138億年前、点にも満たない極小のエネルギーの塊からこの宇宙は誕生した。そこから物質、地球、生命が生まれ、私たちの存在に至る。しかし、ふと冷静になって考えると、誰も見たことがない「宇宙の起源」をどのように解明するというのか、という疑問がわかないだろうか?

本連載では、第一線の研究者たちが基礎から最先端までを徹底的に解説した『宇宙と物質の起源』より、宇宙の大いなる謎解きにご案内しよう。

太陽系で観測される元素

加速器が発明された20世紀初頭、加速器で加速した原子核を他の原子核に当てて原子核反応を引き起こし、原子核の性質などを調べる原子核物理学が急激な発展を遂げました。同時に、原子核物理と宇宙の成り立ちや星の性質などを調べる宇宙物理・天文観測が結び付き、元素の起源を解明する天体核物理学が産声を上げました。そこで得られた知識をもとに、天然に存在する94種類の元素の歴史をひもといていきましょう。

「図:太陽系で観測された元素の存在量」は、われわれの住む太陽系で観測される元素の存在量を示しています。横軸は、原子番号で表される元素の種類です。縦軸は、太陽系で観測された元素の存在量を、原子番号14のケイ素(シリコン)の存在量を106としたときの相対値で示しています。

太陽系で観測された元素の存在量

太陽系で観測された元素の存在量© 現代ビジネス

存在量の全体的な傾向を見ると、原子番号が小さいほど多く、原子番号が大きくなるにつれ少なくなっていきます。存在量が多いのは原子番号1の水素と2のヘリウムで、全体の98%程度を占めています。原子番号6の炭素(C)、8の酸素(O)、10のネオン(Ne)、14のケイ素(Si)、そこから少し離れた原子番号26の鉄(Fe)の存在量も多いです。

それ以上の原子番号で存在量がやや多いものとして、32のゲルマニウム(Ge)や38のストロンチウム(Sr)、54のキセノン(Xe)や56のバリウム(Ba)、78の白金(Pt)や79の金(Au)、82の鉛(Pb)などがあります。それらの元素は、原子核が中性子を吸収(捕獲)して生成されました。

原子番号3のリチウム(Li)、4のベリリウム(Be)、5のホウ素(B)の量は、水素やヘリウムに比べて8桁も少ないです。これは質量数5および8に安定な同位体がない、という原子核の特徴によるものです。

不安定な原子核では、構成する陽子や中性子が、周囲の安定な原子核よりも緩く結合しています。そのため、原子核反応や原子核の崩壊が起こりやすく、存在量としては少なくなってしまいます。

現代の元素の起源に関する知識によれば、水素、ヘリウム、リチウムの大半は138億年前の初期宇宙の環境で生成され、鉄の周囲までの元素は光り輝く星の内部で生成され、鉄より重い元素は進化に伴う星の表面や極端な天体環境で起きた中性子捕獲を起源にもつ、と考えられています。なぜそのように理解できるのか、もう少し詳しく見てみましょう。

初期宇宙の元素合成

宇宙はその誕生直後から、ビッグバン、つまり英語で「大きな爆発」と名付けられるような激しい膨張を経験してきました。それは、大爆発と言うように、宇宙全体を包み込む光の塊が激しく膨張する現象です。光の塊とは、多くの素粒子が激しく光りながら衝突している状態です。それが時間とともに大きく膨張するのです。

宇宙膨張とは、素粒子自体が膨張するのではなく、それら粒子と粒子の間隔を広げながら膨張していくことを意味します。当時小さかった宇宙の中では、粒子の密度が高く粒子同士の散乱が激しくて、飛び交う光子などの素粒子が高エネルギーの状態のまま閉じ込められて、火の玉のようになっていたのです。

例えば、太陽の光っている部分(光球)の様子は、その状況に極めて似ています。太陽の光球は、5500度を超える高温の光が、粒子との散乱により太陽の中に閉じ込められている状態なのです(本書では断りのない限り、温度の「度」は絶対温度[K]を意味します)。

宇宙初期の火の玉は、約1000億度を超える温度でした。この火の玉が138億年かけて膨張し、それとともに温度が下がり、現在の138億光年(その間、膨張を続けているので、正確には約440億光年)先まで広がる絶対温度約3度(マイナス270℃)の極低温の宇宙となったのです。

初期宇宙の元素合成の物語は、宇宙の年齢が約10億分の1秒よりずっと前、宇宙の火の玉の温度が約1000億度よりずっと高いころから始まります。大きさが約30センチメートルにも満たない火の玉の中には、光子、電子、ニュートリノ、クォーク、グルーオンなどの素粒子とその反粒子が、ぎゅうぎゅう詰めに閉じ込められ、激しく反応していました。このころに、ある機構によりクォークの数と反クォークの数の間に非対称が生まれたと考えられています。

