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連載】どうなる?医療事故調--厚労省医療安全推進室長の佐原康之氏に聞く

2008. 1. 23

【連載】どうなる?医療事故調《2》
「医師法21条、現状維持でいいんですか?」
厚労省医療安全推進室長の佐原康之氏に聞く2008. 1. 23

 医療事故調査委員会(以下、事故調)の設置を検討している厚生労働省。同省の中で、事故調の具体的な仕組みや運用方法を実質的にまとめているのが、医政局総務課医療安全推進室長の佐原康之氏だ。同氏に、事故調に対する様々な疑問について聞いた。


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 ──まずお聞きしますが、なぜ事故調を設置することが検討されているのでしょうか。

佐原 われわれが事故調の設置を検討しているのは、医療安全に対する社会的な要請があったことに加え、医療界からも医師法21条を何とかしてほしいという要望と、第三者機関を作ってほしいという要望があったというのがあります。医師法21条では、異状死を警察に届け出るということになっている。それが問題なので、その届け出先を第三者機関に変えることはできないかということで、今検討しているのです。


医師法21条は事故調なしには改正できない


 ──なぜ医師法21条の改正と事故調の設置がセットになっているのですか。21条は事故調の話と切り離して、別個に改正してはいけないのですか。

佐原 世の中が納得すれば、それでもいいです。しかし、医療事故の調査を行う機関がないのに、医療機関による事故の届け出義務を一切なくすとしたら、世の中は恐らく納得しないでしょう。

 ――しかし21条は本来、医療事故の調査を行うための条文ではないですよね。

佐原 ええ。この条文は100年以上前からあるもので、もともとは道端で死んでいた人を医師が調べたときに、実は殺人事件の被害者だったという見逃しなどがないように、という目的で作られていますから。

 ──それが、今のような状況になってしまったのは、元はといえば、厚労省が国立病院に「医療過誤が発生したら警察に届け出るべし」との旨を通達したのが原因ではないですか。それ以降病院からの届け出が急増し、容易に警察が医療に介入するようになってしまった。

佐原 そうかもしれませんが、こうなってしまった以上、その点を議論しても仕方ありません。結局、広尾病院事件で最高裁が、21条の届け出対象として、道端で死んでいた人だけでなく「自分が診察していた患者も含める」と判断しているわけです。最高裁という司法府のトップの判断がある以上、今の法治国家の中で「それはおかしい」と言われてもどうしようもありません。

 ――でも、最高裁の判断がどうであれ、別に事故調を作らないでも、立法府が医師法21条を改正することは可能ですよね。つまり、21条の条文を本来の意味にきちんと書き換えることはできるのでは。

佐原 立法制度上は可能ですが、ちゃんとした理屈がなければ、立法府や世の中が納得しません。例えば、「医師法21条によって、ようやく医療の透明性が確保されつつあるところまで来ているのに、医師法21条をなくしてしまったら、昔の状況に戻ってしまうのではないか」という指摘があります。それに対して「それはお医者さんを信じてください。ちゃんとやりますから」と医療者側が言って、それで世の中が納得するならいいと思います。しかし、そこまで信頼を得ているとは言い切れないのではないでしょうか。

 ──何らかの義務がないと納得してもらえないだろうということですか。

佐原 そうですね。その義務が、「事故調への届け出」になるのだと思います。


届け出範囲を決めるのは簡単ではない


 ──次に、届け出の範囲についてですが、厚労省として考えているのはどういうものですか。

佐原 12月27日の検討会で示した届け出案は、1つが、「誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案」です。もう1つが、「誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案で、行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る」というものです。

 ──分かりやすく言うと。

佐原 1つ目は、明らかに誤った医療行為とかに起因して、患者さんが死亡した事例。例えば患者さんを取り違えたとかで死んでしまったとか、投薬のミスで亡くなったような事例ですね。2つ目は、合併症として合理的な説明ができる、予期していた死亡であれば、それは入らないということになります。

 ――では例えば、心臓や脳の血管でカテーテルを動かしている間に血管を破ってしまったとか、そういう場合はどうなるのですか。予期されている合併症と言えますよね。

佐原 そこもケースによって違うのではないですか。例えば20歳の患者で起きた場合と、90歳の血管ボロボロの人に起きた場合では判断が異なります。それぞれの事例が届け出範囲に該当するかを、医療機関でどう判断するのかが一番難しいですね。そこを議論していかないといけないので、これから検討会での議論をお願いしています。

