インタビューに応じる ディラン・ストーン=ミラーさん。精子バンクに提供した自分の精子から、97人もの子どもが生まれた

 生殖補助医療が進み、精子バンクや卵子凍結も一般的になってきた。そんななか、アメリカで学生時代に精子提供をした男性(33)の訴えが注目を集めている。自分の精子から生まれた子どもが100人近くいると知らされたのだ。

 

*  *  *

200人を超えているかもしれない

「2021年3月、私は自分の精子で生まれた子どもに初めて会いました。その家族は自宅から45分ほど離れたところに住んでいました。駐車場の向こう側から自分の遺伝子が半分入った子どもの姿が見えた瞬間は、非常にパワフルでビューティフルな瞬間でした」

 ディラン・ストーン=ミラー(以下、敬称略)は、当時をこう振り返る。

 ところが、自分の精子で生まれた子どもの数がどんどん増えていくと、喜びは精子バンクに対する怒りと苛立ちに変わっていった。2023年12月時点で、彼の子どもが少なくとも97人いることがわかっている。

「精子バンクに子どもの誕生を報告するのは40%くらいといわれているので、実際は200人を優に超えているかもしれません」

 ディランは当惑したように告白し始めた。

学費のために精子提供

 ディランは1990年9月、ジョージア州アトランタで生まれた。両親はどちらも博士号を持つ。父親は犯罪心理学者で、母親は名門エモリー大学の教授で専門はアメリカのアート史だ。最初の13年間は小さな私立学校に通い、高校3年生のときに家からほど近い公立学校に転校した。ジョージア州立大学では心理学を専攻し、教育研究の分野で修士号を取得すべく同大の大学院に進んだ。

 精子バンクの存在を知ったのは、大学で寮生活していたときのルームメイトから。ルームメイトは週に3回、精子バンク「Xytex(ザイテックス)」に通って精子提供をしていた。ザイテックスはアトランタ、オーガスタなどジョージア州の5都市とノースカロライナ州シャーロットにある大手精子バンクだ。

「ある日、彼が『1人紹介すると300ドルのボーナスがもらえるから、関心があるなら紹介したい』と言ってきました」

 紹介ボーナスは精子提供者を増やすためのザイテックスの戦略だ。ディランも学費のために、深く考えずに提供を始めた。2011年1月のことだ。

身長の最低条件は178センチ

「本当に気軽な気持ちでした。ザイテックスに行くと簡単な質問に答え、最初に身長を測定されました。5フィート10インチ(約178センチ)が最低条件でしたが、まさに私の身長だったので、合格しました」

 感染症の有無を調べるため、採血も行われた。過去5年間にアフリカ大陸に入ったことがないかとか、過去5年間に他の男性とセックスをしていないとか、条件は他にもあった。感染症には潜伏期間があるので、血液は半年間凍結してから検査するという。検査に1度合格した後も、半年ごとに血液検査が必要だった。

「性感染症の検査も含めて、ありとあらゆる健康診断を無料でしてくれたことはよかったと思います」

 社会的に意義がある行為であることも説明された。

「精子バンクでは、無精子の人やシングルマザー、レズビアンなど、精子提供がないと子どもができない家族を助けることの美徳を説かれました。また、幹細胞やクリスパー遺伝子編集や疾患予防のために、精子が使われる可能性があることも言われましたが、実際にそういう研究で自分の精子が使われたエビデンスは今のところありません」

オープンIDでの提供は1回100ドル

 精子提供には「匿名提供」と〈オープンID〉の2つがあったが、ディランは〈オープンID〉を選び、一回の提供で100ドルを受け取った。

〈オープンID〉を選んだ理由は2つ。ひとつは受け取る額が大きいという金銭的な理由で、もうひとつは道義的な理由だ。〈オープンID〉であれば、その精子を使って生まれた子どもが18歳になったとき、精子提供者の個人情報を知ることができる。

「子どもの出自を知る権利は重要です。子どもが成長して自分の生物学上の父親のことを知ることができない、というのは筋が通りません。だから、私は〈オープンID〉を選びました」

 このとき、精子提供によって、自分の子どもが数えきれないほど誕生する未来は、想像してもいなかった。

増えていく子どもの数

 大学時代は1年間以上週に3回提供し、大学院に入ってから提供を再開した。

 23歳のとき、ザイテックスから「あなたの精子でどれだけ子どもが誕生したか知りたいですか」と聞かれた。「もちろんです」と答えると、「2人」と伝えられた。

 翌年も全く同じ質問をされ、「8人」と言われた。

 26歳になったとき、ザイテックスから血液検査やサインが必要な書類があると連絡があった。そのとき、すでに50人の子ども(女の子26人、男の子24人)が誕生していると知らされた。まさか50人とは思わず、「15(fifteen)」と聞き間違えて聞き直すと、「50(five zero)」だった。

