小惑星「イトカワ」に生命の材料はあるか?

隕石の中には火星や月から来たことがわかっているものもありますが、多くは小惑星から来たものであると考えられてきました。

小惑星の多くは、火星と木星の間にある「小惑星帯」(アステロイド・ベルト)にあります。そこで小惑星どうしの衝突などによってできたかけらが、軌道を外れて地球に降ってきて、隕石となったーーこの筋書きはもっともらしいのですが、決定的な証拠がありませんでした。

そこで、隕石中の物質ができた場所については、単なる「小惑星」ではなく、より厳密に「隕石母天体」という言葉が広く使われてきました。

2003年5月、日本の内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県)から、探査機「はやぶさ」が打ち上げられました。目的は小惑星に着陸し、そこから試料を持ち帰ることでした。目的地の小惑星1998SF36は、地球軌道と火星軌道を横切る軌道を持ち、「地球近傍小惑星」とよばれるものです。打ち上げ後の8月、この小惑星は「イトカワ」(図「イトカワ」)と名づけられました。

「はやぶさ」は途上、大規模な太陽フレアに遭遇して太陽光パネルが損傷するアクシデントもありましたが、2005年9月、予定より遅れてイトカワを周回する軌道に入りました。同じ年の11月には、着陸時に弾丸をイトカワにぶつけて巻き上った試料をカプセル内に取り込むことを試みます。

結局、弾丸は発射されなかったようですが、はやぶさの着陸時の衝撃で、イトカワの試料が少量ながら採取できたことが帰還後にわかりました。

その後、一時は通信が途絶するなどトラブルが多発したため地球帰還は大幅に遅れましたが、2010年6月に地球大気圏に突入、サンプルカプセルは無事に回収されました。この間のドラマは3本の映画などに描かれています。

小惑星はその外見などからいくつかのタイプに分類されていて、イトカワは「S型」とされています。S型とは、見かけが石のような普通コンドライトに似た石質のものです。試料の分析結果からも、イトカワと普通コンドライトには多くの類似点が見つかり、普通コンドライトの母天体がS型小惑星であることがわかりました。

普通コンドライトは一般に、炭素質コンドライトよりも水や有機物の含量がかなり少ないため、イトカワ試料中の水や有機物の含量も少ないことが予想されていました。実際に有機物分析も行われましたが、アミノ酸量は検出限界以下でした。

C型小惑星「リュウグウ」へ

はやぶさの成功を受けて、その後継機「はやぶさ2」をどう計画するかが議論されました。

初号機がS型小惑星に行ったので、次は炭素質コンドライトに似た外観で、水や有機物を多く含む可能性がある「C型小惑星」が面白いだろう、太陽系の起源のみならず、生命の起源に関する情報が得られることも期待できるのだからーーとの意見が優勢となりました。一部には、再度イトカワに行ってより多くの試料を取ってくるべき、と主張するグループもありましたが、結局、C型小惑星に行くことが決まり、その対象とし1999JU3という小惑星が選ばれました。

この小惑星もイトカワ同様、地球近傍小惑星です。2014年12月、はやぶさ2が種子島宇宙センターから打ち上げられ、2015年10月に小惑星名が「リュウグウ」(図「リュウグウ」)に決まりました。水やサンプルを持ち帰る容器を「玉手箱」にたとえたことからの命名です。

初号機と異なり、はやぶさ2は比較的順調に航行し、2018年6月にリュウグウに到着、2019年2月と7月の2回、着陸が行われました。2回目に先立ち、小型搭載型衝突装置(SCI)をぶつけて人工クレーターを作成したことで、小惑星内部の物質を含む試料が採取できていることが期待されました。その後、帰還の途につき、2020年12月、無事に試料カプセルが地球に送り届けられました。

隕石は地球に小惑星の有機物を運んでいた

2022年からはリュウグウ試料の初期分析結果の報告が相次ぎ、C型小惑星が炭素質コンドライトの母天体であることがはっきりしました。2023年には、種々のアミノ酸が、右手型と左手型が同じ量だけ存在すること、つまりラセミ体であることもわかりました。また、核酸塩基の一つであるウラシルが検出されたことも報告されました。

これらのことから、小惑星の内部に存在した水や有機物が、そのかけらである炭素質コンドライトにより地球に運び込まれた可能性がより強くなったのです。

さて、地球に有機物を宇宙から地球にもたらす運び屋は、隕石以外にも彗星や、氷と塵の塊である彗星から氷が昇華したり、小惑星どうしがぶつかったときなどにできる宇宙塵(うちゅうじん。惑星間塵[わくせいかんじん]とも)も、大きな役割を果たしていることがわかってきます。

このあたりの詳しいご説明は『生命と非生命のあいだ』に譲り、続いては左手・右手のアミノ酸の2タイプを手がかりに隕石中のアミノ酸の由来について考えてみたいと思います。

一部にみられた左手型過剰

ミラーの実験などでは、アミノ酸は左手型と右手型が同じだけ生成しました。しかし、その後の化学進化でペプチドやタンパク質をつくるときは、両方を混ぜるとうまく構造ができません。

隕石や小惑星などに含まれていたアミノ酸も、左手型と右手型が同量含まれるラセミ体でした。このことは、宇宙でできたことの証明にはなりますが、その後の化学進化を考えると困ったことになります。これらのアミノ酸では生命はつくれないことになるからです。

