「物事はすべて決まっているんだなー」


と、漠然と実感したのは

3年くらい?前。


その後、一見自分で決断したかのように見えることすら

「そう決断するように」

決められているのだとわかるようになりました。


そして自分の身の回りに起こる出来事もすべて

決められている。

そして大概それには意味がある。


昨日ひとりでデパートでショッピング中に起こった

出来事です。


突然ネックレスのワイヤーが切れて

それによって連なっていた珠がピンポン玉のように

あたり一面に巻き散りました。


周りのお客さんがいっせいに注目です。


安モンのアクセサリーを身に

つけていることの恥ずかしさもさることながら、

期せずして20人近くの注目を浴びることになったわたしは

(当然ですが)逃げたしたい気持ちでいっぱいだったと

思います。

当然あるひとつのことが頭に浮かびます。


「知らぬ顔して通り過ぎる」


でも明らかに無理。

そしてすぐ後に


「現実と直面するしかない」


わたしはその場に立ち尽くし、20個以上の珠の行方を見守っていました。

無駄な動きをして慌てふためいても仕方ないからです。

(それにそんなことをしたらますますみっとも?ないですよねぇ。。とほほ)


お客さんもわたしを取り囲むように、珠の行方とわたしを見守っていました。


「ちょっと恥ずかしいよぅ。。でも、しょうがない。

さて、問題はこの珠。どうしよう。

全部拾わなきゃだめかな。

そのままにしておいたら、きっとお店の人が片付けてくれるかな。

でも、それはあまりに無責任だよねー。

とりあえず珠がおさまるまでちょっと様子をみていよう」


わたしはそんなことを考えていました。


すると、まわりで私と珠を見守っていたお客さんたちが

いっせいに珠を拾って

つぎつぎと

ただそこにじっと立ちつくしているわたしに

手渡してくれたのです。


* * * * *


今日それらをつなぎ合わせて驚いたのですが、

すべての珠が私の手元に戻っていました。

途中で切れたワイヤーの

両側すべてに収まったので

間違いないのです。

(奇跡です)


* * * * *


わたしはこのアクセサリーをつけることは

今後2度とないと思うけど、

これはなんだか大切にした方がよいような

気がしています。


わたしは日ごろ他人に過剰な期待をしていません。

でも、この切れたネックレスが


「世の中そんなに捨てたモンじゃないよ。

人って、アナタが思うより優しかったりするんじゃない?」


って教えてくれたような気がするからです。



* * * * *



さて、昨日のあの出来事には、

何の意味があったのでしょう。


ひとつは、


「逃げないで受け入れる(――現実を)」

「直視する(――どんな状況においても)」


ということかな?


そして、今日珠をつなぎ合わせてはじめて気づいた

もうひとつの意味。



それはうまく書けないので

言葉にしません。



つなぎ合わせなかったらと思うと、

それが暗示することに気づかなかったのかもしれないと

思い、鳥肌が立ちます。


でも、「つなぎ合わせること」は

少なくともわたしが生まれた時点では


「もう決められていた」


のでしょう。





(無宗教。。です。念のため。。)