペラ界には相手にされてないことは認めないといけませんが、

それでも今シーズンは『愛の妙薬』、『ジャンニ・スキッキ』の再演、『カルメン』が予定され、

また劇場でのリーダーアーベントが10月末にあり、フォーレのレクイエムが11月から始まります。

わたしは地元のテアトロコムナーレのいわば常連歌手で、夏はROFにコーラスとしてまた呼ばれる予定です、と、そう書くとまるでまだオペラ歌手をしてるみたいですが、

わたし自身の軸足はもう音楽にはない、とは確信しています。

強いていうと、何人かのトッププロを幾人か増やしたい。

すでに、スカラ座、バイロイト音楽祭、ザルツブルク、アレーナで歌う歌手を育成できたが、

もうあと何人かだけ、これだ、というオペラ歌手を輩出できれば、、、そう願っております。


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今日から新シリーズをはじめますが、

これは2022年からずっと温めていたもので、

おそらく重要なシリーズになるでしょう。

Verdi BussetoのVerdiのアカデミーでこの記事を書こうと決めてから3年も経過してしまいました。が、その分、醸成はされていますので楽しみにしていてください。


新ベルカント派という派閥が厳密にあるかというとないと思います。

ただしく言えば1960年代からメロッキ派が現れた後に1970年代くらいからベルカントのリバイバル運動が行われた。

しかし、それは19世紀の古典派ベルカントとは歴然と違うものでした。


たとえばBergonzi, Pavarotti, Freniなどが代表的な歌手とされますが、

とくにBergonziの弟子たちがこの新ベルカント派を世界中の劇場でのスタンダードなオペラ歌唱法にしたと思います。


新ベルカント派は、ある程度までメロッキ派のカウンターないし反省の中で生まれた運動という側面があります。

ベルカントのリバイバルの中心人物Rodolfo Celettiがメロッキ派歌手をことごとく攻撃していたのを確認してください。 

が、しかし、

わたしの個人的見解というか、

『個人的定義』としては、

新ベルカント派とは、メロッキ派をはじめとする「強いドラマティックな声と歌」へのカウンターとして始まったものでなく、むしろベルカントがこれを吸収した、というものです。

わたしの考える新ベルカント派の典型的な歌手たちは歌手たちは喉頭派を吸収しています。

例としては代表的な2人のテノールBergonziとPavarottiのふたりの例だけで十分。

つまり、新ベルカント派は、理論家と、現場にいる歌手たちでは捉え方が異なります。

わたしはたんに古典派ベルカントのリバイバルを新ベルカント派と定義づけたくはない。

たとえば日本でも有名なAntonio Juvarraのようなマエストロを、新ベルカント派の理論家とはわたしは認識しない。

1960年以降、劇場での歌い方においては喉頭を度外視して考えることはできません。

しかしながらBergonziやFreni、Pavarottiがそうであるように、いったん呼吸法をメカニカルに考え、古典派ベルカントがそうであったように、理論とテクニックで歌う姿勢に戻したのでした。


ようするに、わたしの考える新ベルカント派とは、ベルカント+喉頭派。

この仮定にもとづき、このシリーズを書かせてください。


新ベルカント派には、しかし、古典派ベルカントにもメロッキ派にもなかったメカニカルな一面もあります。

1960年代から、声楽において初めてさまざまなテクニックが理論的に明らかにされ、パッサッジョ、カヴァー、といったキーワードで整理されましたが、これが新ベルカント派の大きな特徴。


たとえばメロッキ派では、パッサッジョという概念は基本的に認めてはいないが、

新ベルカント派では中心的なキーワードです。


わたしが思うにBergonziが史上最高のVerdianoと呼ばれ、Accademia Verdianaを創始したのは、Verdiを歌うには偉大な俳優であるとどうじに、偉大な理論家でないといけないため。


古典的ベルカントの方法ではVerdiを歌えないというのは、その方法では声量が出ないとかではなくて、理論の点において突き詰められてないからです。パリでBonaldoから学んだ古典派ベルカントは、シンプルな歌唱法で、得るところは多かったが、良くも悪くも解剖学的に、メカニカルには学ばなかったです。


