都営地下鉄・麻布十番駅構内に
攻撃に備えた「シェルター」を整備

 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻、2023年10月に勃発したイスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突。武力行使が行われている現場では病院や学校、教会などが攻撃を受け、女性や子供が犠牲になる事例も起きている。

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によると、ロシアによる軍事侵攻の開始から2024年1月末までに、ウクライナでは少なくとも市民1万378人が死亡。そのうち579人は18歳未満の子供だという。ひとたび軍事侵攻が始まれば多数の一般市民が犠牲になる。

 今年1月26日、東京都の小池百合子都知事が記者会見で、都営地下鉄・麻布十番駅構内に弾道ミサイルに備えた「シェルター」を整備する方針を表明した。この麻布十番駅構内には既に都の防災倉庫も併設されている。2024年の予算案に2億円を計上して今後の構想を詰めていく。会見では、ミサイル攻撃だけでなく、首都圏直下型地震などからも都民を守るための施設として検討する方向性が示された。

ミサイルの爆発による
具体的な身体への影響とは

 首都直下型地震の恐怖は一般に強く認識されている。しかし、弾道ミサイルが着弾した時に人体が受ける損傷(爆傷)について知る人は少ない。ドラマや映画で爆撃シーンを見たことはあっても、現実の爆撃を目の当たりにした人は、日本ではほとんどいない。

 ミサイルの爆発による爆傷は、距離、環境、条件によってさまざまに変化する。しかし、爆心に近いほど致命傷になる可能性が高いことは間違いない。

 また、弾道ミサイルで起こる爆発の影響は、想像をはるかに超える。反応速度が音速未満の「爆燃」ではなく、音速を超える「爆轟(ばくごう)」の衝撃波はすさまじい。「爆轟」は急激な燃焼速度で熱膨張し、その圧力は10気圧を超える。弾道ミサイルの攻撃はどれほど恐ろしいのか。

『「自衛隊医療」現場の真実』の著者であり、元自衛隊の衛生幹部であったジャーナリストの照井資規氏が作成した下図を見ていただきたい。

図_爆発物と各爆傷との関係

 図にある通り、爆心地の直下から順に5段階に分け、身体への影響について説明する。

(1)Primary(一次的要因)
 爆心地直下あたりでは、衝撃波・爆風圧が身体の組織(主に肺、耳、消化器官などの空洞となっている場所)に伝わる。食道や胃、腸、気道や肺などの空洞のある内臓と、筋肉などの空洞のない場所では振動数が違う。この振動数の差により組織が引きちぎられる。

(2)Secondary(二次的要因)
 爆発時に発生する破片(砲弾の弾殻などの物体)は秒速約4キロメートル以上に到達することもある。これにより、穿通性損傷(外傷により穴が開く損傷)と鈍的損傷(皮膚を貫通しない打撲)の両方が発生する。防弾チョッキやヘルメットがなければ重篤な外傷となる。

(3)Tertiary(三次的要因)
 衝撃波による四肢の切断が起きる。爆風によって身体が吹き飛ばされ、地面や壁面へ衝突する。その時の損傷は構造物や路面などによって異なる。例えるなら、交通事故時に車外へ投げ出されたり、高所から転落したりした時の損傷に近い。

(4)Quaternary(四次的要因)
 衝撃波による空気圧縮で体表面が発火する。爆風時に発生する火球による熱傷も同時に起きる。一般的熱傷と爆傷燃焼の違いは下図の通りだ。

図_一般的熱傷とIVQuaternary四次的要因爆傷熱傷の違い

 この熱傷は爆心地直下の(1)から(3)までの地点で同時に起きる。爆風に伴う熱は3000℃~7000℃となり、吸入により気道や呼吸器に重度の熱傷を負う。その周辺に存在する物が燃焼することで、有毒ガスや煙、粉じんによる空気汚染も同時に発生する。

