わたしは2022年8月に第一線を引退しました、というかヨーロッパのオペラ界から滑り落ちたと言う方が正しいのでしょうが、、、。


しかしながら、そのあとも週2回のレッスンのペースは2023年度はすくなくとも変えず、

2024年1月にMantovani(Pavarottiの奥様)のオーディションを受け、その次週からは、月4回のペースに変わりました。


2024年からはわたしはヨーロッパのオペラ界の中核にかかわる本番やオーディションがなくなったが、

しかし、地元のテアトロコムナーレの公演や、重要な劇場コーラスの仕事のためには声を保つ最低限のメンテナンスとして、月4回のレッスンをもっているわけです。


が、1個、重要なのは、同僚の多くは、じぶんでじぶんを調整できると信じていることで、それは無理だと思います。


たとえば今月は、わたしはスターバト・マーテルがあっただけであり、

来月はドン・パスクァーレの公演と現代オペラが1公演ずつあるだけなので、

たぶん、いまのわたしは、レッスンに行かなくてもじぶんで調整できるかもしれません。


が、わたしは月100ユーロていどの投資をケチッて声を危険にさらすマネはしない。


もちろん、わたしの、地域の同僚たちは、そうしたメンテナンスがなくても、

何歳になっても声はちゃんと出てます。


が、しかし、

【かれらの経歴は始まったことさえない】

ことには彼らも気づいてない。


音楽院を出た後、エージェントどころかプロモーションとさえ契約できず、いやオペラ研修所さえ入所できなかった。

劇場と、その場かぎりの契約で、しかもそれはセリエBでさえない、そもそもシーズンでまわってさえない劇場。

なぜですか?

声がよく出てるだけではプロの経歴は始まらないからです。


ようするに、整備士に任せず自分でメンテナンスした車でF1にでれるわけがない。


オペラでいえば、あなたが厳密なパッサッジョの問題を一人で克服するのは、あなたがクルマのギアを組み立て直す程の愚行です。


これが理由でわたしは新国立劇場デビューが決まったときに音楽可能物件を出ました。

で、先生の前、ピアニストの前、音楽稽古のなかだけで声を出すようにしたのでした。

でなければ24歳の若者が、当時、世界第13位の劇場でソリストとして砕け散らずに済みましたか?


■■■


ではオペラ歌手は、いかなるスタイルを目指しますか?

一言で言うならば、

カチッとハマった声。

まさにVoce Verdiano、楽譜の縦線にピタッと合った、1音1音にAppoggioのある音(ハマった音、とわたしは生徒に説明する)。

どんな声を目指すとそうなるか?

暗く、金属的な声です。

暗い、とはつまり、完全な行動のリラックス。不自然な明るさ(輝きを伴わない明るさ)は、筋肉の力みからきます。

金属的な声は、密閉からくる、適切な空気圧で生まれる摩擦音です。

管楽器的な金属音は、空気圧の上昇とともに重低音を伴います。これは聴衆に身体的にとっても気持ちのいい音です。


さて、わたしは、1月にアイーダのコーラスの最終日、そのまま車でヴェネツィアメストレの宿に入り、3日間、マエストロと、声と呼吸法をあるべきやり方に戻していました。

3日間かけると声のあるべきポジションに戻ってゆきます。それは大空洞から快適に放たれる、しかし、つよい空気圧力をともなう歌い方です。


帰宅する前にはPadovaに寄りました。

ドン・ジョヴァンニの主役を歌って以来、

8年ぶりのPadovaです。

懐かしいカフェペドロッキへ。

スタンダールも愛したカフェです。



そしてわたしがかつてRigolettoを歌ったZacco Armeni宮殿のそばの駐車場から家に帰りました。



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暗い金属的な声だけが正しいです。


もちろん、この暗さはカラーという意味の暗さではなく大きなスペースからくる奥行きであり、

金属的な輝かしい声というのは当然、明るい声というのを意味してません。


暗さに関係するのは横隔膜下の筋肉とその使い方であり、また声門下にスペースをつくる準備ができるための高度な脱力です。こちらは時間がかかります。複雑な理論を長期間かけて学び、それをうわまわる長期間、劇場で理論を実際の歌唱の呼吸法に落とし込んでいきます。


金属的な輝かしさは、まず何よりも喉頭の使い方を知ること、これが9割です。あと1割としては当たり前のポジションを守ればいい。それは硬口蓋の前部で作られる響きです。金属的な響きを掴むこと自体は難しくないが、じぶんのものにする、というがあなたが響く楽器になるには時間がかかります。また曲の中で音に対して与えるのはコツが要ります。そのコツとは横隔膜に寄る柔軟な息の与え方と、あとほんの少しの、喉頭の輪状喉頭筋を使うこと。


注意すべきは、スペースに起因しない暗さは間違っていることと、喉をつかったりどこかに当てて作られた響きは間違っていることです。それは大ホールでは聞こえないのみならず、楽曲のなかで歌うロスを生みます。

あと、重く歌ってる、何か筋肉の緊張を感じる気がするときは、いかに暗く金属的な声が出てると感じられても、修整が必要です。

あくまで筋肉の緊張は、喉もおなかもゼロ、圧力を感じるのはおなかの空気圧だけです。


あなたの先生の、理論的説明だけでなく、あなたの観察、そして劇場やホールでの実験を経て、ふたたび先生とのディスカッション、、、を繰り返すうち、ひつような筋肉もついてきて、また力も抜けていきます。ゆっくり、しかし、無駄な時間を過ごさず、着実に成長してください。


では次回のコラムをお楽しみに!

読者の皆様


ブログをしばらくおやすみしておりました。

読者の皆様は今年の滑り出しをどのようにお過ごしになりましたか?