地球生物がなぜ左手型アミノ酸を使うようになったか。この問題の解決になるかもしれないことが1997年に発表されました。アリゾナ州立大学のジョン・クローニン(1937〜2010)らは、マーチソン隕石中のアミノ酸をもう一度、丁寧に分析しなおしました。この隕石からは90種類ほどのアミノ酸が検出されていて、そのうち、タンパク質アミノ酸は12種類でした。

クローニンたちは、一部のアミノ酸に左手型が右手型よりも多く含まれていることを見つけました。もしそれらがタンパク質を構成するアミノ酸なら、地球上での汚染が疑われます。

しかし、タンパク質アミノ酸には左手型過剰は見られませんでした。左手型過剰が見つかったのは、イソバリンなどの特殊な非タンパク質アミノ酸にかぎられていたのです。

イソバリンの特殊性

イソバリンのどこが特殊かというと、タンパク質アミノ酸ならば必ず持っているα‒水素(COOHがついている炭素に結合した水素)を持っていないことです(図「イソバリンとバリン」)。このようなアミノ酸は地球の自然界にはほとんどありません。しかも隕石に含まれるタンパク質アミノ酸(バリンなど)には左手型過剰が見られないことから、地球上でアミノ酸が混入した可能性は除外できるのです。

【図】イソバリンとバリンイソバリンとバリン。左:イソバリン。非タンパク質アミノ酸(α-水素なし),隕石中でL体過剰あり 右:バリン。タンパク質アミノ酸(α-水素あり)、隕石中でL体過剰なし

ここで、化学進化を考えるうえで重要なのは、アミノ酸には時間がたつと左手型が右手型に変わるという性質があることです。これをラセミ化といいます。イソバリンなどのα‒水素のないアミノ酸は、タンパク質アミノ酸と比べてラセミ化の進み方が遅いため、数十億年たっても左手型過剰が残っているのではないかと考えられます。

そして40億年前の隕石中では、タンパク質アミノ酸にも左手型過剰があったかもしれないのです。

どうして地球ではアミノ酸の左手型過剰が起きるのか、それは一部の非タンパク質アミノ酸にかぎられるのか、などについては、隕石中のアミノ酸の起源が関係してくると思われますので、次に、このことについて考えましょう。

隕石中のアミノ酸はどこでできたのか

隕石や彗星中に生物がいると考える研究者もいないわけではありません。しかし多くの研究者は、そこにある有機物はやはり、非生物起源と考えています。では、それらはどこで、どのようにしてできたのでしょうか。

(A)まず、分子雲とは、「暗黒星雲」ともよばれる夜空で星が見えない領域です。その中で密度の高いところでは、物質が重力で収縮して太陽ができます。太陽に取り込まれなかった物質は周囲を取り囲み、太陽系のもとになる原始太陽系円盤ができます。

(B)円盤上で、塵がくっつきあって直径
10km程度の微惑星がたくさんでき、それらがさらに衝突合体してより大きな惑星ができていきます。

(C)このとき、惑星に成長できなかった微惑星や、惑星が壊れたものが、小惑星になったと考えられます。

(D)また、太陽から遠いところ(エッジワース・カイパーベルトなど)では、水などの氷が残り、彗星のもとになる天体となります。

(E)小惑星や彗星の一部が隕石になり、

(F)さらにそれらから微小な塵が生じ、宇宙塵(惑星間塵)となって、

(G)地球に降りそそぎます。こうした物質の変遷の中では、さまざまな場所で有機物ができる可能性が考えられますが、とりわけ注目すべきなのは、(A)の分子雲や、(C)の小惑星の内部です。

分子雲や小惑星で有機物はできるのか

分子雲の内部には分子や塵が比較的、高密度に存在するため、星からの光を遮って暗く見えます。電波望遠鏡で観測すると、およそ300種類の分子(星間分子とよばれます)が同定されました。その中では一酸化炭素が最も多く観測されますが、エタノールや酢酸なども含まれています。

星の光が入らないため内部は超低温(マイナス260℃ほど)で、塵の表面に水や一酸化炭素などの分子が凍りついて、アイスマントルともよばれる氷の層をつくっていると考えられます(図「分子雲の星間塵での有機物生成」)。これに宇宙線(高速の水素イオンなど)や、宇宙線が物質に当たったときに生じる紫外線が作用すると、氷の層で反応が起きて有機物ができることが期待できます。

【図】分子雲の星間塵での有機物生成分子雲の星間塵での有機物生成

私たちは実験室で、分子雲を模して極低温に冷却した金属板に、一酸化炭素・アンモニア・水などを吹きつけ、これに加速器からの陽子線(加速した水素イオン)を照射しました。そのあと、金属板上に生成した物質を取り出して加水分解すると、アミノ酸が検出されました。欧米のグループは同様の実験を、紫外線を使って試みて、アミノ酸が生じることを確認しています。

また、小惑星の内部には、氷が取り込まれています。これが放射性元素(アルミニウム26など)の放射壊変で生じる熱によって融けて、液体の水ができます。この水にはアンモニアやホルムアルデヒドなどが溶けています。この液体中で、水に溶けた分子どうしが反応してさまざまな有機物ができたのではと考えられるようになりました。

横浜国立大学(現在は東京工業大学)の癸生川陽子(けぶかわ・ようこ)らは、ホルムアルデヒドやアンモニアを含む水溶液を加熱、またはガンマ線を照射したところ、アミノ酸が生成することを見いだしました。はやぶさ2で探査したリュウグウの有機物の分析でも、小惑星内部の液体の水が有機物の生成に関与しているらしいことがわかりました。

これらから、分子雲とともに小惑星もまた、隕石中のアミノ酸の生成の場として有力と考えられます。