父親が3年前に癌を患い

再発してからの脳梗塞で入院

体の麻痺が残り

余命一月半と宣告され

自宅に戻ってきた



在宅介護

を選んだ理由

をお話ししたいと思う



どちらかと言うと

選ぶことに余地はなかった

と言った方が正解かもしれない








今までの経緯は上記を参照











ステージ4の胃がんと診断されたのは


3年前の10月だった


5時間超えの胃の全摘手術を経て


その後の抗がん剤による副作用で

入退院を繰り返したのち


オプチーボと出会い



体調はとても良くなった



食に対する欲が元々あったが


母が作る食事をよくとり


自らも料理好きで


頻繁にキッチンに立ち


食事を作っていた



通院時


主治医の先生は


食事の内容を入力し


そのバラエティとんだ食事に


驚いていた





豚足食べたとか

血合いの魚を食べたとか

なんでも食べていたように思う





そんな時







コロナが世間で騒がれた






私たち家族は


抗がん剤治療している父や

同居の母に会うことを避けた





誕生日や父の日のプレゼントは



近くの緑道など


感染を少しでも免れる方法で

会い渡していた



そうして距離的な疎遠が続いていた






そして


2月末に脳梗塞を患い入院した



コロナ禍だった為に



入院中は一切面会は許されなかった



看護師さんの計らいで


電話で話したり


リモートでの面会が1回ずつあった





今までは入院しても

母は毎日面会にいき

様子を確認し

必要な道具や衣類

食べ物などを病室に運ぶことができた





それがいっさいできなかった






電話が一度できたときに


父は私に

寒くて仕方ないと訴えてきた


病気で体重は30㌔代だったこともあり


3年間寒さとの闘いもあった


入院中はICUにいたが


寒さに耐えていたことを知ったのは


16日間の14日目だった


2週間も耐えていたなんて




心配で仕方なかった





しかし面白いエピソードもある


看護師さんからの連絡を経て


父はあれ食べたいこれ飲みたい

を伝えてきた


その内容は



あんころ餅

焼いた肉



ICUからあんころ餅ってー



さすがに笑ってしまった











主治医からは


もう癌治療ができない

余命1ヶ月半ですと家族に説明があった




ホスピスなどの施設に入れば

また会えなくなる



自宅で安心して

暖かく過ごして

好きなあんこをたくさん食べて

家族との時間を過ごす



そう判断して



退院して自宅に戻った



世間では施設に入れることは

もしかしたら批判されるかもしれない

家族は最期までみるべきだ

と言う意見もあるからだ


一方

家での介護は

24時間気の抜けないものであり

家族の負担が大きい



実際コロナ禍でなければ

迷ってたかもしれない



しかし




母は迷うことなく

在宅介護を選んだ





家族も

こうなったらコロナだろうとなんだろうと

今のうちにいっぱい会って

一緒の時間を少しでも待とう


と決心した