わたしは昨晩は地元の教会でロッシーニのスターバト・マーテルのソリストを歌いました。絵画に満ちた美しい教会で、

わたしがこの教会で歌うのは3度目。

ロッシーニが作曲に使用したピアノが展示してあります。



わたしは知らなかったのですが、

先月、日本のテレビ番組がこの街の近郊を訪れ、イタリアの小さな村の物語、というタイトルの番組をとっていたようですね。


■■■■


新人歌手の諸君は忙しい年末年始を終え、

いまは仕事を着実にこなしながらも、

調整に充てる時間も見つけられている、

そんな時期かと思います。

いっぽう、ヨーロッパではこの月あたりから次シーズンに向けた就職試験や研修所試験、または音楽院の教授探しなどを本格的にする時期に入っています。


2ヶ月間、ブログを書けなかったのは、わたしが年末年始の音楽活動が忙しかったからでもなく、会社から転属命令を受けたせいではさらになく、

じっさいこの2ヶ月はこれからヨーロッパに拠点を移す何人かのクライアントのために、集中していました。

今年に渡欧される生徒諸君は、密に連携をとっている数人以外にも何人かいるため、

夏までと、それから秋以降の何か月は、

気が抜けません。


いちばん大事なのはプログラム、いかに曲目を構成するかですが、教授さがしをするときと、国際コンクールを受けるときと、

プロモーションやエージェントとの面会では変えないといけません。とくに、プロモーション/エージェントのばあい、どうパフォームするか、もめちゃくちゃ重要です。

わたしのアドバイスは、まずエージェントやプロモーションに照準を絞って対策し、身の丈に合わないアリアや歌曲を排除し、しかし最大級の快適な歌唱と、柔軟性と、スター性を身につけることです。

国際コンクールは、どのみち、ベタなアリアで挑むことになるけど、もっとも快適な歌い方を身につけるという大原則は変わらない。


あんがい、いちばんややこしいのは教授探しかなと、わたしは自分の実感としては思います。

ウマの合う先生を見つけることが一番だいじ。ことさら、一番権威ある先生につこうと考えるのは、わたしはそこまで賛成ではない。あなたのファンになるとまではいわないが、あなたがやりやすいなら何をやってもいい、という先生がいい。


しかし、いちばん重要なのが戦う時期です。

とくに春に向けていかに戦うかです。

わたし自身は、パリのエコールノルマル音楽院に願書を送ったのが3月、

パリからミラノに拠点を移すため物件を探したり仕事先を探したりしたのが5月、

ヴィースバーデンでの2シーズンの契約の前にエージェントとの面談に向かったのが3月、

実現はしなかったがウィーンで物件探しやエージェントの試験を受けたのが3月(が、いまの妻となる人と出会いペーザロに住み始めた)。 


つまり、わたしとしては拠点を移す際に、常に3-5月のあいだで動いていたのがわかります。


この春に向けての戦略は、きわめて、臨機応変で、効果的に動かねばなりません。

生徒諸君とはwhat'up(ヨーロッパでのLine)で常に連携を取り、

わたしがそばにはいないながらも、

常に微妙に戦略・戦術を変えて動きます。

すでに上記でわたしのざっくりした対策は述べましたが、

生徒自身が、その土地、その学校、

その劇場にいったその肌感覚でわたしも大作を少し変えます。

あと、かれらがその環境にピンと来るか来ないか、がだいじで、

わたしが、ピンと来るであろう場所を推定することも、限られた時間の中ではだいじです。

かなりピンと来るなら?

その環境はあなたが学ぶ場所に留まらない、キャリアを積み立てる場所です。


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本題と関係ない話として、わたしの春に向けての話をしましょう。


わたしは年末年始から2ヶ月までにかけては、とくに音楽活動では動きがありました。


すでに引退したオペラ歌手としてはじゅうぶんすぎるほどオペラを歌い、1月には愛の妙薬のベルコーレ、フォーレのレクイエムのソロ、2月はスターバト・マーテルのソロ(昨晩でした)、

3月末にドンパスクアーレがグラダーラ城で一公演(11年ぶりのマラテスタ役)、

4月に現代オペラ『忘れられたもの』のバリトン役、フォーレのレクイエムが再演、

決まってはいないがバッハのマニフィカトのソロが5月にあり、

テアトロコムナーレの『椿姫』のジェルモンが5月(これをもってオペラのキャリアは今度こそ終わりにしたい。よい機会です)。


さいきんはテアトロコムナーレのポップス音楽の祭典や、ポップスのコンクールの青年部門の審査員をしたりと、違うジャンルの方々からも呼ばれています。


残念なのは、本業との兼ね合いでコーラスのお仕事が、年末年始のAIDA以来はできてないことです。


パルマのエキストラはお仕事のオファーがありましたが、稽古が多い上にパルマに10日間ほど滞在せねばならず、お断りせざるを得なかった。

またROF(Rossini Opera Festival)財団から3月のオペラに誘われたものの、やはりパルマと同じ理由で難しかった。


わたしは夏に長距離輸送がはいるため今年は夏のROFのコーラスは難しくなりそうです。

ただ、1オペラでもいいからROFには出演したい。去年は病院で働いていたため、現場にとても近く、1オペラと1コンサートにムリなく出演できた。


、、、が、コーラスの本格的なキャリアを犠牲にしてもいいくらいには、

本業が軌道に乗りはじめている、とも感じています。

いまの企業で働いている間も、

地元企業からお誘いを受けるほどには、

わたしの名前は、地域業界では回るようになってきた。っ

それはわたしがドライバないし物流オペレーターとして優秀だというわけではまったくなくて、

わたしがたんに資格だけはやたらもってること、

また、赤十字を通じてさまざまな活動で、地域社会に名前が回っていることが、

たぶんにあるだろうと思われます。

が、すこしずつ、蒔いた種から収穫するものがある、、、とも感じています、、、、。


クライアント諸君だけでなく、

わたしにとっても地味ながら転機となる、

そんな春になるだろうと思います。

諸君と一緒に成長できたら、、、と願っております。

読者の皆様


いよいよ今年という年が終わろうとしていますが、

今年という年はいかがでしたか?