新ベルカント派の最大の特徴はその徹底した理論で、この点でもメロッキ派なんかとも異なります。

わたしが通過したメロッキ派では、先生と弟子のヴォカリーズの長い訓練を基礎にしてます。

わたしは週に3-4回の短い音階のレッスンを先生として、筋肉を少しずつ鍛えていきました。

しかし、Bergonziの愛弟子のPataneとChingariと2年学んだときは、呼吸法を徹底的に理論から学びました。



現代で、新ベルカント派という言葉が死語になったと感じる理由は、もはや、このやり方は国際的な基準のうたい方になったからです。


わたしが生徒に推奨する、はじめての発声法、という、フランスの著書による、新ベルカント派の歌手たち(BergonziとFreni)により推薦された本があります。

が、この本は、ある派閥の歌い方、というよりは、ごくごくありきたりな声楽の歌い方を紹介しています。



さて、このシリーズの流れを説明しましょう。


わたしとしては新ベルカント派に入る前にいちど古典派ベルカントをおさらいしたいです。


遠回りかもしれないけど、

古典派ベルカントの、特にポジションと基本的な呼吸法に関する考え方をおさえたいです。


またメロッキ派との関係も重要な記述になると思われます。


最終的にはベルカントとメロッキ派の出会いのなかで培われたメカニカルな呼吸法について語られるでしょう。


皆様に楽しんでいただけるシリーズになればと思います。では!


読者の皆様

もう9月も終わろうとしており、日本も秋の兆しが始まったことと推察します。

しかしながらイタリアは9月は全体的に残暑が続き、やっと今週から涼しくなるとのことです。というわけで、わたしのなかでは、ようやく夏も終わろうとしているようです。


また、他の意味でも、わたしのなかで夏が終わろうとしています。

6月から始まった本番ラッシュが、今晩のコンサートで一旦、落着するからです。

今夜はリミニ県の小さな劇場でピアノ伴奏でコンサートを歌います。

、、、今年の夏は、音楽家として格別忙しい夏ではなかったですが、

病院のトラックドライバーとしてフルタイムで働きながら、

劇場やコンサート会場で稽古や本番へ向かうのはなかなか良い経験でした。

ただしロッシーニ音楽祭のように、勤務する病院と歌う場所が近い場合、

とくに大変ではなかったですが。

とくにペーザロの病院で勤務した後、まさにその隣に位置するロッシーニ劇場や徒歩数分のスペリメンターレ劇場で際は、問題はありませんでした。

病院でシャワーを浴び、音階を歌い、カフェでまったりしてから劇場に向かう時間は、

むしろとても充実していた。

ROF財団からは次の冬のプロジェクトにも呼ばれる予定ですが、

実際、とても楽しみです(コーラスですが)。


というわけで、わたしはエージェントと組んで、オーディションを受け、劇場でのソリストを継続する日々は、数年前ですでに終わり、

もうそういう日々は戻ってこない、と思っていますが、

あるいはラヴェンナの3年間やドイツでの2年間のように、年間で劇場に呼ばれる経験もまたないでしょうが、

もしかしたら、地元の劇場でコンスタントに歌いながら、

ROFなどのコーラスを歌う、、、ことで、演奏家のフリ、くらいはできてるのかもしれません。


ただし、演奏することは、いまだにプラスアルファの良い副業ではあるにせよ、

じぶんの中心点は、今はロジスティクスとトランスポートの世界にあると思っており、

だから、音楽をやる目的そのものも大きく変わっています。

その目的とは、音楽でサラリーを稼ぐことで余裕を持って新しい分野についてさらに学べるということが第一ですが、それだけではない、と思っています。


、、、さて、9月からわたしはいよいよ温めてきたシリーズを始めます!


それは新ベルカント派の記事で、この記事は2022年ヴェルディ生誕の地ブッセートでのヴェルディアカデミーで着想し、ずっと温めてきた記事です。

なぜヴェルディアカデミーかと言うと新ベルカント派のルーツはカルロ・ベルゴンツィにこそあるからです。

いずれにせよ、じぶんが採択した最良の方法論についてようやくフォーカスを当てられることに嬉しく思います。

どうぞ読者の皆様に参考になればと思っておりますので、

よろしくお願いいたします。

では、良い秋の訪れが皆様にもあることを祈りつつ、、、。