 ――議論して結論が出るものなのですか。素人目からしても、なかなかそう区切れるものではないと思いますが。

佐原 そうですね。バシッと区切れるというものではないです。

 ――そういう微妙な事例があるにもかかわらず、届け出なければペナルティーを科されるのであれば、最初から微妙な事例は全部届け出ようという話になってしまいますよね。届け出が膨大になってしまいます。

佐原 そうですね。だからこの届け出の範囲をどういうふうに区切るかというのは非常に重要なところだと思います。パブリックコメントでもこの部分に関する意見がとても多かったので、まずはここから検討を進めようとしているわけです。決して、今の提案のままで行くと決まっているわけではありません。


刑事処分に使うのは仕方ない


 ――医療者側からは「事故の報告書が刑事処分や行政処分に使われる」という点に対して、批判の声が大きいようですが、これについてはどう思われますか。事故調が「医師の責任追及のためではないか」という疑念を呼んでいる大きな理由になっていると思いますが。

佐原 「医師は刑事免責にせよ」という意見がありますが、世の中に受け入れられるとは到底思えません。ただ、どのような事例が刑事手続にいくのかについての議論は慎重にやらなくてはだめで、故意とか重大な過失に限定しなければならないと考えています。今は何でも刑事手続きとなっているわけだから、もっと医療界の中で完結するような仕組みにすることが必要です。決して刑事手続きの対象を広げようと言っているわけではありません。刑事はあくまで謙抑的にかかわってもらいたいと思っています。

 ──謙抑的ということですが、検察が事故調の報告書を見て安易に立件するようになったりしませんか。

佐原 検察は何でも立件しているわけではありませんから。検察も、「事故調からの通知の有無を十分踏まえてやっていきます」と言っています。しかも、「事故調のような仕組みがきちんとできるのであれば、検察は引っ込む」とまで言っているのですから、そこを信用してもらえなかったらこの話は進みません。

 ──事故の届け出が自らの不利益処分につながるという仕組みは、医療安全という目的と相反するのではないですか。処分を恐れて、隠蔽や虚偽の報告が出るなど、真相究明に支障を来し、本当に重要なエラーが見逃されたりしませんか。

佐原 そういう心配はあるかもしれません。しかし、自ら届け出ないということにしたら、今から何も変わらないですよね。引き続き、21条で警察に届け出てやっていくのがいいのですか。

 ――別に刑事処分や行政処分のために報告書を使わなかったらいいのではないですか。

佐原 それだと先ほどの話になります。報告書が刑事手続に使えないのであれば、検察がこれまで通り刑事事件として真相解明に乗り出すことになり、事故を起こした医療者が初めから刑事事件の被疑者として扱われるという現状は全く変わらないですよね。それでは良くない、というのが事故調の議論の大きなポイントです。


 ――今、年間に90件ほどの刑事訴追がありますが、事故調を作ることで、これを減らす方向に考えているのですか。

佐原 そうです。ただ、処分の中には必要なものはあって、例えばすごく怠慢な医者についても何も責任を取らなくていいのかというと、そんなことはないと思うのです。この点、今は責任の取り方がいきなり刑事処分なので、それはまずい。そこで、行政処分をきちんと機能させなければならない。その行政処分ですが、これまで免許停止などしかありませんでしたが、今は医療安全については個人のミスというよりはシステムエラーという観点でやっていかないといけないから、医療機関に対する処分の導入や、医師の再教育の仕組みを考えてはどうかと提案しているわけです。だから、第二次試案の「刑事・行政処分に使う」という点だけ持ってきてけしからんと言われても、それはちょっと身勝手な議論ではないかと。

 ――しかし、重大な過失の「重大さ」の基準はどうするかとか、悪質さや故意かどうかの判断が難しい場合もありませんか。

佐原 確かにそうですが、今は「医療の専門家でない人たち」が判断している状態ですよね。それを、今度は「医療の専門家」に判断を仰ぐわけです。それに基づいて、あまりにひどいのではないかということがあれば、それはもう処分されてもしようがないじゃないですか。

 ──確かに、素人に判断されるよりマシかもしれません。しかし、専門家による判断がちゃんとしたものになるか、今のままでは疑問が生じます。なぜなら、先ほどの届け出の問題と絡んでくるのですが、膨大な届け出があると事故調が対応し切れなくなる。現場の事情を熟知し、公平な判断ができるドクターは忙しくて集まらないのではないか。そういう心配があると思うのです。

