※敬語の抜けた記事です。


またもや岡山旅行をしている。




季節が季節なので、かもしれないが市街地を歩いていても「花の多い街だなあ」という印象。

しかし舗装された道路を延々と歩くと脚が痛いなあ。


今回は… 本来、合気道の仲間に会いに来ている定期イベントなのだが、そちらはどうしようか、と迷い中であり、他に知人と会ってまわっている。


その中でまたもや訃報。

親交のあったころ、70代でも元気な人で、一緒に里山を歩いた記憶がある。フェンスを登ってヒョイと越えていた。


関係なさすぎる道端の草の写真。

近づいて見ると黄色い花が可憐。


クリスチャンだったようで、永代供養されているらしき教会へと挨拶に赴くとちょうど施設の人がいらっしゃり、供える花もないものの故人の名前の入ったその場所に手を合わせる事ができた。

横にある、信徒や牧師さんの集うような建物にて、生前に寄付された木の棚を見せていただき、故人の家にて見覚えのある魚の置物を発見。

「あの魚、譲る人がいないならくれないかなぁ」とか、かつては図々しさ極まることをチラリと考えたことを思いだす。


教会は美しいところで、私たちが供えなくともやわらかな印象のお花が供えられており、「こんな綺麗なところに来られて良かったなあ、Fさん」と思うと入り口にてなぜか涙。


すい臓のがんだったということだが、健康の為の気功をしていても(彼女は公民館の気功教室の先輩だった)、70代で山登りなどし、自然と親しんでいても、病気で亡くなってしまうものらしい。


あとはまた後日。