このクォーク・反クォークの間の非対称性、つまり物質と反物質の間の非対称性の誕生は、「バリオン数の生成機構」と呼ばれます(バリオン数とは、正味の原子の数のことです)。このときより、クォークの数が反クォークの数より約10億個に1個だけ多い宇宙となったのです。これが厳密な意味で、宇宙における物質の誕生です。

その後、宇宙の年齢が約1万分の1秒後、温度が約1兆度のころになると、若干多い物質と若干少ない反物質とで非対称に存在したクォークとグルーオンから、陽子と中性子がつくられます。陽子は、水素原子の原子核です。このころ、陽子と中性子は、弱い力(弱い相互作用)で電子とニュートリノを交換しながら激しく入れ替わっています。弱い力は、大きさは電磁気力より弱いですが、この時期は陽子と中性子にとても高い頻度で作用していたのです。このときの陽子に対する中性子の割合は、ちょうど1:1です。中性子はわずかに陽子より重いため、その比は時間とともにだんだん変わってきます。

宇宙の年齢が約1秒まで進み、温度が約10億度になると、弱い相互作用をするニュートリノが、火の玉の中の散乱だけでは閉じ込められなくなって、自由に飛び回るようになります。そして、このころに、同じく弱い相互作用による陽子と中性子の入れ替わりの反応が止まってしまいます。なんとそのとき、理論計算によりわかることなのですが、中性子の数は、陽子の数の約7分の1にまで減ってしまっています。そして、この7分の1という中性子の数が、後の宇宙全体のヘリウムの量を決めてしまうのです。

火の玉の中でおきた「2つの粒子の衝突」

この火の玉の中で、2つの粒子が衝突して、より重い元素を一歩一歩つくる反応を起こします。

まず、宇宙の年齢が約3分になるまでに、陽子と中性子が衝突して重水素をつくるようになります。そして、つくられた重水素と重水素が衝突して三重水素もしくはヘリウム3(陽子2個と中性子1個からなる)をつくり、三重水素もしくはヘリウム3と重水素が衝突してヘリウム4(陽子2個と中性子2個からなる)をつくります。三重水素は放射線(ベータ線)を出して崩壊してヘリウム3をつくります。ここまでが約5分で完了します。

続いて、ヘリウム4に三重水素やヘリウム3が衝突することにより、リチウムやベリリウムなどのさらに重い原子核がつくられました。ここまで、約10分です。このようにして、宇宙全体で核融合反応が次々と起きたのです。ベリリウムは、150日後にリチウムに崩壊します。こうして、宇宙全体でリチウムまでがつくられます。

恒星の中のようなもっと高密度の環境ならば、2つの粒子が衝突する核融合反応によってさらに重い元素もつくられたかもしれませんが、ビッグバン直後の宇宙全体の密度では、ここまでです。この宇宙初期の元素合成は、「ビッグバン元素合成」と呼ばれます。

ヘリウム4は、ビッグバン元素合成によってつくられる元素の中でもとても安定であるため、元素の重量比にして実に約4分の1という多くの量が合成されるのです(約4分の3は水素です)。宇宙の年齢が約1秒のとき、中性子の数は陽子の数の7分の1でした。宇宙にある中性子がほとんどすべてヘリウム4に取り込まれると仮定して計算すると、合成されるヘリウム4は、重量比にして元素全体の4分の1となります。理論的に導き出されたこの値が、観測データと完全に一致するのです。このことからビッグバン元素合成は、ビッグバン宇宙モデルを支える3つの観測事実の1つとなっています(他の2つは、宇宙膨張と宇宙マイクロ波背景放射の存在です)。

さて、とても皮肉ですが、昨今あらゆる電子機器に使用されているリチウムイオン電池に用いられるリチウムは、実はビッグバン元素合成が主な源ではありません。その多くは、高エネルギー宇宙線陽子などによる、恒星の表面での炭素、窒素、酸素の破壊によってつくられた成分なのです。つまり、太陽系が生まれるもっと前に存在していた恒星の表面でつくられたリチウムが、その恒星の死後、他の元素とともに45.4億年前に地球に取り込まれたのです。

そうした複雑な元素の起源のバリエーションが生まれる理由は、われわれの太陽系が銀河系の円盤部分に誕生したことにあります。銀河の円盤部は宇宙線の量が多く、また、頻繁に恒星が生死を繰り返す環境だったのです。