わたしの年末最後のソリストとしての仕事は今晩の市立劇場でのコンサートが歌い納めです。この公演は宗教曲のイベントで、わたしはオラトリオのアリアを2曲歌う。

すでに3つの大聖堂で歌い、ぺーザロ司教も臨席。

今晩の市立劇場には、市長、マルケ州知事、ローマ上院議員、マルケ州の芸術顧問担当が招待されます。


いまはアイーダのための衣装合わせをし、通し稽古のあとは、車でわたしの近所の市立劇場に向かい、歌います。

アイーダを一本歌った後、コンサートは歌うのもどうかと思うが、

コンサートを歌ったあと、翌朝、リミニに戻ります。


↓アイーダのコーラスを歌うのは、リミニ、ガッリ劇場。ラヴェンナとの契約で何度かオペラの役を歌いました。



↓こちらは近所の市立劇場、こけらおとしの「理髪師」にも参加して以来、多く出演してきた劇場です。



しかし12月は歌手としての副業のかたわら、

倉庫管理者として貴重な経験を積めた月でもありました。


11月末までは1日9時間運転するのみでしたが、

12月から薬局倉庫のひとつを任され、

今月はここが君の家だ、未来には本当に君の家になるかもしれない、と通達され、

トラックに積み込む医療品のPCでのチェック、トレーラーが来たときのフォークリフトでの搬送、それから主な仕事としてバーコードリーダーでのストック、

倉庫内で働いてくださる方々のための快適なレイアウトづくりに従事し、

そしてわたし特有の業務としてスキマ時間でトラックで医療施設に緊急的な配送をしました。

運転で1日を終えるのとは異なり、細かくスケジューリングして複数のことをこなす、のは新鮮で、ついでにフォークリフトやトラックにも乗れて非常に楽しい経験でした。

1月はこのポストに残留、

2月からは企業が新サーヴィスの配送を始める予定でそれに従事する予定とのことでした。

何であれ日々成長を心がけ、頑張っていきたいと思っております、、、。



新ベルカント派は、ずばり喉頭派を吸収したベルカント派である、とわたしは結論づけています。


吸収したというのが誇張ならば、少なからずその時代潮流の影響を受けたというソフトな言い方にしてもいい。


また喉頭派の歌手たちのある種の限界に対するアンサーである側面は、

新ベルカント派には少なからずあります。


たとえばデル=モナコの声楽史における貢献は素晴らしいものであると同時にかれのテクニックは彼以外には不可能だったのも事実。それはデル=モナコの限界であると同時にメロッキ派の限界だったのかも。

新ベルカント派は、最大限、メロッキ派のテクニックの良い面を吸収しつつ、

反省も加えた、とわたしは分析します。


ただし、旧ベルカント派のメロッキへのいたずらな拒否と批判ではない、のが明確な違い。

というより、新ベルカント派の歌唱様式においては、喉頭はむしろ最重要項目のひとつ。


デル=モナコやコレッリと、ベルゴンツィやパヴァロッティとを比べると、

後者は決して喉頭のテクニックは否定していない、どころか、明らかに積極的に使っている。

しかも、喉頭派の歌手たちに大きく抜けている部分、たとえば音階だとか呼吸法という部分で大きく補填し、発展させている。


パヴァロッティという歌手をここで持ち出したのは奇異ですか?

彼こそベルゴンツィに次ぐベルカントの旗手であり、

デル=モナコの喉頭派の体育会系なパワフルさとはまったく違った優美さと格式を示したのでは?

そして新ベルカント派が、メロッキ派のたどり着けなかった様式性を確立できた、たとえばヴェルディのような、ことの何よりの証明をパヴァロッティ、フレーニ、カップッチッリという歌手が行った。


さて、新ベルカント派における喉頭派の受容について、より深く入り込むと、

ハッキリ言って、受容というより、メロッキ派の歌手たちもやっていない、喉頭の発展した使い方を推し進めている。


メロッキ派では、喉頭は低い喉頭を保つこと、またさらに深い理解では、水まきホースのたとえが示すように、輪状軟骨の使い方を学んでいきます。

でも、じつをいうと純粋なメロッキ派のスクールではそこまでです。


いっぽう、新ベルカント派によって、おそらく空気圧という概念が入ったことにより、

喉頭のうしろにスペースを生むというアイデアで歌手は歌うようになった。

これも喉頭の使い方の発展。


また、非常に重要なこととして被烈軟骨の使い方を歌唱に持ち込み、これによって、

驚くべきテクニック、つまり、パッサッジョ=アクート、という声楽の最重要概念が生まれた。


パッサッジョという概念が1970年代以降からしか存在しないのは、

要するに声楽界が新ベルカント派による声楽技術の発展を待つ必要があったためです。


まさに、パッサッジョ=アクートは、ベルカントと喉頭派の邂逅で生み出されたテクニックであり概念。


ベルゴンツィ自身、つまり新ベルカント派のスタート地点であるこの歌手自身、喉頭に関する驚くべき示唆がある。ここでは紹介しないが、いくつかのアドヴァイスはわたしもいまだにメモとして壁に貼りつけているものがある。


