山中 伸弥

京都大学iPS細胞研究所所長

谷川 浩司

棋士

認知症にiPS細胞は効くのか

谷川 歳を取るに従って多くなるのが、がんに加えて認知症ですね。

私たち棋士は「いつも頭を使っているので、認知症にはならないでしょう」とよく言われるんですが、頭を使っているといっても、脳の一定部分を集中して使っているような感じなので、認知症予防になるのかどうかよくわかりません。

肉体が衰えていくことは仕方ないし、記憶力や判断力が低下していくのも、ある程度年齢を重ねていくとやむを得ません。脳が衰えていくのは、残念ながら避けられないと思います。

ただ、認知症になると、人間としての尊厳が失われていき、家族との関係が悪化していく可能性もあるので、不幸な状況になりかねないという不安があります。

認知症になりたくないと思っていても、これもなかなか思うようにはいかないのが現実です。認知症治療のアプローチとしてiPS細胞を活用するということも考えられているのでしょうか。

山中 そうですね。iPS細胞の医療への応用は、iPS細胞からつくった心臓の細胞や神経の細胞を移植して体の機能を再生する「再生医療」という使い方と、もう一つは移植をせずに、実験室で病気の発症や進行を抑える薬の研究をする「創薬」との2つがあります。

しかし再生医療には重大な欠点が

認知症の中では、アルツハイマー病が占める割合が7割近くと最も高いんですが、アルツハイマー病の再生医療は大変なんです。この病気は大脳全体が萎縮していきますから、それを補うために、もし外から脳の神経細胞を大量に移植してしまうと、これまでの記憶を失ってしまう可能性があります。

新しくつくられた回路が、もともとあった回路を侵食してしまって、自分が誰だかわからないような状態になりかねません。

谷川 別の人格になってしまう恐れもあるということですか。

山中 ええ。だからアルツハイマー病の場合は、創薬の研究になります。サイラでは、井上治久教授らのグループが家族性のアルツハイマー病について研究をしています。家族性アルツハイマー病は遺伝子の変異が原因で起こるので、アプローチしやすいんですね。

iPS細胞から家族性アルツハイマー病になった神経の細胞をつくって、その細胞に多数の候補薬を振りかけると効果がある薬が確認されました。その薬は、パーキンソン病などの治療薬として用いられている既存薬でした。

2020年から始めた医師主導治験の結果、治験に参加された患者さんの人数に限りがあるものの、新たな副作用はなく、症状の進行を抑える傾向もみられました。

規制当局とも協議しながら早期の実用化を目指す方針です。iPS細胞を使った創薬研究だけでなく、さまざまな研究方法によりこれからも効果のある薬が出てくる可能性はあると思います。