8章に入ります!ゆっくり行きます!
【觀作作者品第八】
「行為と行為者の考察」と名付けられる第八章
8-1 決定有作者 不作決定業 決定無作者 不作無定業
既に実在しているこの行為者が既に実在している行為を成すということはない。また、まだ実在していない行為者がまだ実在していない行為を試みるということもない。
行為者として実在することは、その行為を実施済みであることから、その行為をこれから成すということはないし、その行為を未実施である(行為者として実在していない)時に、行為者がいないのに、これから行為をすることにはならない。
ここで起きる疑問は、でも毎日歯を磨くではないか?ということである。我々は、歯を磨くことを、今日の歯の磨き方は昨日と違うとか、普通考えない。要するに歯を磨く時は色々考えていたかもしないが、それを忘れてしまうのである。よくよく考えれば、毎日の歯の磨き方は、多少異なるので、「歯を磨く」という行為も一期一会のはずである。そうであれば、今日の歯磨きという行為は今日の歯磨きの行為者である自分が前持って居る(自性する)わけでもなく、明日の歯磨きをする自分が、明日になったら「今日と異なる歯磨きをする」と決めることはできない。でも、人間がいい加減だから、忘れるし、覚えている都合の良いことは、それを使って都合よい解釈をする。だから、今日も歯磨きをして、明日もすると考えるのだ。行為者(自分)と行為(歯磨き)が自性する感覚になる。その曖昧性を見抜けば、全ては無我になる。