たとえばわたしが生徒諸君に勧める本、はじめての発声法、はベルゴンツィとフレー二に推薦れる、ある意味、新ベルカント派の教科書であるが、

著者ジャンクロドマリオンは、喉頭を垂直に下げるのではなく、回転作用を伴って頚椎に接近すると記しています。


これが何を示すのか皆さんにはおわかりでしょうか。

つまり、ジラーレ、というベルカントにもともとあった概念は、

ここで喉頭の回転作用という歯車を見出したのです。


わたしはときに、歌唱にはふたつの歯車があり、大きな歯車としておなか(でまわす)、

もうひとつの小さな歯車が喉頭、と説明しますが、

喉頭の回転作用がないなら、おなかでまわしても意味がない。


さて、ジラーレという概念に、それもおなかの、声門下での空気圧のジラーレに喉頭の回転作用が加わることで、どういう声の状態が生み出されるかというと、

それこそ、カヴァーヴォイスです。

ベルゴンツィは、カヴァーを、硬口蓋(前部)から下方に向かう力、と説明します。


ということで、読者の皆様は、オペラ歌唱で重要なキーワードの数々が、

メロッキ派の喉頭の概念と、ベルカントの見直しの、双方の相乗効果のなかで生み出されたことにお気づきでしょうか。


空気によってフレーズすを支配する考え方と、喉頭のバルブによって響きを支配する考え方が、合致することにより、

近代のオペラ歌唱はいったんの完成をみた、というのがわたしのオペラの歴史認識です。


わたしのようなメロッキ派で主に学んだ人間が嬉しいのは、

新ベルカント派のもとで学べば学ぶほど、メロッキの方法論が正しかったことが劇場で日々証明されたことです。


さて、次回、新ベルカント派の最終回です!

では皆様、よい年末年始を!

ヴェルディアンブレス、という言葉はじつはイタリアでは聞いたことがありません。


わたしがそれを聞いたのは、ドイツでのこと、わたしのエージェントはイタリア系アメリカ人で、かれがこのテクニックをわたしに教えてくれた。


それはカデンツァのなかでブレスのあとが高音で始まる場合、

息は吸うが、喉頭をはじめとする緊張感は解かないままにして、息をとったあと再び歌い始める呼吸の仕方。


同じエージェントの大先輩、ジュゼッペ・ジャッコミーニが歌いながら(歌う間に)息を吸うというやり方と同じであるかはわからないが、目指すところは同じ。


要するに息を取ることで空気圧を変えないための呼吸法。


それは、そのときは気づかなかったが、空気圧を変えない、だけへのアドヴァイスには終わらない。


このあとフィレンツェでラウラ・ブリオリに会い、

喉頭で息をせき止め、空気を密閉しつつ歌うやり方を教わった。


このときに、横隔膜のプレッシャーにより、声門下圧が高くなるとともに、声門下にはよりスペースが生まれることを示唆された。


この情報とヴェルディアンブレスを組み合わせると驚くべきことがわかります。


つまり、喉頭のバルブにより空気をせき止めながら歌うことで、フレーズ終わりで息を吸うことで空気圧を変えないにとどめず、さらに強くして次のフレーズを再開できるということです。


つまり、カデンツァの高音の前で息をとり、

次のアクートを素晴らしく歌うテクニックにとどまらない。


それは通常歌唱で、1フレーズ進む後に圧迫からくる緊張感を増してゆくような歌唱です。


わたしはエージェントにたずねそこねたが、

なぜ"ヴェルディアン"ブレスと呼ばれるのでしょうか。

わたしが思うに第一にそれはドラマからの観点に理由があります。

レナータ・スコット先生はヴェルディに最も重要なのはドラマツルギーであると述べた。

ヴェルディにおいてはInterpretazioneはvoceに先行するべきだとも述べたのを覚えています。


まさにヴェルディアンブレスはセリフが切れるべきでないところでキャンセルしない歌い方で、

ヴェルディには不可欠なブレステクニック。


さもなければ、1セリフごとにぶつぎれになり、

劇性を欠いた、たんなる歌唱劇に堕ちることになります。


しかし、ヴェルディアンブレスはヴェルディ以外の作曲家でも有効ですか?


じっさいわたしはそうでないといけないと思います。これがたとえばヴェルディでなくてヴィヴァルディだったとしてもオペラである以上、セリフからセリフ、フレーズからフレーズに移る際にダイナミズムはとぎれず、むしろ盛り上がらねばならないためです。


では次回のコラムをお楽しみに。

読者の皆様こんにちは!

そして発声マスタークラスにご応募頂いた歌手および指導者の皆様、ありがとうございました。

わたしは最近、ブログにあまり注力を傾けておらず、また、今の世の中、ブログというものがどこまで読まれているか、甚だ疑問ではありますが、わたしの記事は幸い、多くの読者様に定期的に目を通してもらえており、

