前略 X様

 

中国の武外務次官は駐日大使の王毅と同じくジャパン・スクールだという話だが、日本が先に謝れとはまた惨たらしい。
強気の表情で言っているのかも知れないが、その心中は悲鳴であろう。
そもそも「歴史認識について謝る」とは一体何を指しているのか、意味不明である。
どうも日本と中国、韓国とは「歴史」の定義が異なるようなので、先ずは話し合いの前提として言葉の定義について明らかにしてはどうか。

 

僕は学生の頃、南京大虐殺というのは既定の事実かと思っていたのだが、大人になって読んだ本によって、その殺された人数についてさえ定説が無いと知った。
それで僕に北京語を教えてくれた老師に向かってそう言ったら、大学の先生をやっている知性を持つというのに彼女は泣きそうな顔でこう言った。
「あなたの言っている事が事実だとしても、日本軍が中国人をたくさん殺したことは確かな事じゃない?」
そんな事を話しているつもりは無かったのだが、中国人にとって常に「歴史」とは事実とその解釈ではなく、感情そのものであると考えるしかなかった。

 

最近では女房が扶桑社の歴史教科書を読んだことが無いというので、四年前に買った本を読ませてみて、どこに腹が立つか訊いてみた。
そうしたらやはり南京大虐殺の部分の記述で引っかかって、「ここがおかしい」と言った。
「どうおかしい?」と尋ねると、「多くの人が、という風に表現をぼかしている」のが怪しからんと言うので、「じゃあ何人死んだと書けばいいの?」と訊くと「あれ、十万人だったかな?」などと言い出す。
中国側の公式発表では30万人くらい虐殺された事になっているが、それすらも覚えていない。

 

つまり、中国人が「歴史問題」と言い出したら、それは歴史的な事実を明らかにし、責任を論じるという問題ではなく、「私たちのこのやるせない感情をどうにかしてくれ」という悲鳴として聞くべきなのだろう。
町村外相が中国に行って「歴史の共同研究をしよう」と言ったそうだが、こういう食い違いを放置したままで共同研究をするのは時間の無駄である。
韓国も同様で、竹島問題を領土問題ではなく歴史問題として捉える韓国人の論理を理解する為には、彼らにとって「歴史」とは日本に口惜しい思いをさせられたという感情そのものであるという前提が必要であるように思える。
かくして日本人がいかに証拠を揃えて事実を彼らの目の前に突きつけても、「歴史問題」は解決しないのである。

 

日本の中にも「ドイツのようにやればいい」という意見がある。
女房にも実際そう言われたし、会社の同僚からも(日本人の)奥さんにそう言われたという話を今日、聞いた。
しかしこれは非常に難しい。
司馬遼太郎がかつて「日本は一人のヒトラーも出さずにアジアに災禍をもたらした」という意味の事を書いていた記憶があるが、日本人には結果責任の感覚が欠如しているので、昭和天皇だろうが東条英機だろうが悪気が無ければ断罪できないのである。

 

その感覚は現代にも生きていて、例えば日本の刑事裁判では人を殺しても動機の善し悪しで罪の重さがまるっきり違ってしまう。
多分それが日本人以外の一般人には最も分かりにくい部分で、だからこそ中国側が一方的に悪いと思われるこの暴挙で「喧嘩両成敗」的な論調が目立つのだろう。
そこのところは日本側のアッピール不足である。
一言で何でも片づけようとする印象がある小泉首相の努力不足と、日本国内の反日勢力の双方に問題がある。

 

戦争は悪い、という事だけはおそらく共有できる。
日本人の多くはおそらく「戦争自体は悪い。だが負けたこと自体は仕方のないことで、悪いことではない。だか負けたことによって悪くないことまで悪いと言われるのは我慢できない。」と思っている。
しかしそこの所がなかなか彼らに伝わらない。
「一人のヒトラーも出なかった以上、悪いのは日本の全部だ」という観念が抜けない。

 

それにしても中国人は数が多いから大衆運動が起きた時は本当に恐ろしい。
女房が昨晩、第二次天安門事件の時に経験した事を話してくれたのだが、ああいう場合に中国人は大勢を瞬時に判断して「勝ち組」に付こうとするので、デモ隊の人数が一気に膨れ上がるという特徴がある。
そしてそうなると、それまで幾ら日本人に恩義をこうむっていた中国人もコロっと反日側に寝返るのでまったく油断が出来ない。
この中国人の極端に功利主義的な部分と、数の多さが所謂「中国リスク」の核心である。

 

中国にまた謝罪することは、内閣の支持率は多少下がるかも知れないが、費用も何もかからない安易な策ではある。
しかしここで中国にそういう貸しを作っても恩に着てくれないので意味がないと思える。
中国人の多くが日本に不信感を抱いているように、日本人も中国人にそういう不信感を抱いていると思う。
この不信感をぬぐい去って友好関係を前進させるために、先ずは先にキレた中国側が素直に済まなかったと言うべきだろう。

 

早々