相談しにくい尿のお悩み、加齢とともに増えていく
仕事中も頻繁に席を立つ、長時間の会議や移動の前はトイレが心配になる、急な尿意で漏れそうになり、下着やズボンを少しぬらしてしまうことも。こんな症状に困っているものの、人には相談しにくく「年齢のせいかな」とあきらめて放置していないだろうか。
「尿トラブルのリハビリ外来では、男性のほうが話が長くなる傾向があります。人に気軽に相談することができないゆえに、悩みを一人で抱えていらっしゃる方が多いのでしょう。気になることがあれば早めに医療機関を受診するのが大事なこと、そして症状に適した行動療法など効果的な対策があることをぜひ知っていただきたいです」と言うのは、これまで150人以上に尿トラブルのリハビリ指導をしてきた、東北大学大学院医学系研究科保健学専攻教授の吉田美香子氏だ。
40歳以上の男女を対象に全国で行われた、排尿障害に対する疫学調査によると、昼間8回以上排尿する「昼間頻尿」のある人は50.1%と半数を占めていた。さらに、夜に1回以上トイレに行く「夜間頻尿」も69.2%の人に見られた[注1]。
そのほかの症状では、急に尿がしたくなる「尿意切迫感」は男性15.8%、女性12.5%、尿が出にくい「尿勢低下」は男性37.0%、女性18.1%が、その症状を週1回以上の頻度で経験していた。くしゃみをしたときに漏れる「腹圧性尿失禁」は男性3.0%、女性12.6%と女性のほうが多いが、それでもほぼすべての症状において男女ともに50、60代あたりから悩む人が増えていた。
[注1]日本排尿機能学会誌 14 (2), 266-277, 2003
生活の質を落とす尿トラブル、放置しないで
また、同調査では、排尿に何らかの問題があることにより生活に影響があった人は14.7%を占め、心の健康、活力、身体的活動、家事や仕事、社会活動などに影響が見られたという。夜間頻尿で夜中に何度も目が覚めると、睡眠の質も悪化してしまう。
吉田氏は、助産師として分娩後や更年期に起こる女性の排尿障害の研究を行うとともに、男性の前立腺がんによる前立腺全摘除術後の尿失禁や、過活動膀胱(ぼうこう)、頻尿といった尿トラブルを改善するためのリハビリ指導と研究にも取り組んできた。
「外来で指導をしている対象は、男性では60代が多いです。60代はアクティブで見た目も若い。そんな年代だからこそ、排尿障害による生活の制限に悩んでいます。それまで楽しんでいたスポーツができなくなった、ゴルフや映画、コンサートなど2時間以上過ごすようなイベントへの不安が高まるという声が多いですね」(吉田氏)
悩みを抱えていても「年齢のせいだから仕方ないか」と、なんとなく放置していないだろうか。先ほどの調査でも、排尿の問題で医療機関を受診している割合はわずか18.0%と、受診率の低さも浮かび上がっている。
「排尿障害の治療では、排尿習慣や生活習慣を見直していく行動療法が効果を上げます。症状や要因にもよりますが、食事や飲み物について見直す、骨盤底筋トレーニングや膀胱訓練を行うことにより、漏れる量を減らす、漏れにくくする、といったことが可能です」(吉田氏)
また、排尿後の「ちょい漏れ(医学的には『排尿後尿滴下』という)」は、若い年代でも起こりうる現象で、下着にミニサイズのパッドを貼り付ける尿漏れケア用品など、気軽に利用できるグッズも売り上げを伸ばしている。
今はほんの軽い症状でも、加齢にともない、トラブルが深刻化していく可能性もある。また、要因によっては、放置しておくと、命に関わる病気につながりかねないものもあり、尿トラブルは決して軽く見てはいけない。
人生100年時代、できるだけ長くアクティブに過ごしていくために、主な尿のお悩みの症状や仕組み、改善策について、正しく知っていこう。
24時間働く「尿をため、排出をコントロールする」仕組みとは
まずは排尿の仕組みからおさらいしておこう。
排尿、というと「膀胱にたまった尿を出す機能」と簡単に考えてしまうが、腎臓で作られた尿を排出するという仕組みが破綻すると、命に関わることもあるほど重要なものであることを知っておきたい。
排尿に関わる臓器は、腎臓と尿管からなる「上部尿路」と膀胱と尿道からなる「下部尿路」で構成されている。腎臓では24時間、全身をめぐる血液をろ過し、老廃物や余分な塩分などを尿に変えている。尿は2本の尿管を通って膀胱へと流れ込む。
膀胱に一時的にためられた尿は、ある程度の量に達すると排出される(図)。尿をためるときには尿道括約筋が収縮し、膀胱平滑筋がゆるむ。尿を出すときには尿道括約筋がゆるみ、膀胱平滑筋は収縮する。
「私たちがトイレで用を足す時間以外は、蓄尿機能といって尿をためる仕事が行われています」(吉田氏)
尿をためている間は尿道括約筋が尿道を締め、膀胱は風船のようにふわっと膨らみ、広がる。一方、膀胱が満杯になった情報を脳が受け取ると、尿意を自覚。トイレでいざ排尿しようと意識してはじめて、膀胱の筋肉が縮み、尿道括約筋がゆるみ、尿が排出される。
これら一連の膀胱と尿道の働きに何らかの障害が起こると、尿トラブルが起きる。
尿トラブルは大きく3タイプ それぞれ異なる対処法
尿トラブルと一口で言っても、頻尿、強い尿意、尿が漏れる、尿の勢いが悪い、というふうにその症状はさまざまだ。