今回の応募にも8名の方が参加してくださいました。

いちおう現在、1名の方を講習性として受け入れると決め、

他の方のじっさいのオンライン面接をしております。


今回は、応募していただいた方には、少なくとも、何らかのメリットがあるように、わたしのほうで努力をさせていただきたいと思っております。


今回、応募していただいた方は、少なくとも、プロを教えるという姿勢があり、それは充分な気概をもった指導者である証ではないでしょうか。


そうした皆様には、少なくとも最低限の敬意として、

面談では、最低限の発声の情報を指摘させてもらい、

簡単に横隔膜、喉頭、劇場におけるオペラの基本的な歌唱には面談だとしても触れさせてください。

その短い説明が、貴方の指導と、また歌唱法にプラスになるように、その基礎のひとつにさせてもらえれば幸いだと思っております。


そして、同時に、あなたはあなたである、ことも忘れてはいけません。


オペラの指導者とは、イタリアの伝統的な歌唱法を教えればいいのではありません。

貴方にしかできない天才性の引き出し方があり、あなたにしかできない生徒をカリスマにするやり方があるなら、それこそ貴方が磨かねばならないこと。


真の発声法などひとつの道具に過ぎず、生徒からパフォーマンスを引き出すのに邪魔になるのなら堂々と捨てなさい。


中級では、あくまでプロを教えるための精密なメカニカルな発声法の追求と理解ですから、

生徒のパフォーマンスをどうするかは、貴方に任されてると思ってください。


そして、中級コースで語られるメカニカルな発声法を理解しなかったからといって、

その指導者が、スターの歌手を育てられないわけではまったくないことも、

認識しておくべきです。



わたしの時間の都合上、3名を受容するのが精一杯ですが、

今回応募した皆様は、全員が、気概と信念をもった指導者であると、わたしから証明をもらったと自負してくださいますように。


そしてすでに勉強を始めた受講生は、どうぞここでわたしからすべてを盗むとともに、

あなたのもつ先生としてのかけがえのない個性で、その発声法を活かしてください。


そして貴方という指導者を通して、さらなるプロの歌手たちが世に送り出されますことを心から願っております。

Ken

歌手の皆様、

こんにちは。

今回は、プロを育成する発声指導者向けの

INTERMEDIOのオンラインコース(中級)をお知らせいたします。

BASEのコースを終え、このコースをお待ちいただいた方もいらっしゃるでしょうが、

準備を重ね、いま満を持してご提供いたします。

3名まで受講生として受け入れます。


現在のお申し込み状況はこちらです(12月12日現在、締め切りました!有難うございました!)
とくに申込期限はこざいません。
  ◎INTERMEDIO 3/3



INTERMEDIOのコースでは、
前回のBASE(基礎)同様、わたしの就労者番号で免状(Attestato)を発行致しますが、
また前回とは異なり、今回は推薦状(外国語あるいは日本語)を書きます。

MEDIOクラスの今回の認定証では、あなたがプロの歌手、とくにオペラや声楽の世界での
プロ歌手を育てられる力量をもつことを認定しますため、
各位音楽教室などの面接の際にお持ちくださいませ。

発声指導者コース中級MEDIOコースは全6時間で、今回のコースは無料です。

審査として、
書類審査 ならびに ライブ審査をします。
書類審査で選考を通過なされた方は
ライブ審査に於いて以下のカテゴリーから1曲を提出しパフォーマンスしてください。
    モーツァルトからアリア、
    リートないしは外国語歌曲
    宗教曲のアリア

基本的条件は:
 ◎音楽大学ないしは音楽院修了した者
 ◎すでにプロのオペラ歌手ならびに歌曲やオラトリオでの活動実績がある者、
劇場ないしは二期会や藤原歌劇団などのオペラ団体に所属する者。

講座内容はプロの声楽家の発声指導およびメンテナンスを行えることを主眼とし、
理論を学びます。

内容は
 ◎喉頭の完全な理解
 ◎支えと呼吸法のメカニズムの理解
 ◎その他、曲目やパフォーマンスなどからのアプローチ

講座を6時間終えた者に修了後、修了証と推薦状をお送りします。

以下のフォーマットを記入しメールをお送りくださいませ。
  ◎現在の所属 (例:東京二期会)
  ◎学歴、留学歴
  ◎専門分野(提出論文があれば記入のこと)  (例 近現代のドイツ歌曲)
  ◎教育者としての今後の展望
  ◎ライブオーディションの提出曲 モーツァルトのアリア、外国語歌曲、宗教アリア
(楽譜送付をお願いする場合がございます)

メールはこちらまでどうぞ。
kenbaryton@gmail.com

■■■■

また何かわたしにメッセージがある方、 ご奨励、同僚の皆様からのご挨拶、その他、
ご質問などがありましたらどうぞこちらまでお便りをお知らせくださいませ!
kenbaryton@gmail.com

読者の皆様、

冬が始まろうとしています。

しかし日本は紅葉がいまだ美しく彩っていることでしょう。

去年末はわたしは妻を日本に連れてこの自然美を見せることができ、

とても幸運でした。


、、、、歌い手としてのいまのわたしはよく言えば、

近所の市立劇場のハウスゼンガー(専属歌手)であり、

ロッシーニオペラフェスティヴァルに呼ばれる常連です。

それはそれで、立派なひとりの職業音楽家ですが、

いまのわたしには情報こそ真の報酬で、

それは劇場に生徒を送る側として不可欠なものです。

その意味で大きな劇場でコーラスを始められたことは良かったですね。


10月は人生初のリーダーアーベントを、サンマリノ大聖堂ではミサを歌い、

11月はモーツァルトのレクイエムのソリストをキャンセルしたものの、

12月からは、内勤になった関係上、多く歌える予定で、

市のための宗教曲(ヴィヴァルディとヘンデル)のイベントを3晩した後は、

フォーレのレクイエムのソリストが2公演あり、

人生初の劇場コーラス団員の仕事で、まずアイーダを5公演参加します。

ちなみにパルマのコーラスには元同僚のオペラ歌手も何名かいて再会が楽しみです。


来年度はフォーレのレクイエムがさらに2公演、

1月から始まる市立劇場のオペラシーズン最初に、まず愛の妙薬のベルコーレ役が控えてます。アンコーナで歌ったきり7年ぶりのベルコーレ役です。


■■■


新ベルカント派の記事2回目は、

いったんベルカントを紹介させてもらいましょう。


ベルカントの定義などどうでもいいことです。

声楽史を学びたいならオペラ歌手として生活費を劇場で得れるようになってからやりなさい。


しかしながら、むりやりわたしが定義すると、

19世期前半から中期にかけて考察され、また採用されたイタリアのオペラの歌唱法および訓練法の派閥です。

それはおそらくはナポリ派のカストラートの訓練法に端を発し、ロッシーニの時代にヨーロッパ全体で全盛期を迎えました。

しかし古典派ベルカントと呼ばれるものはロッシーニ以降は廃れ、1960年代以降にカルロ・ベルゴンツィをはじめとする歌手たちによってベルカントの見直しが行われた、、、というのがわたしの、というかオペラ界での観点。


