読者の皆様
いよいよ今年という年が終わろうとしていますが、
今年という年はいかがでしたか?
わたしの年末最後のソリストとしての仕事は今晩の市立劇場でのコンサートが歌い納めです。この公演は宗教曲のイベントで、わたしはオラトリオのアリアを2曲歌う。
すでに3つの大聖堂で歌い、ぺーザロ司教も臨席。
今晩の市立劇場には、市長、マルケ州知事、ローマ上院議員、マルケ州の芸術顧問担当が招待されます。
いまはアイーダのための衣装合わせをし、通し稽古のあとは、車でわたしの近所の市立劇場に向かい、歌います。
アイーダを一本歌った後、コンサートは歌うのもどうかと思うが、
コンサートを歌ったあと、翌朝、リミニに戻ります。
↓アイーダのコーラスを歌うのは、リミニ、ガッリ劇場。ラヴェンナとの契約で何度かオペラの役を歌いました。

↓こちらは近所の市立劇場、こけらおとしの「理髪師」にも参加して以来、多く出演してきた劇場です。

しかし12月は歌手としての副業のかたわら、
倉庫管理者として貴重な経験を積めた月でもありました。
11月末までは1日9時間運転するのみでしたが、
12月から薬局倉庫のひとつを任され、
今月はここが君の家だ、未来には本当に君の家になるかもしれない、と通達され、
トラックに積み込む医療品のPCでのチェック、トレーラーが来たときのフォークリフトでの搬送、それから主な仕事としてバーコードリーダーでのストック、
倉庫内で働いてくださる方々のための快適なレイアウトづくりに従事し、
そしてわたし特有の業務としてスキマ時間でトラックで医療施設に緊急的な配送をしました。
運転で1日を終えるのとは異なり、細かくスケジューリングして複数のことをこなす、のは新鮮で、ついでにフォークリフトやトラックにも乗れて非常に楽しい経験でした。
1月はこのポストに残留、
2月からは企業が新サーヴィスの配送を始める予定でそれに従事する予定とのことでした。
何であれ日々成長を心がけ、頑張っていきたいと思っております、、、。
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新ベルカント派は、ずばり喉頭派を吸収したベルカント派である、とわたしは結論づけています。
吸収したというのが誇張ならば、少なからずその時代潮流の影響を受けたというソフトな言い方にしてもいい。
また喉頭派の歌手たちのある種の限界に対するアンサーである側面は、
新ベルカント派には少なからずあります。
たとえばデル=モナコの声楽史における貢献は素晴らしいものであると同時にかれのテクニックは彼以外には不可能だったのも事実。それはデル=モナコの限界であると同時にメロッキ派の限界だったのかも。
新ベルカント派は、最大限、メロッキ派のテクニックの良い面を吸収しつつ、
反省も加えた、とわたしは分析します。
ただし、旧ベルカント派のメロッキへのいたずらな拒否と批判ではない、のが明確な違い。
というより、新ベルカント派の歌唱様式においては、喉頭はむしろ最重要項目のひとつ。
デル=モナコやコレッリと、ベルゴンツィやパヴァロッティとを比べると、
後者は決して喉頭のテクニックは否定していない、どころか、明らかに積極的に使っている。
しかも、喉頭派の歌手たちに大きく抜けている部分、たとえば音階だとか呼吸法という部分で大きく補填し、発展させている。
パヴァロッティという歌手をここで持ち出したのは奇異ですか?
彼こそベルゴンツィに次ぐベルカントの旗手であり、
デル=モナコの喉頭派の体育会系なパワフルさとはまったく違った優美さと格式を示したのでは?
そして新ベルカント派が、メロッキ派のたどり着けなかった様式性を確立できた、たとえばヴェルディのような、ことの何よりの証明をパヴァロッティ、フレーニ、カップッチッリという歌手が行った。
さて、新ベルカント派における喉頭派の受容について、より深く入り込むと、
ハッキリ言って、受容というより、メロッキ派の歌手たちもやっていない、喉頭の発展した使い方を推し進めている。
メロッキ派では、喉頭は低い喉頭を保つこと、またさらに深い理解では、水まきホースのたとえが示すように、輪状軟骨の使い方を学んでいきます。
でも、じつをいうと純粋なメロッキ派のスクールではそこまでです。
いっぽう、新ベルカント派によって、おそらく空気圧という概念が入ったことにより、
喉頭のうしろにスペースを生むというアイデアで歌手は歌うようになった。
これも喉頭の使い方の発展。
また、非常に重要なこととして被烈軟骨の使い方を歌唱に持ち込み、これによって、
驚くべきテクニック、つまり、パッサッジョ=アクート、という声楽の最重要概念が生まれた。
パッサッジョという概念が1970年代以降からしか存在しないのは、
要するに声楽界が新ベルカント派による声楽技術の発展を待つ必要があったためです。
まさに、パッサッジョ=アクートは、ベルカントと喉頭派の邂逅で生み出されたテクニックであり概念。
ベルゴンツィ自身、つまり新ベルカント派のスタート地点であるこの歌手自身、喉頭に関する驚くべき示唆がある。ここでは紹介しないが、いくつかのアドヴァイスはわたしもいまだにメモとして壁に貼りつけているものがある。
たとえばわたしが生徒諸君に勧める本、はじめての発声法、はベルゴンツィとフレー二に推薦れる、ある意味、新ベルカント派の教科書であるが、
著者ジャンクロドマリオンは、喉頭を垂直に下げるのではなく、回転作用を伴って頚椎に接近すると記しています。
これが何を示すのか皆さんにはおわかりでしょうか。
つまり、ジラーレ、というベルカントにもともとあった概念は、
ここで喉頭の回転作用という歯車を見出したのです。
わたしはときに、歌唱にはふたつの歯車があり、大きな歯車としておなか(でまわす)、
もうひとつの小さな歯車が喉頭、と説明しますが、
喉頭の回転作用がないなら、おなかでまわしても意味がない。
さて、ジラーレという概念に、それもおなかの、声門下での空気圧のジラーレに喉頭の回転作用が加わることで、どういう声の状態が生み出されるかというと、
それこそ、カヴァーヴォイスです。
ベルゴンツィは、カヴァーを、硬口蓋(前部)から下方に向かう力、と説明します。
ということで、読者の皆様は、オペラ歌唱で重要なキーワードの数々が、
メロッキ派の喉頭の概念と、ベルカントの見直しの、双方の相乗効果のなかで生み出されたことにお気づきでしょうか。
空気によってフレーズすを支配する考え方と、喉頭のバルブによって響きを支配する考え方が、合致することにより、
近代のオペラ歌唱はいったんの完成をみた、というのがわたしのオペラの歴史認識です。
わたしのようなメロッキ派で主に学んだ人間が嬉しいのは、
新ベルカント派のもとで学べば学ぶほど、メロッキの方法論が正しかったことが劇場で日々証明されたことです。
さて、次回、新ベルカント派の最終回です!
では皆様、よい年末年始を!