「その50という数字を、どう咀嚼したらいいかわかりませんでした。」

 2021年3月、改めてザイテックスに問い合わせると、「77人が誕生している」と言われた。彼の精子で生まれた子どもはさらに増え、2023年12月の時点で、97人にまで達している。

精子バンクの「トリッキー」な契約書

 1人の男性から誕生する子どもの数について、ザイテックスの契約書はどうなっているのか。

「契約書には1人の男性の精子から生まれる子どもの数のリミットは40人とは書いていませんが、最初に私がリミットを聞いたときに、〈40ファミリーと言われたこと〉が書かれています。バンク側が責任を逃れられるトリッキーなやり方です」

 ディランはザイテックスを相手に訴訟を起こそうと複数の弁護士に相談したが、成功報酬制で引き受けてくれる弁護士は見つからなかった。成功報酬であれば、勝訴した際に受け取る賠償金の3分の1を弁護士に払えばいい。だが、成功報酬でない場合、弁護費用は実際の裁判にならないとわからない。アメリカの訴訟費用はけた外れになる可能性がある。ディランは訴訟をあきらめた。

 ディランは増えていく子どもの数を自分なりに理解しようとした。当時付き合っていた女性や他のドナーにも相談したが、アドバイスできる人はいなかった。

子どもたちが出会う事態も

 2020年、いくつかの家族から連絡を受けて初めて、自分が関わったことの重大さを理解し始めた。ザイテックスから、自分の精子がオーストラリア、カナダ、イギリス、イスラエル、中国に輸出されたことも教えられた。アメリカでは少なくとも9州にわたっている。

「イスラエル以外のそれぞれの国には、すでに子どもがいることもわかりました。中国では1人が誕生しています」

 ディランの精子で生まれた子どもたちが出会う、という事態も起こり始めた。

「カナダでは同じ器械体操練習用のジムで、私の精子から誕生した子ども同士が偶然会ったことがあります。共通の友人がいた子どももいます。精子バンクから精子を買って子どもを持つには、一定のお金がかかります。社会経済的地位が同じような人は地理的にも似たようなところに住む傾向があるので、そういうことが起こります。また、レズビアンカップルが子どもを育てる場合、それが異例であるとは思われない、安心して暮らせる地域に住みます。だから最終的に同じ都市に落ち着く可能性が高いのです」

「子どもを授けてくれてありがとう」

 2020年10月のある日、新しい職場の初日だった。

 コロナ禍で、ディランはマスクをつけてオフィスに入り、新しい同僚やクライアントに挨拶をした。30分ほど経った頃、インスタグラムに、まったく知らない女性からメッセージが届いた。

“I want to thank you for the gift of the children.(子どもを授けてくれてありがとう)”

 一瞬戸惑ったが、すぐに意味がわかった。スマホで彼女のプロフィルをタップすると、自分とよく似た女の子の写真が出てきたのだ。

「見た瞬間、自分の子だとわかりました。その瞬間気持ちが込みあがってきて、涙が出そうになりましたが、新しい職場の初日で涙を流すと奇人と思われるので必死に涙をこらえ、平静を保ちました」

自分の精子で子どもを産んだ40人の母親たち

 午後、ディランは彼女にメッセージを送った。すると、彼女は「40人の母親」と連絡を取り合っていることがわかった。その40人は全員、ディランの精子を使って子どもを作ったという。

 ディランは精子提供の際、〈オープンID〉を選んでいた。子どもの出自を知る権利を尊重したためだ。

「最初の子どもが18歳になるまで、つまりあと10年間は連絡が来ないと思っていました」

 なぜ、予想より早く連絡があったのか。ディランは、その女性にどうやって自分を追跡したのか聞いた。すると、精子バンクから提供された数少ない情報からたどったという。ファーストネーム、出身都市、両親の仕事だ。

ディランの父親は犯罪心理学者で、アトランタでその専門家をリサーチすると、父親の写真が見つかった。女性はその父の目を見て、精子提供者はその息子だろうと認識したという。フェイスブックで父親を見つけると、そこにディランもつながっていた。女性は、ディランのインスタグラムを数カ月フォローしていたという。

「遺伝子検査はしていませんが、誰が見ても私の子どもだと思うでしょう。とても似ているのですから」

 女の子の写真を見て、ディランは血族関係特有の親近感だけではなく、プライドさえ感じた、と語る。

「まるで自分自身を別の次元で見ているような気持ちでした」

精子バンクは「ぼろ儲け」

 精子提供者としてディランを選んだオーストラリアの母親が、2017年にフェイスブックグループを作った。現在、そのグループに47人の母親が参加しており、グループに参加する条件は「ディランが精子提供者であること」。参加の際にはディランに関する情報について、口頭テストが行われる。