しかしこの記事では古典派ベルカントに触れましょう。


古典派ベルカントは、たんにベルカント、あるいは真のベルカントなどと呼ばれることも多いです。

そのメソッドの範囲はあまりに広いが、読者の皆様は気にする必要はない。

なぜなら、劇場主催者にとっては、あなたがうまく歌えるかどうかが大事で、あなたの歌のスタイルが真のベルカントかどうかではない。


わたしはベルカントという概念をまったく欠いたまま、

新国立劇場にデビューし、パリ留学後すぐに音楽院オペラ科に入り、国際コンクールをとり、パリで主役デビューした。

つまりこの程度のミニ勝利なら、ベルカントはマジで関係ない。


ただ、わたしにとっては、

古典派ベルカントは、じぶんの大本のメソッドであるメロッキ派をふくらませ、新ベルカント派への架け橋をつくるには、たいへん重要だったです。

というか、メロッキ派と新ベルカント派をふたつともじぶんの歌唱メソッドとするために、どうしても必要な学びであった、、、とは今思います。


とくに、パリで、故ジャクリーヌ・ボナルドが教えてくれたBere la voceはわたしにとって古典派ベルカントというものを、メソッド、技術の側から説明しています。

このイタリア語は、ランペルティの言葉ですから、ベルカントの根幹の理論に基づいている。


なんであれ、ボナルドは、古典派ベルカントという曖昧な理想論をちゃんと歌うことのできるメソッドにした点で、実践派であり、尊敬できます。

わたしは彼女の著書を買い求め、研究したのでした。


↓ボナルド女史の著作。題名は直訳すると声楽教師: 声の構築のための楽器製作者。

Luthierとはイタリア語だとLiutaio、とくに弦楽器の製造や修理に携わる業者のことです。

著書はどうじに歴史的な声楽家たちに関する証言や、音楽や人生の格言などにちりばめられた書物として美しい本です。



さて、彼女にオーディションを頂いて、チェネレントラを歌ったが、

このとき、Bere la voceを試してみた結果、、、、劇場でのオペラの方法論として使うことはできず、すぐにメロッキ派の方法論に戻らざるを得なかった。

もちろん、これは、メソッドの敗北ではなく、 この方法論には絶対的に正しい真理もあると同時に思い、

オフシーズンにヴァッカイを使って研究を重ねたのでした。

ちょうどそのときにこのブログも始めています。


舞台でつかえるメソッドではないことは、

最初期から認識していたにもかかわらず、

それでもいわねばならないのは、

古典的ベルカントからはポジションにおいて学べることです。


それは、喉頭派がまったく考えない点、

マスケラについて考えさせます。

ベルゴンツィの言葉、カヴァーとは硬口蓋から下方へ向かう、をわたしは遅ればせながら参加したブッセート・ヴェルディ・アカデミーで知りました。別名、ベルゴンツィ・アカデミーにおいて、ふたたび、ベルカントの最大の核心、ポジションについて考えさせられたのでした。


ボナルドは、音は前歯の前、鼻の前で開始され、カーヴを描き(ジラーレと彼女は説明した)「口奥に向かって飛んでいく(カルーソー)」。つまり声の向きは前ではなく後ろであり、

声とは飲む(BERE)ものであり、歌唱は吸気によってなされる、と述べました。


ここにはひとりのオペラ歌手として突っ込みたいことが1万個あります。

とくに、オペラ歌唱は吸気によってなされる点。

あくまでオペラ歌唱は、横隔膜からの呼気による支え、すなわちAppoggioは不可欠です。


ただし、この記事ではすこし視野を広く取りましょう。


この方法論で歌ってみると、おなかにたいしてある種の圧力上昇があるのを感じました。

じつは、ボナルドは、わたしの思い出す限り、呼吸法へのアドヴァイスはほとんどなかった。

わたしは、BERE LA VOCEを以下のように劇場で修正しました。

吸気で歌う、という概念は、アプネアのなかで空気圧を上昇させるという意味に、違う言い方だと、空気圧を移動させるという意味に拡大解釈しました。

また、ボナルドのいうジラーレは、あくまでおなかで回すやり方に変えました。

これは、敬愛するジュゼッペ・ジャコミーニの採用した、大地から吸い上げる呼吸法です。

ポジションは、鼻の前ではなく、歯の後ろ、つまりベルゴンツィのいう硬口蓋に変えました。


そして、当然だが、喉頭派のやり方を完全に捨て去ることはしなかったです。

喉頭を全く考えずに劇場で通用する響きをつくるのは不可能だからです。


さて、こうしてわたしは気づかぬうちに、

喉頭派で歌いながら、古典派ベルカントのやり方からいろいろと盗み、勉強するうちに、

ようするに、新ベルカント派の成立、というものをじぶんの歌手人生として実践していたのでした。

ドイツでフランチェスカパタネとマルコキンガリという二人のエージェンシーでの大先輩に出会い、ふたりはベルゴンツィの愛弟子であり、

ここでわたしは新ベルカント派のメソッドに触れたが、

ドイツで歌ってる頃には、すでにある種の新ベルカント派の傾向、つまり、喉頭派 プラス ベルカントで歌ってました。



余談として、では、Bere la voceそのものは、歌唱メソッドとして通用するのでしょうか。

オペラに関しては、答えは、ノー。


このわたしみたいに、相当、研究してきた人間でさえ、オペラの舞台でそのまま使ったことはない。


それはシンプルで親しみやすい歌唱法だが、喉頭の概念がなく、呼吸法への熟慮も浅い。

とくに、オペラ劇場で国際的な競争に打ち勝つ強靭な響きを生み出せない。


が、この方法論には圧倒的なメリットもあります。

それは、この歌い方で歌われた歌を、嫌いな人間はいない気がします。


もっとも純粋な歌唱形式というか、

歌のうまさ、そのものを、我々オペラ歌手に教えてくれます。


たとえばポップス、ミュージカルのシンガーたちがこの方法論を学んだら全員、

成功できるはず。


つまり、この方法論はなんだかんだ、オペラという芸術の揺籃期を支えてきた以上、

何かが絶対的に正しいのです。


そのままでは現代の劇場に使えないからという理由で古典派ベルカントを軽蔑するのは道徳的というよりテクニカルな意味でよくないし、それは、1960年以降の偉大な歌手たちが研究してきたことを理解できないことにつながるでしょう。


次回は、新ベルカント派における喉頭派の受容について述べることでしょう。

読者の皆様

こんにちは!


