バタバタと浮かれた様子で走り回る
おそらく小学2,3年生だろう「ガキ」を
忌々しく横目で見ながら
荷造りする手を休めることもできない。
人の気持ちを推し量ることもせず
能天気にこの家の次の住人になるかもしれない
この上なく「幸せな家族」を案内する
小太りの不動産屋は
テラテラと光る額を白いハンカチで押さえながら
いそいそと私の横をすり抜けた。
まるで
誰も
そこに存在しないかのように。
わかっていた。
この人たちが悪いんじゃない。
誰も悪くない。
出来上がったばかりの
初めての「自分だけの部屋」に駆け込んだ日。
きっと
あの日のわたしもこんな風にはしゃいでたはずだ。
こんな風に笑ってたはずだ。
季節には祖母が大好きだった
セリの生えるうらの田圃。
日曜日にみんなで囲んだ
暖かい湯気と笑顔の満ちた食卓。
寝そべって空を見上げた
粉雪のちらちら舞うおおきなベランダ。
父と母が
大切に慈しむように築き上げて来た
「幸福の証」は
いとも簡単にあっけなく
目の前から消えてなくなろうとしていた。
笑いたくなるほど
あっさりと。
せわしなく
無表情に手を動かし続ける母の
場違いのようなその日の紅い口紅は
「泣くまい」という固い決意と
まだ十分に若く、美しかった母の
精一杯の抵抗だったのかもしれない。