今回のテーマは、「現代用語の基礎知識選 2023ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に入った「生成AI」。 生成AIの認知度が上がったのは、2022年にOpenAI社が公開した「ChatGPT」がきっかけといえるだろう。それまでもAI(人工知能)が注目されることはあったが、そもそもいつ頃から開発が始まったシステムなのだろうか。 機械学習や深層学習(ディープラーニング)の研究・開発を行うPreferred Networksのソフトウェアエンジニア・今城健太郎さんに、AIブームの歴史とこれからの生成AIについて聞いた。 ■過去70年で三度起こった「AIブーム」 今城さんが大規模言語モデル(LLM)についてまとめた資料「LLMの現在」に掲載されている「AIブームの歴史」をもとに、解説してもらおう。

出典/「LLMの現在」今城健太郎

「これまでの歴史のなかで、AIブームは第1次~第3次まであるといわれています。1950年代に始まった第1次AIブームは、Fortranをはじめとするプログラミング言語が生まれ、それまで人間がしていた計算をコンピューターができるようになり、複雑なパズルが解けるようになった時代です。AIの基礎になる部分といえるでしょう」(今城さん・以下同)

その後、1970年代にAIブームは下火となるが、1980年代に第2次AIブームを迎える。

「第2次AIブーム以前は国家が進める研究が主でしたが、Apple社がパソコンを発売したことで個人にも普及し、さまざまなデータをつくりやすくなったことでAI開発の波が再び起こりました。当時のAIは、医師が診断する条件などを設定し、症状などを入力すると合致する病気を提示してくれるといったものでした」

1990年代後半から2000年代前半にかけて、長らくAI冬の時代が続いたが、その後到来した第3次AIブームでは「ビッグデータの活用」が進んだ。

「パソコンが広く普及し、データを蓄積できるようになったことで、集合知が見えやすくなりました。例えば、メーカーが2パターンの商品から販売するものを検討する際、以前は企画開発の担当者が独自に判断するしかなかったのですが、蓄積された顧客データがあれば、そのデータをもとにある程度の予測を立てることができます。いまでは当たり前のことといえますが、当時は画期的だったのです」

そして、いま現在は生成AIやLLMの波が立ち始めたところ。

「生成AIやLLMは、初めてウェブデータが活用されたAIです。インターネット上にアップされたテキストや画像を収集して学習し、自動生成するというところまで行きつきました。ただ、この技術は急に生まれたわけではありません。機械学習を用いた自動翻訳システムは、かなり前から存在しています」

自動翻訳システムは存在するものの、その発展は長らく停滞していたそう。ターニングポイントとなったのが2014年頃、深層学習を用いた自動翻訳システムが誕生し、「Google翻訳」に取り入れられたり翻訳モデル「DeepL」が出てきたりしたことで脚光を浴びた。

「もとの文章を理解して翻訳文を生成する自動翻訳システムから、文章生成の部分が独立してできたのが『ChatGPT』をはじめとするLLMです。OpenAI社が誰も想像しなかったような量のデータをAIに学習させた結果、ある程度のレベルの賢さで文章を生成できることがわかったのです。『ChatGPT』が公開されたときは、AI業界のなかでも驚きの声が上がりました。生成AIやLLMには未来があるということが見え、国内外のさまざまな企業が開発への投資やサービスの活用を進める流れにつながったのだといえます」

生成AIの活用が見込まれる「金融・医療業界」

この1年ほどでさまざまな生成AI関連サービスが登場し、業務に取り入れる企業も出てきている。「なかでも金融や医療の分野は、生成AIの活用が早い可能性が高い」と、今城さんは見る。

「金融や医療のように画面のなかで処理するものが多い分野では、ITの進歩に合わせて業務システムも進歩してきた歴史があります。金融業界であれば、コンピューターの限界に挑戦したことで高頻度取引が可能になりましたし、機械学習を用いた取引は大きなボリュームを占めています。今後、金融に特化したLLMが出てくることで、投資判断に使えるデータが増えると考えられます」

例えば、ある会社が新商品を発売した際、人間に関する情報の集合知ともいえるLLMを用いることで、「いい」「悪い」にとどまらずにある程度の根拠を持った具体的な感想をシミュレーションできる。それをもとに投資判断していける可能性があるのだ。

「医療業界では、問診表を書く、看護師さんが話を聞くといったアナログな問診をLLMに代替し、必要な情報を的確に聞き出してもらうことで、効率化につながるだけでなく、医療のレベルも一段階上がる可能性があります。そのほかにも、医師の診断結果をレビューしてもらうなど、さまざまなコミュニケーションの場でLLMが使われる未来があるでしょう」

長期的な視点で見ると、自動車の自動運転やロボットの分野での活用も考えられるという。

出典/「LLMの現在」今城健太郎

「これまでの自動運転は、道路状況などの画像を学習させてアクションに移すものでしたが、LLMがその場で生成した文章を機械に解釈させることで、滅多に遭遇しないような状況になった際にも自動で動くようにできるといえます。走行中のエリアで停電が起き、目の前からは緊急車両が走ってくるようなシチュエーションはそうそうないと思いますが、そのような場面でも自動車が自動的に判断し、緊急車両に道を譲るといったことができるでしょう」

ロボットにも近しい活用法が考えられるようだ。研究所で開発されたロボットが実際に活用されるのは、研究所とは異なる環境の工場や店舗、家庭など。LLMで設置された場所の環境を文章化して解釈することで、ロボットは環境に合わせて適切に動くようになると考えられるのだ。

日本の製造業を維持するカギが「生成AI」

AIのこれまでと現在の話を聞いてきたが、未来に目を向けてみると、2026年には生成AIに学習させる訓練用データが枯渇するという予測が出ているようだ。

「機械の進化は指数関数的に増えていますが、人間がつくるデータは指数関数的には増えていかないので、訓練用データの不足は確定的な未来といえます。多様なデータを学習させる進化は止まらざるを得なくなると思いますが、2026年までにAIに対する新たなアプローチや人工データのつくり方などが開発され、パラダイムシフトが起こり、いまは想像できないような進化が起こっているかもしれません」

AIが驚くべきスピードで進化しているいま、数年後の未来も想像できないところまで来ているのだ。ちなみに、日本における生成AIはどのように発展していくだろうか。

「国内の競争力、特に日本の強みである製造業を維持するため、生成AIやLLMの活用は必須だといえます。町工場などで用いられている産業用ロボットは、指示する際に特殊なプログラミングの知識が必要ですが、LLMを活用して誰でも話しかけるだけで指示を出せるようになったら、丁寧な物づくりのレベルを落とさずに製造業を維持することができます」

さまざまな業界で生成AIが取り入れられると考えられるが、今城さんは「日本での普及は容易でもあり難しくもある」と話す。

「『ChatGPT』が公開されたとき、海外では賛否両論でしたが、日本では肯定的な意見がほとんどだった印象があります。政府も生成AI活用を推進するポジションにありますし、人種や宗教の問題が少ない日本では差別的な発言に対する制限の壁が諸外国よりも低いため、普及しやすいという面があります。一方、国内の製品やサービスの質が高いため、新製品に求められる質も高くなりがちです。生成AIは出力の品質を担保しづらいものなので、国内企業が生成AIを用いた製品やサービスを開発する際に『この出力レベルだとユーザーに受け入れられないのではないか』と二の足を踏んでしまい、海外の企業に後れを取る可能性があります。この部分をクリアできれば、普及のスピードが上がるでしょう」

実は、1950年代から始まっていたAIの開発。現在は驚くべきスピードで進化しているが、この波をとらえることが、ビジネスにおいても投資においても重要といえそうだ。