結論から言う。ライブに慣れた“だけ”では技術は上がらない。
ただし、ライブに慣れることで「見えてくるもの」が増えるのも事実だ。そこをどう扱うかで、成長する人と止まる人がはっきり分かれる。
多くの人は、ライブを最初から「難しいもの」と思い込む。
ステージは怖い。視線が刺さる。手が震える。音がいつもと違う。自分の演奏が自分のものじゃなくなる。そういう経験があるほど、「自分には向いていないのかもしれない」と早合点してしまう。けれど、これは別に才能の有無ではない。単に、慣れていないだけだ。
人間は未知の状況に強く反応する。
照明、音量、ステージの距離感、客席の空気、モニターの返り、音の定位、立ち位置、動線。こういうものは、スタジオでは完全に再現できない。最初にライブが難しく感じるのは当たり前だ。だが、場数が増えると、少しずつ体が理解し始める。「この感じなら、呼吸はこう」「この返りなら、ピッキングはこう」「この会場なら、立ち位置はこう」――頭で考える前に、身体が先に答えを出すようになってくる。これは確かに成長だ。ライブという環境に対する適応力が上がるからだ。
ここで一つ、残酷な事実を言う。
お客さんは細かいことをほとんど分からない。
もちろん音楽ファンは鋭い。だが、プレイヤーが気にしている「ピッキングの粒」「タッチの微差」「一音の立ち上がり」「リズムの数ミリの遅れ」まで、全員が全員感じ取っているわけじゃない。多くのお客さんが受け取るのは、もっと大きな輪郭だ。曲の雰囲気、勢い、熱量、場の空気、そして“その瞬間にしかないライブ感”。
だから、こういうことが起きる。
自分の中では「大失敗した」と思ったのに、終演後にたくさんの人に褒められる。
「今日ヤバかった…」と落ち込んでいたら、写真を撮りに来た人が満面の笑みで「最高でした!」と言う。場合によっては、演奏者本人だけが地獄を見ていて、客席は普通に楽しんでいた、なんてこともある。
さらに、こんなことも起きる。
対バンが異様に上手く見える日がある。音がデカい、勢いがある、見せ方も巧い。「あっちが勝ってる」と感じる瞬間。ところが共演者からは「今日めちゃ良かった」「音が抜けてた」「フレーズが刺さった」と褒められる。自分が想像している評価と、外から見た評価がズレることは普通にある。
これが積み重なると、人間はどうなるか。
気が大きくなりやすい。
最初に持っていた新鮮な緊張感は薄れ、「どうせ細かいことは分かってないだろ」と、どこかで横柄な態度に落ちていく。ここが一番危ない。技術的な問題ではない。姿勢の問題だ。
ライブに慣れることは、確かに「楽」になる。
精神的な負荷が軽くなる。段取りが見える。トラブルにも動じなくなる。これは良いことだ。だが、その“楽”がそのまま「雑」につながる人がいる。緊張がなくなって手が回るようになったのに、心が緩む。注意が散る。準備が甘くなる。すると、いつか必ず頭打ちが来る。というより、長くは続かない。
なぜか。
ライブは「バレないからOK」の世界じゃない。
たとえ細部が伝わっていなくても、プレイヤーの状態は音に出る。甘えた瞬間の音は、熱量の低下として伝わる。演奏の“魂の密度”が薄くなる。音がただの作業になる。観客は理屈では言えなくても、それを感じ取る。
じゃあ、どうするか。
答えはシンプルで厳しい。
常にリハーサルの時点で本番を想定した練習をする。
スタジオに入った瞬間から「本番のつもり」で弾く。立ち位置を決める。音量のバランスを想定する。MCや曲間の空気も含めて組み立てる。ライブは“曲を弾く場所”ではなく、“流れを作る場所”だ。リハでそれをやらずに、本番だけで急にできると思うのは都合が良すぎる。
そして、そのためには当然――
個人練習を積み重ねる。
リハは“練習の場所”ではない。確認と調整の場所だ。個人練習が足りていない人ほど、リハで自分の問題を解決しようとする。その時点で負けている。バンド全体の時間を使って、自分の宿題をやるな。これはプロでもアマでも同じだ。
さらに大事なことがある。
ライブ後の評価は有難く受け入れつつも、常に客観的に自分を検証する。
褒められたら嬉しい。もちろんそれは受け取るべきだ。人の言葉はエネルギーになる。だが、褒め言葉だけで自分の成長を測るな。なぜなら、評価には優しさも社交辞令も混ざる。客席は楽しむ場所であって、採点する場所ではないからだ。
今の時代、演奏は簡単に残せる。
スマホで録音できる。マルチトラックで記録できる。動画も撮れる。いくらでも“証拠”が残る時代だ。つまり、逃げられない時代でもある。だからこそ、自分自身を見つめる時間が重要になる。
ライブを録音して聴く。
テンポの揺れ、音色のムラ、音量バランス、ミスタッチの傾向、集中が切れているポイント。そこから目を背けない。反省すべきところは押さえる。次のリハまでに修正する。次の本番で改善する。これを繰り返す。結局、技術が上がる人は「気合いが強い人」ではなく、改善が習慣になっている人だ。
そして最後に、誤解してはいけないことを言う。
お客さんは細かい演奏のことが分からなくても、プレイヤーが発する熱量は明らかに伝わる。
ここは技術の問題ではない。
音楽は、最終的に人間が人間に伝えるものだ。どれだけ正確に弾いたかより、そこに心や魂がどれだけ存在しているか。ステージに立っているのが“人”なのか、“作業者”なのか。観客はそれを見ている。
ライブに慣れると、確かに景色は変わる。
でも、その変わった景色に甘えるか、研ぎ澄ますかで結果はまるで違う。
「どうせ分からないだろ」と思った瞬間、あなたの音は死に
「分からなくても伝わる」と理解した瞬間、あなたの音は生きる。
慣れは武器にもなるし、毒にもなる。
だからこそ、慣れた後が本当の勝負だ。
緊張が薄れたところから、もう一段深く潜る。
淡々と準備し、淡々と検証し、淡々と更新する。
その繰り返しの先にしか、本物の技術はない。
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