わたしはイタリアの商工会議所から労働許可をもらい、VAT番号を所持して個人事業主としてオペラ歌手をしてきましたが、

今年の春からは若い歌手たちのプロモーションもはじめ、エージェントの声聞きやエージェンシーの主催するマスターに送ったり、あるいは劇場研修所のオーディションに送ったりしています。

まあ、わたしも第一線を引いて3年ですが、それでもコネクションがまだ途切れておらず、

途切れないためにまだしぶとくロマーニャ・マルケ州では歌手を続けているのですが、

こうした情報を集めて、なんとか生徒諸君、クライアント諸君をさまざまな劇場へ送らせていただいております。

むろん、わたしはオペラ歌手育成専門のヴォイストレーナーであるとは思いますが、ざっくり発声をよくする、というよりは、ピンポイントで、その個別のオーディションから逆算して最低限の発声と曲目を、極めて限られた時間内に仕上げる、、、プラス、提出するCVの添削、旅のしおり(飛行機電車、バス)を戦略打てるのもわたしの仕事です、、、。


さて、今年はこうしてじぶんのクライアントに限定だてて情報を共有しましたが、

これから月末に、わたしのいちおしのオーディションをお送りしましょう。

もちろんわたしが専門なのはむろんヨーロッパのオーディションですけど、いずれ日本国内の方々向けの情報も出していきたい、たとえばオンラインの国際コンクールなどがそうです。


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◎ニース国立劇場合唱団オーディション(フランス)

テノール1 および アルト1 

試験日は2026年2月2日、締め切りは1月19日です。


フランス語のアリアは必須であり、まだコーラスパートを読んでおく必要があります。

しかしながら最も重要なのはフランス語を含むアリアプログラムをどれだけ歌えるかです。


アリアの傾向と対策、必要な滞在資格、具体的なコーラスプログラムとその譜読みのサポートなどをお求めの方は以下のわたしのアドレスまでどうぞ。


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◎ティチーノオペラ研修所(スイス)

わたしの生徒もこれまで2名、送らせていただきました。

一種のアカデミーですが、仕事として1500スイスフランの報酬を得ることができます。

1月28日までにビデオ審査、

3月8−9日にルガーノで試験、

研修期間は6月23日から7月30日です。


今回のオペラプログラムとその対策と傾向を知りたい方は下のメールからわたしにご質問ください。わたしはこれまで2名生徒を合格させた経験で、傾向と対策はできるでしょう。


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◎シェーンベルクマスタークラス(オーストリア)

こちらはウィーンで行われ、無料のマスタークラスです。

ただし宿泊と旅費は生徒もちです。

7月7日ー17日まで。

締め切り2月1日

選考など具体的な情報を知りたい方は以下のアドレスからどうぞ。


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こちらわたしのアドレスです。

kenbaryton@gmail.com

オンラインでのセッション、レッスン、相談などは

1回3,000円です。




また、よりクローズドな、たとえばわたしの個人的なコネクションで得た情報などは、

個別にクライアントの皆様に送らせていただきたいと思います。


では次回のオーディション情報をお楽しみに!

読者の皆様、こんにちは!


秋も終わろうとしていますね。

新しいシーズンとなってから3ヶ月が経過しましたが、

歌手の皆様はいかがお過ごしでしょうか?

わたしもヨーロッパ諸国そして日本のクライアント諸君とともに、この劇場界でのワクワクするような未来を日々描いております!


わたし個人は、

12月から内勤になり、倉庫のひとつを任され、

年末は週60時間トラックに乗ることはない模様です。

企業がロジスティックオペレーション資格を持つわたしに新たな経験を積ませる部署にいったん移動させてくれることは、幸運なことですね。 

↓わたしの勤務先のひとつ、ファーノ病院。まるで劇場のようです。

歌い手としては、、、

国際競争のなか第一線で戦うことからは引退した身ですが、

ローカルの仕事は頂いており、

それは主に市立劇場での仕事と、

夏のフェスティバル(ロッシーニオペラフェスティバル)の仕事のふたつで成り立ちます。

12月はさらに劇場のコーラスの、エキストラではあるが、仕事も始まる予定です。

最初の契約はアイーダですが、

そのあとに続くシーズンのオペラを果たしてじぶんの雇用形態の中で歌えるのか、、、

と、贅沢な悩みをもっています、、、。


12月はとくに国内の歌手の皆様に多くのサービスができるだろうと信じています。

やっと発声講座の中級クラスを開催することができます。

また、長いことレッスン時間を見つけられなかったアマチュア・セミプロの方々の、劇場研修所所や大学院受験の試験対策をできそうです。


新しいクライアントの方々とともに面白い12月にできるだろうと思っております!

皆様にとっても良い冬が始まりますように。

では!


