19歳の姉の
「私、会社に行かれなくなる」
などという
ばかげた言葉を
鼻白む思いで聞きながら
その一方で
「この人はいつだってそうだ」

大切に大切にくるむようにして育てられた
長女特有の身勝手さを思う。





母は動き出した。

生きたまま死んでしまったかのような父を叱咤するでもなく
ましてや
軽蔑するでもなく・・・


ただただ
母は
強くなった。

戦後の日本の復興は「おんな」のちからだったことを
改めて思い起こさせる母の強さだった。



母は働いた。

一時の半分ほどになった
細く小さくなったからだで
昼間は「賄い」に
夜は、当時ちらほらとでき始めた24時間のコンビニで。


その春、
妹が入学したばかりの中学校。
常夜灯に
煌々とまばゆいばかりに白く浮かび上がる満開の桜。

その光景は
すこし不気味で
とても恐ろしく見えた。

「桜の花」は
晴れやかな思いで見上げるからこそ美しいのだと知った16歳の春。






「なんにもなくなったわけじゃないでしょ?私たちがいるでしょ?」


後に母は
「あなたの言葉に我に返った。」

笑いながら打ち明けた。

裏の田圃に面した六畳間の
日のあたる窓辺で
ちいさくなった背中をいっそう丸めるようにして
足の爪を切る。


下着姿で一心に
まるでそのことだけが生きる目的のように。


15で奉公に出、
修行を重ね
自分の城をもった。

26歳で家庭を持ち初めて人の親になり
すべての情熱を
愛しい家族と
高度成長期の日本の未来に注いだだろう30年。



この父の人生のまんなかの30年は
それは呆れるほどあっけなく
そして
あとかたもなく消えたのだ。




ひとは

本当に悲しいときほど泣けないものだ。



向かいの家の淡桃色をした吉野桜のはなびらが
ひらりひらり
楽しげに
焦らすように
右へ左へと踊りながら
あいもかわらず熱心な
父の左の肩にそっととまり
すこし揺れて
するりと落ちた。