佐原 そういう課題はもちろんあります。しかし学会、例えば内科学会も外科学会も「協力します」と言っているわけです。第二次試案についてパブコメを募集したときも、「課題はあるけど前向きにやっていきましょう」という意見書をもらっているわけです。この点、「医療界の第一線の医師の皆さんが、やる気がありますか」ということではないですか。「そんなの偉い人が言っているだけで、自分はやらなくてもいい」と言っていたら、医療事故の第三者評価の仕組みなんてできないじゃないですか。

 ──それはその通りだと思いますが。

佐原 患者サイドも「事故調の構想に賛成してもいいかな」と言っているわけです。医療界としてちゃんと隠さない、ごまかさない姿勢を取って、信頼関係の上にこういうことができるのだったら、原因究明にもつながるし、再発防止にもつながって、結果として日本の医療がよくなるなら、賛成してみようと言っています。けれど、刑事処分や行政処分に使われたくないとか、そういうネガティブな発言があると、患者サイドも「何、あのお医者さんたち、やっぱり医療界には任せられない」というふうな話になりますよね。

 ――自浄作用がないままそういう主張ばかりしていると、そんな気がします。

佐原 実際、医師の反対意見などを見聞きして、患者さんの団体からは「医療従事者の保身や責任逃れを目的として事故調が利用されるなら問題だ」というような意見が届いています。



これまでの取り組みでは足りない


 ──では視点を変えて、厚労省がこれまでに取り入れてきた仕組みを活用してはどうでしょうか。例えば、医療機能評価機構が行っている「医療事故情報等収集事業」をもう少し大きくして、ちゃんと全例報告にして調査すればいいのでは。

佐原 そういう考え方はあると思います。だけど、この事業では診療行為が適切であったかの評価まではしていない。どのような事故があったかを、医療機関からの報告に基づき分析しているだけです。なので、さらに原因を調査するには、医療の過程にどんな問題があったかを第三者が評価する必要がありますので、事故調と同じことです。もしそのような機能と調査権限が付与できるのなら、医療機能評価機構が事故調になったっていい。

 ──その評価までやらなければ医療安全につながらないということですか。

佐原 そうでしょうね。もちろん、全然つながらないというわけではないです。例えば、薬を間違えてしまったが、それは薬剤名が似ていたからだ、といった分析はしています。しかし、もっと深い洞察までやらなければ見付からないエラーは、現在のこの仕組みでは無理です。医師の手技や治療の過程でどんな問題があったのかという点を第三者がちゃんと抽出・評価して次につなげるのが大切です。

 ──分かりました。では、組織の動かし方を工夫してはどうでしょう。いきなり巨大な組織をドーンと立ち上げて、一斉に動かそうというやり方が果たして適切でしょうか。例えば、当初1年くらいは刑事処分に使わないようにして、試験的にやってみて合意が得られたら本格始動する、などというやり方は取れませんか。

佐原 それはあるかもしれません。もしかしたら施行の仕方としてそういうのはあるかもしれないけど、現行のモデル事業(注:診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業)以上のことをやろうとすると、いずれにしても法律改正は必要でしょう。

 ──どうしてですか。

佐原 法律改正がなければ、試験的に作られるその機関に、法的な調査権限を付けられないからです。調査権限がなかったら、「うちはカルテは出したくありません」と言われたら、調査はできません。モデル事業がやっているのはそういうことで、あくまで病院が同意した場合だけです。モデル事業以上のことをやろうと思えば、法改正して調査権限を付けたり、医師法21条との調整を図ったりする必要があります。

 ――ということは結局、事故調の枠組みが完成しなければ医師法21条の改正はできないということですか。

佐原 そう思います。先ほども申し上げたように、これまでの制度に代わるしっかりした枠組みを作らずに21条の改正だけを要望しても、立法府の合意が得られないと思います。



【記者の目】
 各方面で噴出している疑問や不満を、案を取りまとめている佐原氏にぶつけてみた。その回答は結局、世間の賛同がなければ今の状況が変えられないということに行き着いてしまう。これまで患者が抱いていた不満という“ツケ”を、医療者側は一括返済しなければならないというわけだ。しかし、医療者側にも言い分はある。それをないがしろにしたままでは、医療情勢の悪化を招き、患者のためにならない。今、医師らが集まって自浄作用を発揮する仕組みについて議論が始まっている。現場からの積極的な意見や対案を待っても、遅くないのではないだろうか。