 昨年12月12日の時点で、ディランの精子を使って誕生した子どもの数は92人とザイテックスから知らされたが、報告されていない子どもが5人いることがわかり、実際把握できているのは97人だ。

「精子バンクに子どもの誕生を報告するのは40%程度といわれているので、実際は200人を優に超えているかもしれません。ザイテックスは私の精子でぼろ儲けをしたのです」

 ディランは1回の提供で100ドルを受け取ったが、提供した精子は5~8個のバイアル瓶に分けられる。精子バンクから購入する側は、そのバイアル瓶1つに5千ドルから1万6千ドルを払うのだから、ぼろ儲けと言われても仕方ないだろう。

精子が大人気だった理由とは

 なぜ、ディランの精子はそこまで人気があるのか。

「自分の精子を買った人に聞いたことがありますが、人それぞれでした」

 両親が博士号を持っていることを理由に挙げた人もいれば、血の半分がユダヤ系であることを理由に挙げる人もいた。またサッカーをしていたことや楽器を弾くことを理由に挙げる人もいた。健康である証明書を持っている人が限られていることを理由に挙げる人もいた。

 ザイテックスでドナーのリクルーターを担当するローレイン・オケリー氏は、選ばれるドナーの特性についてこう回答した。

理系の男性が好まれる

「physical characteristics(身体特性)については、自分の兄弟などに男性がいる場合は、その男性に似た人を選ぶ傾向があります。家族に男性がいない場合は、外見が自分の好みの男性や、子どもにもそういう外見になってほしいと思う男性を選ぶ傾向があります。身長は180~190センチが最も好まれます。人種は自分と同じ人種を選びます。白人女性の場合は白人男性です。アジア系の女性の場合、白人男性を選ぶことも多いです」

 次いで、重要なポイントは“それまでのキャリア”だという。

「理系の男性が圧倒的に好まれます。プログラミングができるとか数学が得意であるとか。趣味も重要です。楽器を弾いているなど音楽の趣味がある人も好まれます。

 またhealth historyについて、他の条件が同じであれば、祖父母までの病歴が書かれているドナーが選ばれる傾向にあります。

 ですから、選ばれる基準として、重要な順序は、ドナーの外見、人種が同じくらい重要で、次にキャリア、趣味、病歴、ということになります」

 ディランは健康な白人男性で、両親ともに博士号を持ち、プログラマーだった。そして、間違いなく大人気のドナーだった。彼を超える人気ドナーがいる可能性があるが、彼は自身の子どもが100人近くいる、という現実に誠実に向き合おうとしている。

子どもに父親のことを尋ねられ…

 冒頭の、ディランにインスタグラムでメッセージを送った女性には、娘が2人と息子が1人で、子どもが3人いる。なぜディランに連絡を取る必要があったのだろうか。

「彼女が自分の頭のいい、好奇心旺盛な子どもを育てるのに、遺伝上の父親としての私に関する情報が2ページ分しかないことが原因です。子どもに父親のことを尋ねられ、子どもの好奇心を満たすだけの情報がなかったと、本人から聞きました」

自分が誰かを理解してもらう

 自分の父親についての情報があまりに少ないのは、子どもにとってはよくないとディランは考えた。その女性から直接会ってほしいと言われて同意したのは、自分が誰であるのかを理解してもらうためだったという

 共通するDNAにより家族に自分自身を見ることを、遺伝子ミラーリング(genetic mirroring)という。ディランは、自分の子どもが自分に会うことが重要である理由は、まさにこの遺伝子ミラーリングゆえだと言う。

「母親が自分の子どもの行動に理解できない部分があっても、私の行動を見ることで双方向に納得がいく。子どもも私と会うことで、自分の考えや行動がノーマルだと思えるのです」

 intentional parents(努力して親になろうとしてなった親)の場合、子どもができるまでに何万ドルも使っていることが多い。シングルマザーやレズビアンカップルの場合、自然に任せても子どもはできない。

「intentional parentsの子どもに対する愛情は、非常に強いと私は感じます」

子どもへの道義的責任を果たしたい

 ディランはすでに26人の子どもに直接会った。

 最初の子どもと会ったのは、インスタグラムでメッセージをもらってから半年後、2021年3月のことだ。会う前にフレンドシップと信頼関係を築くべく、オンラインで何回も話し、お互いの気持ちが「直接会う」と一致した時点で会った。

「会う前は、母親や子どもの期待に応えられるかどうか、プレッシャーを感じすぎて精神的に消耗してしまいました」

 だが、実際に会うとその疲れは瞬間に吹き飛んだ。「パワフルでビューティフル」と表現するほど、感動的な瞬間だったからだ。すでに前から知っているような感覚になり、すぐにお互いを理解することができたと感じた。

 子どもに対して、道義的な責任を果たしたい――。彼は、父親としての責任を果たすため、仕事を辞める決断をする。