密閉された中で息を吐くこと、と、わたしは偉そうに、貴方方プロフェッショナルの歌手の諸君に述べますが、理論的には簡単なことではありません。


ヴォカリーズのなかでとにかくメカニカルに学ぶことを徹底することです。


それも、ふたつの項目に分けて、ヴォカリーズでは片方ずつ、研究するのです。


そうすると、不調のときに、それを識別して軌道修正もできる。


密閉してないがゆえにうまくいかないことがあります。

とくに高音にたどり着くのに疲れるようになった場合がそうです。


また、息が吐けない身体になったがゆえの不調もあります。

声が飛ばなくなった、響きが細くなったりマットになった、などがそうです。



ただし、じつは、密閉することと、息が吐きやすいことは両立するというよりはセットです。それを今回述べましょう。



わたしは密閉をいろいろな人から学んだけども、アルバニア国立劇場のリゴレットの際、

劇場の契約歌手で、ディーヴァのEva Golemiから楽屋で重要な指摘を受けました。


それはマスケラで密閉すること。


わたしはこのプロジェクトではモンテローネ役を歌い、良い経歴と、高いギャラをいただくことができたけども、最大の報酬はEvaとの出会いだった。


つまり彼女はマスケラと横隔膜の間で空気の出し入れは一切ないと述べ、そのなかで空気を圧縮して歌うと述べた。

もちろんこの指摘は今思えば、ありきたりなものだが、正直、わたしは2017年まではマスケラで密閉する考え方はもってなかった。


2017年から2018年にかけてはいちばんむずかしいオーディションにわたしは送られ、

決まっていた企画としてもリヴォルノでのイリス、アウグスブルクでのシモン・ボッカネグラとローエングリン、年始はドン・ジョヴァンニと運命の力をパドヴァとヴェネツィアメストレで歌い、、、、と、

もし密閉を伝授されてなければ、これら本物のオペラ群をわりと本格的な劇場で歌いきれたかは疑問です、、、。


それまで、わたしが採用していた密閉は、メロッキ派での上半身を高くして支え、喉頭で行う密閉。しばしばこの密閉の仕方を主にとる歌手は、偉大な響きと引き換えに、息が吐きにくくなります。


喉頭での密閉の仕方は、じつは、わたしが最初にマスターした密閉の仕方。


このやり方で歌い続けるメリット・デメリットは、いろいろありますが、

この記事に即して言うならば、

喉頭で密閉するときは息が吐きにくくなり、

息が吐きやすいときは(喉頭での)密閉が取れてしまう。


たとえばわたしはDenia Gavazzeniのもとで多くの公演を歌いました。彼女はドニゼッティルネッサンスの時期のスカラ座で、旦那様のGavazzeniとともに多くの記念的な公演をした歌手ですが、

彼女のもとでBergamoでの1年の公演とコンサートのスケジュールを歌い、

彼女のエストニアやシチリアのオペラツアーで歌わせてもらいました。


が、彼女の、1音1音息を吐くことが【最も自然で正しいアッポッジョ】という考えはわたしは完璧に受け継いでいます。


息は1音1音に吐くのです。

わたしは生徒に、ソステーニョはベルトコンベアーで、アッポッジョは品物を置くこと、と支えに関して説明を受けますが、

根底にはこのD.Gavazzeniの、1音1音に息を与える教えがある。


ただし、彼女の事務所で歌っているあいだ、

息が吐きやすいときは喉頭の密閉がとれ、大きなスペースからくる金属的な響きを失っていた気がします。


横隔膜による息のAppoggioと、密閉が両立できるようになったのは、マスケラで主に密閉するようになってからです。


なぜでしょうか。

それはつまり横隔膜からくる強い上へのプッシュに耐えられるほど強靭な声帯など存在しないからです。


メロッキ派では声帯を厚く合わせ、空気を閉じ込めるとともに靭帯を接近させて金属的な響きで歌いますが、強い空気圧が押し寄せると、それを筋肉でサポートせざるを得なくなります。ちょうど、手と手を左右から押し合うような緊張を必要とし、それは声帯には危険な緊張です。


だから喉頭の密閉を採用するばあいは、空気の風船は押さない方がいい、ともいえます。


しかしマスケラで密閉する場合はこの決壊の危険を避けることができるため、

安心して強い呼気圧を上昇させることができます。空気の風船をより強く押して、声もどんどん劇的なほうへ広げていける。

より安全にドラマティックなレパートリーで劇場勤務するには、マスケラの密閉を理解するほかない、とわたしは思う。


強いていうと、マスケラの密閉はバランスと集中力によってなされるため、

たびたび、それはおざなりになります。

安全策として喉頭の密閉のほうも、非常用として学ぶべきだとは思います。

これがわたしが生徒にのべる1.5個の密閉です。


あと、それこそコラムにふさわしい内容ですが、

オペラに関して言えば、『歌唱』だと思いすぎないことです。

歌唱だと思うからこそ、諸君はしばしば、わざわざ声帯を空気で切り裂くようにしてそれを音楽と思い込まされる。

オペラは、歌唱でもなければ音楽でもない、だからこそ密閉の技術がオペラの中心にある。

オペラは、ギリシャ悲劇に端を発する演劇なのです、たまたま、誤解から(とわたしは革新してるが)歌唱が伴ったにすぎない。

もし、ローソクの火をまえにわたしがJ-POPをうたったら火はさいしょの歌いだしで消えるでしょう。

これが、歌唱であり、ようするに息の外への流出に乗るのが歌唱なのです。

いっぽう、同じローソクの火を前にわたしが詩を朗読するならば?

わりと大きな声で朗読したとしても、火はゆらめくことはあっても消えないはず。

これはオペラも同じでないといけない。

なぜならオペラは演劇で本質的には歌唱というより演唱であり、歌うというより語られる芸術だからです。

このことはたんなる教養にすぎないが、プロ諸君は理解しておくべき教養です。

その不理解が不調の原因になるからです。