「膀胱と尿道からなる下部尿路に何が起こっているのか、という意味で分けると、急に尿意を覚え(尿意切迫感)、たびたびトイレに行きたくなったり(頻尿)、我慢しきれずに漏れてしまったり(切迫性尿失禁)する『過活動膀胱』と、くしゃみや咳(せき)をしたときに尿が漏れる『腹圧性尿失禁』、尿の勢いが低下する、残尿感があるなどの『前立腺肥大/低活動膀胱』の3タイプに大きく分けることができます。いくつかのタイプを併せ持つ人もいます」と吉田氏は説明する(図)。
ここからは3タイプの尿トラブルについて、順に見ていこう。なお、男性に多く見られる排尿後の「ちょい漏れ」は下記の3タイプとは別になる。
トイレが近くなる悩みは「過活動膀胱」
(1)トイレが近い、我慢できない、尿が漏れる = 過活動膀胱
1つめのタイプが、「過活動膀胱」だ。
「通常、膀胱は尿をためているとき、膨らみはしても勝手に収縮することはありません。ところが、膀胱が勝手に収縮し、膀胱の内圧が高まると、さほど尿がたまっていなくても突然我慢できないぐらいの『尿がしたい』という感覚が起こります。尿意を頻繁に感じてトイレが近くなったり、我慢できなくなり尿が漏れてしまったりすることも。これらを総称して、過活動膀胱と呼びます」(吉田氏)。男性でも女性でも共通して起こるものだ。
その原因として、加齢にともなう膀胱機能の低下、尿道の締まり具合に関係する骨盤底筋の衰え、そして男性の場合は前立腺肥大(尿が出にくくなり、尿をなんとか出そうと膀胱に負担がかかるうちに、膀胱の筋肉が異常をきたし、少しの刺激にも過敏な反応をするようになる)などが挙げられる。脳血管障害やパーキンソン病などの脳の疾患、脊髄の神経疾患が原因になることもある。
そして、改善に有効な行動療法が多いのも、過活動膀胱の特徴だ。
くしゃみで漏れる「腹圧性尿失禁」
(2)くしゃみや咳をしたときに尿が漏れる = 腹圧性尿失禁
2つめのタイプが、「腹圧性尿失禁」だ。
「尿が漏れないよう尿道を締める尿道括約筋の収縮力が悪くなり、尿をためていないといけないときに尿道が締まらないのが腹圧性尿失禁です。女性は妊娠や分娩により尿道や膀胱を支える骨盤底筋にダメージが生じるために出産後、また、女性ホルモンが低下すると骨盤底筋がゆるんでくるため閉経後にも腹圧性尿失禁が起こりやすくなります。一方、男性では前立腺全摘除術後にも腹圧性尿失禁が起こります[注2]」(吉田氏)
このほか、加齢や肥満、また、便秘により排便時に強くいきむことなども、腹圧性尿失禁の原因になる。
骨盤底筋にかかる力を弱めるために体重を落としたり便秘を改善したりすること、骨盤底筋トレーニングを行うことが治療現場でも指導されている。
[注2]前立腺肥大症や前立腺がんに対する前立腺全摘除術によって尿道括約筋に障害が起こる。通常、数カ月から半年程度で改善するが、まれにその後も尿漏れが続くことがある。
前立腺肥大が背景にある尿トラブル
(3)尿が出にくくなる = 前立腺肥大/低活動膀胱
そして3つめが、「前立腺肥大/低活動膀胱」だ。
「これらの症状の背景にあるのが、前立腺肥大です」(吉田氏)
前立腺は、精液の一部を作る生殖器で、直腸と恥骨の間にあり、膀胱の出口で尿道を取り囲んでいる。成人男性の前立腺はクルミ大と例えられるが、加齢とともに肥大すると卵やみかんぐらいの大きさになる。その結果、排尿に関わる症状が表れることがある。
「前立腺が肥大することによって尿道の一部が塞がり、排尿時に尿道をゆるめて開こうとしても十分開かず、尿が出にくくなります。膀胱の収縮が弱くなって排尿時に出し切れないことによる残尿や、膀胱内に尿がたまりすぎることによって予期せずあふれて漏れる、といった症状が起こることもあります」(吉田氏)
「前立腺肥大」によって膀胱内に常に尿が残っている状態になると、少し尿がたまるとトイレに行きたくなり、頻尿症状が表れたり、膀胱の筋肉が少しの刺激にも過敏な反応をして急に尿意をもよおしたりする「尿意切迫感」が起こるなど、過活動膀胱の症状を合併することも多い。
なお、前立腺肥大があっても、尿道を閉塞することがなければ尿の排出障害は起きない。つまり、前立腺が肥大していても、必ずしも尿トラブルが発生するわけではない。
また、加齢とともに膀胱の収縮力が低下することや、糖尿病、脳血管疾患などの病気により膀胱や尿道の働きをつかさどる神経の働きが低下することによって、尿が出しにくくなったり、膀胱に尿が残りやすくなったりする「低活動膀胱」という病気が尿排出障害の原因になっていることもある。
「自分はおそらくこれだ」というタイプが分かっただろうか。
「実は、医療の現場では多くの尿トラブルにおいて、『ファーストチョイスは行動療法』と言われるほど、生活の見直しやセルフケアをすることの意義が高いと評価されています」と吉田氏。生活の見直しとは、体重減少、運動、食事や飲料のとり方を見直すこと。加えて、排尿の仕方を工夫する膀胱訓練や、ゆるんだ骨盤底筋を鍛え直す骨盤底筋トレーニングによっても、尿道や膀胱の機能が改善されていくという。一方で、症状やその要因によっては、行動療法による改善は望めず、医療機関の受診が不可欠な場合もある。