 


非難集中の「事故調」第二次試案を読み解く

昨年10月に厚生労働省が第二次試案を発表して以降、医療界でも具体的な議論が盛り上がり始めた「医療事故調査委員会」。今年の通常国会での審議が予定されているが、議論はまだまとまりそうにない。今ここで、もう一度、その問題点と論点を整理するとともに、事故調にかかわるキーパーソンにインタビュー、解決の糸口を探る。


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厚労省の「事故調」検討会。様々な立場から委員が意見を述べるが、議論はなかなかまとまらない。
 医療事故調査委員会(以下、事故調)とは、医療事故の原因を究明し、医療の安全と質の向上を図るという目的で、厚生労働省が作ろうとしている調査機関だ。医療機関から事故報告を受け、事故調がこれを調査し、原因を究明するとともに、診療行為に問題がなかったか判定する仕組みだ。

 厚労省はこの仕組みを、「異状死の届け出制度」に代わるものとして考えている。現行の医師法21条に基づく制度では、直接警察への届け出が必要で、刑事事件につながりやすいという問題がある。そのため、警察への届け出の前に第三者機関が調べる体制を作ることが検討されてきた。厚労省は制度創設に向け、医師法などの改正案を2008年の通常国会に上程する方針だ。

医療者側は制度創設を求めていたはず
 元をただせば、この仕組みは医療者側が求めていたものでもある。厚労省が第三者機関の創設に向けて動き出した大きなきっかけとして、04年に4学会(日本内科学会、外科学会、病理学会、法医学会)が「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向けて~」という声明を発表したことがよく挙げられる。もちろん、そのような声明を出さざるを得なくなった社会的な背景はあるが、医療者側も制度の必要性を認

識していたことは間違いない。

 しかし、昨年10月にでき上がってきた厚労省の第二次試案には、医療者側が危機感を感じる大きな問題点が潜んでいた。そのため、今こうして議論が沸き起こっているのである。この制度に対する医療者の不安は、以下の点に集約できる。


■医療界全体に対する不安
「萎縮医療が進むのではないか」
「ハイリスクな医療現場から医師が立ち去るのではないか」

■医師個人として感じる不安
「刑事罰・行政処分される機会が激増するのではないか」
「いい加減な調査や判断で刑事罰・行政処分を受けるのではないか」


 なぜ、このような不安が噴出しているのだろうか。



第二次試案に示されている制度の大枠はこうだ。まず、医療機関は“診療関連死”が発生すると、すべて事故調に届け出ることが義務付けられる。届け出られた事例は、事故調が専門家を交えて調査する。そして調査の結果は医療安全対策に活用するとともに、場合によっては刑事訴追、行政処分を行う際にも使用される。ちなみに、自民党が昨年12月に示した案(いわゆる自民党案)も、第二次試案と内容はほとんど変わらない。

 この流れの中で、問題とされているのは以下の2点。1つ目は届け出の部分。「診療関連死の全例届け出を義務化し、届け出を怠れば罰則を科すことができる」とされている点。

そして2つ目は調査結果の部分。「調査委員会の調査報告書を刑事・行政処分に使うことができる」とされている点だ。


届け出の範囲があいまい


 1つ目についてだが、ここでいう診療関連死は、どのような場合が該当するのか、現状では分からない。もちろん、医療の結果はミスなのか合併症なのかなど判断が難しい場合は多く、その線引きは容易ではないだろう。

 厚労省が提案している基準には次のようなものが挙げられている。これは、現行の医療事故情報収集等事業の「医療機関における事故等の範囲」から、一部を抜粋したものだ。


(1)誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案
(2)誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る)


 ここで考えてほしい。「誤った医療」とは何だろうか。事後的に見れば「あのようにすればよかった」と考えられる治療はいくらでもあるだろうが、治療した時点では正しい判断でも、患者が死んだら、それは「誤っていた」ことになるのだろうか。「行った医療に起因」と言っても、その場で医療行為に起因した死亡かどうかを判断するのは簡単ではなく、解剖しても原因不明な場合は多い。

 「死亡を予期しなかった」とは、何か。死亡率が10%のハイリスクな治療を行って死亡した場合に、届け出るべきなのか。5%なら、1%ならどうか。どこからが「予期しなかった死亡」になるのだろう。逆に、いくらでも「私は予期していた」と主張することもできそうだ――。などなど、疑問がてんこ盛りだ。

