例えば、ここが知らない村だとして。
知人も同僚も、当然友人や家族もいない、誰も知らない村…。
田舎の商店街をぶらりと歩きながら、よーへーさんはとりとめもなく考えを巡らせていた。
イヤフォンからは、聴きなれたR&Bがとめどなく脳内に流れ込み続けている。
もしもそんな村が世界中にあるとして。
いくらでも人生をつくり直せるとしたら…。
あ、時間は巻き戻せないルールね。それが唯一のルール。
さて、どうする?
コーヒーチェーン店の自動ドアを潜り抜けながら、店内を見渡すよーへーさん。
例えば、お一人様外国人とレジの若い女の子がいたとして、どっちを村人第一号にする?
「いらっしゃいませー」
レジから、ぎこちない笑顔で坂口(研修中)が話しかけてきた。
何をしてもいい。おれのことなんて、誰も知らない村だから。
メニューを眺めなるふりをしながら、よーへーさんは人生への態度を決めかねていた。
「お一人様ですか?」
「店内でお召し上がりですか?」
村人に相応しい台詞だ、とよーへーさんは思った。
坂口(研修中)は、マニュアルというプログラムに守られた極めて安全な存在だ。常軌を逸する言動を起こすリスクは低いはずだ。
おかしなことを口走ってもいい。嘘をついたっていい。
だって、誰も知らない村だから。
「…トマトジュース」
なんだか無念な気分を押し殺しながら、よーへーさんは店内を見渡せる隅の席に我が身を運んだ。
トマトジュースをふくみながら、
「誰も知らない村は、この世界そのものだな。」と、よーへーさんは思った。
スペイン代表のサッカーユニフォームを着た外国人が、大きな口に次々とポテトを投げ込んでいる。スペイン人だろう。
坂口(研修中)は、バレー部っぽいな。なんとなく。彼女の世界にサッカーというスポーツは存在しないだろう。
次に来た時もう一度トマトジュースを注文したら、坂口にとって僕はトマトジュース好きの客になるのだろう。違うけど。
「お待たせいたしましたー」
坂口が、コーヒーのお代わりを注文した外国人と談笑している。
「えー!スペインじゃないんですか?」
「ヤー!アイム フロム メヒコー」
「世界は実に、その人の主観でできている。」と、よーへーさんは思った。
誰も知らない村で、今ここからどう生きていこう。
この国の平均寿命を半分生き抜いて、掴んだ人生のコツが二つある。
一 決めて、実行すること。
一 選んだことの責任をとること。
人生のコツは、極めてシンプルだ。
トマトジュースの喉ごしが、やけに重たい日曜日。
R&Bは鳴りやまない。