がんが克服される日はあなたが思うより意外と近い

現在、人間の闘う相手は「感染症」から「がん」「心疾患」「脳疾患」へと比重を移しつつあります。感染症の薬やワクチンをつくる技術や体制は進化し、コロナ禍を経てさらに大きく進化を遂げました。感染症で死ぬことが減ったために、これらの病気が新たに人間の命を奪う病気として注目されるようになっています。

とりわけ、がんについては気にしている人も多いでしょう。がんは年齢を重ねるほど発症率が上がる病気です。日本人の平均寿命は延びていく傾向にありますから、がんを発症する人が増えるのは必然といえます。

国立がん研究センターがん対策研究所の推計では、一生涯のうちに何らかのがんになる割合は男性が49%、女性が37%となっています。日本人男性の2人に1人、日本人女性の3人に1人ががんになるといわれています。

ただ、1990年代半ばになると、手術や放射線治療、抗がん剤などの組み合わせによって治るがんが増えてきました。2000年代になるとヒトゲノムの解読が完了し、遺伝子解析技術が格段に進歩して、基本的に遺伝子疾患であるがんを効果的に治療できるような画期的な薬や治療法も登場しました。

がん細胞だけを狙い撃ちする分子標的薬、免疫細胞を覚醒させてがん細胞を再度攻撃できるようにする免疫チェックポイント阻害剤が開発され、治せるがんが増えていったのです。

胃がん、直腸がん、大腸がん、乳がんは早期発見や早期治療さえできれば、克服できる可能性のある病気となりつつあります。血液のがんである白血病も、治療法や薬が進化しています。例外はありますが、がんの発症から亡くなるまでに多くの場合は数年、長い場合では10年以上の余命があります。

がんを切り取ったり、コントロールに成功したりした結果、長生きする人が増えています。がんを予防することはできませんが、仮にかかっても死ににくくなっているのです。過去のがん治療薬の増え方、薬の開発状況を見ると、2035年にはほとんどのがんは治癒可能になるのではないかと思います。

この他にも、腫瘍溶解性ウイルスを使用した治療薬、光免疫療法など、新しい薬や治療法が続々と出ています。

 治療のめどが立っていないがん

もちろん、治癒のめどが立っていないがんもまだあります。たとえば、膵臓がんや胆管がんです。膵臓も胆管も、CT検査や超音波検査では見えにくい位置にあり、がんの発見が難しいという性質があります。

痛みや機能障害のような自覚症状が現れにくく目立たないこともあって、気づいたときには手遅れになるほど病状が進んでいることの多いがんです。膵臓がんや胆管がんは手術の難易度が高いことでも知られています。膵臓や胆管の周辺には重要な臓器が密集しているため、浸潤(がん細胞が周囲の組織にしみ込むように広がること)や播種(がん細胞の遠隔転移のパターン)を生じやすく、手術で正常な部分と病気の部分の分離が難しいのです。

それでもがん全体を俯瞰して見れば、現在は20世紀後半と比べて克服が進んでいることは疑いようがありません。

神経難病が克服されるのも夢物語ではない

克服に向かっている病気はがん以外にもあります。筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症(SMA)といった「神経難病」と総称される病気も治せる可能性が出てきているのです。

ALSは、筋肉を動かす神経細胞に異常が発生して、脳からの指示が筋肉に伝わらなくなる病気です。病状が進行すると手足だけでなく、呼吸に必要な筋肉も動かなくなり、最終的には死に至ります。SMAは脊髄の神経細胞の障害によって手足の筋力低下や筋萎縮が進む病気です。筋ジストロフィー症やパーキンソン病のように、神経細胞が変化して起きる遺伝性の希少疾患です。

 ALSについては、ALS患者さんの細胞からiPS細胞をつくって病気を再現し、変形した神経細胞からALSの原因遺伝子を特定することに成功しています。これにより、原因遺伝子を標的とした分子標的治療の完成が期待されています。

研究開発に乗り出したベンチャーの試みがうまくいかなかった例も出ており、その方法論の確立にはまだ少し時間がかかりそうです。

他方、神経細胞がどのようなときにストレスを受けて細胞死に向かうかの究明は着実に進んでいます。米アミリックス社はそれを利用し、ミトコンドリアなどを通じた細胞死を邪魔する2つの技術を組み合わせた薬剤を開発し、2022年に米当局の承認を受け、2023年には満を持して日本法人を設立しています。

このように、ALSという長く目標になっていた難病についても、創薬アプローチ全体が病気の克服に向けた成功のコースに入っていると考えることができます。

SMAは2020年、スイスの製薬大手、ノバルティスが開発した治療薬、ゾルゲンスマが厚生労働省に承認され、2歳未満の乳幼児に対して保険で治療できるようになりました。それまでSMAを根本的に治療する術はなく、対症療法で治療するしかありませんでした。

筋肉への障害が起きる満2歳までのあいだに神経細胞の異常を補正することができれば、発病を抑えることができます。

このように神経難病においても目覚ましい研究成果が発表され、薬の開発につながっています。神経難病によって死ぬことも少なくなっていくと予想できるのです。