 その上、届け出なければ医師や病院の管理者に罰則が科される可能性があるという。届け出範囲があいまいな上、罰則がチラつくとどうなるか。厚労省の検討会で、こんな発言があった。「これでは、病院の管理者の肝っ玉が小さいと、患者が死ねば全部届け出るような事態になるかもしれませんよ」。全くその通りだと思う。このような基準では、膨大な件数が事故調に届け出られることが懸念されるのだ。

 なお、現行の医療事故情報等収集事業では、2006年の1年間に、152件の死亡事故が報告されている。対象となった医療機関は273病院、病床数は約14万8000床。日本全体の病床数が約160万床であることを考慮すると、単純計算で少なくとも1600件以上の報告があることが予想される。少なくとも、としたのは、上記の事業においては罰則などなく、報告義務のある医療機関が必ずしも死亡事故を報告していない可能性があるからだ。


トンデモ報告書で刑事処分?


 次に、2つ目をみてみよう。この「厚労省は、事故調による調査結果を、刑事・行政処分に使えるようにしようとしている」という点に対する医療者側の危機感は相当に強い。

 これについて厚労省は、「刑事手続きに進むのはごく一部で、故意や重大な過失、悪質な事例に限るよう調整する予定だ」と説明する。

 しかし、故意犯はともかく、過失には事故防止体制の不備、つまりシステムエラーが背景にあることが多く、医療者個人を罰することが適切でないと考えられる事例は山のようにある。過失の重大さについても、どこで線引きするかという難問が待ち構えている。

 もっと根本的にいえば、事故調の報告が、過失や悪質性の判断に耐え得るものとなるかどうかが心許ない。なぜか。そこにはマンパワーの問題がある。前述したように、膨大な件数の届け出がくることが懸念されている。事故調がそれらを適切に判断して処理できるほどの体制が整えられるかという問題が生じるのだ。マンパワーの問題は、いわゆるモデル事業(正式名称:診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業)が実施された段階で

早くから露呈している。

 事故調が処理能力を上回る膨大な調査に追われるとどうなるか。粗雑な報告書、トンデモ報告書が作られる可能性が高まるのではないか。その報告書が医師の責任を厳しく断じるものであった場合、刑事処分と行政処分がセットになってのしかかってくるだろう。だから、「刑事罰・行政処分される機会が激増するのでは」「いい加減な調査や判断で刑事罰・行政処分を食らうのでは」という不安が出てくるのだ。

 加えて、刑事処分や行政処分に報告書が使われるなら、真相究明が妨げられるという懸念もある。なぜなら、事故の届け出を義務化して調査に協力させるのは、言ってみれば自白を強要するようなもの。刑事処分や行政処分を恐れて真相が隠蔽される可能性がある。

そうすると、本来の目的である「医療安全」につながらないことが考えられる。また、自白の強要を禁じた憲法38条に違反する可能性も高い。



問題点を解決する議論を


 これら以外にも、様々な問題点が指摘されている。とはいえ、現行の医師法21条(異常死の届け出)がこのままでよいわけはなく、事故調の設置は必要だ。患者の駆け込み先が裁判所や警察以外になく、医師と患者との良い関係が築けないという現状を、事故調が解決してくれる可能性もある。運用上の問題点を明らかにし、それを改善するため具体策を考える段階に来ている。

 厚労省は現在、上記2つの問題のうち、1つ目の届け出の基準について検討を進めている。昨年12月27日の検討会では、意見はまとまらなかったが、「院内の調査委員会を設けてそこで届け出るかの判断を行えばどうか」など、有意義な意見も聞かれ、議論が進む余地はありそうだ。

 また、膨大な届け出を処理するための方法も考えられている。厚労省の検討会とは別に、弁護士の神谷惠子氏を中心に、複数の医療関係者が集まって研究しているグループ「生存科学研究所医療政策研究班」は、膨大な届け出を処理するための解決策として、「初期判定員」が案件をふるい分けする方法を提案している。初期判定員が、不可避の死だったのか、本格的な事故調査が必要な案件なのかなどを判定して、事故調がスムーズに動くようにする仕組みだ。



生存科学研究所・医療政策研究班が主催したシンポジウムでは、医師らを中心に活発な議論が交わされた。
 あるいは、東大医科学研究所客員准教授の上昌広氏が代表となっている、「現場からの医療改革推進協議会・医療事故対応ワーキンググループ」では、遺族が死因に納得できない場合に届け出るという仕組みを考えている。目的は患者の納得であり、それまでに院内調査委員会や医療メディエーターが患者に説明を施し、それぞれの現場で解決を試みる方法だ。


医療者側の自浄作用に期待も


 こうして見ていくと、まだまだ検討すべき点は残っている。拙速な議論で設置を急いではならないことは、明らかだ。

 医師からも「プロフェッショナルオートノミー」、つまり自浄作用を発揮することの重要性を叫ぶ声が広まっている。医療者側が自らを律する仕組みを通じて、患者との信頼関係を改めて構築していくべきとする意見が、方々のシンポジウムや研究会で聞こえてくる。これからが、本質的な議論を展開する時ではないだろうか。


医療事故調、日病役員7割強が「自民党案の趣旨に賛成」

混迷する"医療事故調"の行方◆Vol.5
日病役員7割強が「自民党案の趣旨に賛成」
総論賛成だが、届け出範囲や刑事手続きとの関係には異論も
橋本佳子(m3.com編集長)

「調査委員会の設置には賛成意見が多いが、細部については検討の余地がある」と語る日本病院会会長の山本修三氏。

 日本病院会が同会役員を対象に実施した調査によると、“医療事故調”に関する自民党案の趣旨や死因を究明する調査委員会の設置について「賛成」との回答は7割強に上ったことが分かった。ただし、調査委員会に届け出る事例の範囲や刑事手続きとの関係については賛否が分かれ、「総論賛成、各論には検討の余地あり」という結果だった。

 この結果は1月15日の理事会で公表されたもので、日病会長の山本修三氏は、「ほぼ予想された結果。ただ、思った以上に、刑事手続きについてはセンシティブになっている実態がうかがえた」と話す。

 調査は、日病の役員176人(常任理事18人、理事41人、代議員117人)を対象に実施。自民党が昨年12月21日にまとめた「診療行為に係る死因究明制度等について」 (PDF) の柱は7つあるが、それぞれについて賛否を尋ねた。1月9日までに集まった85人(回収率48.5%)のデータを集計した。厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の昨年10月の第二次試案 (PDF) を基に調査しなかったのは、「届け出を義務化する、ペナルティーを科すといった言葉が使われるなど、表現や内容に問題が多かったため」(山本氏)。

詳細な結果は以下の通り。
(1)趣旨(医療事故の原因究明・再発防止のための組織の設置する)
     賛成:72.9%、反対:18.8%、どちらでもない:8.2%
(2)調査委員会の設置
     賛成:70.6%、反対:20.0%、どちらでもない:9.4%
(3)届け出および調査
     賛成:55.3%、反対:27.1%、どちらでもない:17.6%
(4)再発防止のための提言など
     賛成:83.5%、反対:9.4%、どちらでもない:7.1%
(5)民事手続きとの関係
     賛成:60.0%、反対:31.8%、どちらでもない:8.2%
(6)行政処分との関係
     賛成:52.9%、反対:38.8%、どちらでもない:8.2%
(7)刑事手続きとの関係
     賛成:30.6%、反対:58.8%、どちらでもない:10.6%

 詳細を見ると、(2)の「調査委員会の設置」については賛成多数だが、国(厚労省や内閣など)の組織とするのか、あるいは国以外の組織とするかについては、理事会でも意見が分かれたという。

 また、(3)の「届け出および調査」は、「届け出る医療関連死の範囲を明らかにすることが必要」「医師法21条を改正して、異状死の届け出との重複が避けられるように担保させることが必要」などの意見が挙がった。さらに、「診療関連死であっても院内で原因が究明でき、遺族も納得できる場合には届け出なくていいという意見が見られる一方で、再発防止を目的とするなら全例を届け出るべきなど、様々な考え方がある」(山本氏)。

 民事・行政・刑事手続きとの関係について、山本氏は「やはり刑事処分との関係を問題視する意見が一番多かった。21条との関係を整理してほしいという意見に加えて、調査委員会に出された事例をそのまま警察に届け出るのではなく、まず調査委員会ですべてを調査してから、警察に届け出るべきか否かを検討すべきといった意見などがある」と話す。
 
 1月25日に、11の病院団体で構成する「日本病院団体協議会」の幹部の会合が予定されている。各団体の幹部にも同様の調査を行っており、意見を集約して病院団体としてのスタンスをまとめる予定になっている。