(5)Quinary(五次的要因)
 爆発によって飛散する化学剤、生物剤、放射性物質による汚染(dirty bomb)
 弾道ミサイルの燃料にはジメチルヒドラジンという有害物質が含まれている。遠距離引火性があり、蒸気の吸入で灼熱(しゃくねつ)感、吐き気、呼吸困難、胃けいれん、嘔吐(おうと)、息切れ、心不全、呼吸不全、肝臓壊死、肺水腫などを起こす。意図的に核汚染物質が拡散させられる場合もある。また、自爆テロリストが保有するB型肝炎ウイルスが爆発と共に飛散した場合、感染によるパンデミックを引き起こす脅威がある。

シェルターが普及するイギリスとイスラエル
地下鉄構内にガスマスクを備える韓国

 1月2日のNHK報道によれば、2023年に北朝鮮が発射した弾道ミサイルは18回25発。過去2番目に多い発射回数となった(最多は2022年で、発射は31回59発)。

 これほど具体的な軍事行動が続いているにもかかわらず、日本人の危機感は薄い。日本では核シェルターどころか通常能力型の弾道ミサイル攻撃へのシェルター設置がやっと始まったばかりだ。それに対し、他国の状況はどうなっているのだろうか。

 イギリスでは1948年当時の民間防衛法に基づき、シェルター建造が地方自治体に義務付けられていた。その後も民間緊急事態法に基づき、防空シェルターや地下鉄シェルターが新たに設置されている。

 イスラエルでは1992年改正の市民防衛法に基づき、公共シェルターや個人住宅への退避施設が多数建造されている。公共スペースには多人数収容可能な大型シェルター、個人宅には家庭用セーフルームがある。常にハマスからの軍事攻撃にさらされてきたイスラエルはシェルター設置に余念がない。

 韓国では2023年8月、6年ぶりとなる全国一斉の空襲避難訓練が行われた。ソウル中心部でも信号が赤く点滅して交通規制が行われ、緊急車両の経路確保訓練が行われた。6年前までは毎年「民防衛訓練」の日が決められ、空襲サイレンが鳴り、一斉に車が止まり、市民が地下鉄や建物内に移動する。

 戦争という緊急事態に備えて、全省庁や自治体、軍、警察、企業、そして市民が、自らの安全のために何をするのかを点検する日である。このような軍事攻撃に対する大がかりな避難訓練は日本にはない。

 韓国の地下鉄は緊急時に使用する避難施設として、いつ空襲が起きても、毒ガスが放出されても、心配がないようにガスマスクが駅構内に設置されている(下の写真)。

ソウル市内の地下鉄駅構内にはガスマスクと酸素ボンベなどが置かれているソウル市内の地下鉄駅構内にはガスマスクと酸素ボンベなどが置かれている(照井資規氏提供)

 また、空襲で電気が遮断された場合を想定しての懐中電灯、水、鼻や口を覆うコットンタオル、そして酸素ボンベが置かれている(下の写真)。韓国では軍人が中心になって、真っ暗になった地下鉄構内で市民を安全な場所へ誘導する準備ができている。

ソウル市内にある非常用懐中電灯設置棚ソウル市内にある非常用懐中電灯設置棚(照井資規氏提供)

 このように、当たり前のようにシェルターがある国は少なくない。国によっては、韓国のように、空襲を想定した必要物品を地下鉄や人通りの多い建物内に設置している。救命処置のためにAEDを置くように、武力攻撃時に使う物品を手に取れる場所に常備しなければ国民の命は救えないのだ。

ウクライナにある地下鉄駅の
深度は実に100メートル超

 日本各地でも、東京都に続き、シェルターの設置や武力攻撃時の避難場所として地下鉄などを指定する動きが始まっている。斉藤哲夫国土交通大臣も2月8日、弾道ミサイル攻撃に備えた地下鉄駅シェルター化にむけて鉄道事業者に協力の呼びかけを積極的に行うと述べた。

 地下鉄は大半の爆風や衝撃波から身を守れる頑強な構造物だ。専用の地下シェルターを持たない場合は、地下鉄や共同溝など、すでに地下に造られた構造物の中から、想定される危険に対して十分な強度がある場所を選定するしかない。

 兵器の進化は著しいが、その進化は建造物を破壊する力の大きさを競う方向ではなくなっている。地下や強固な建造物の中に潜んでいる要人や軍人を効果的に殺害することで戦争を有利に進めることを考えるようになった。

 地上にある建造物をどれだけ破壊しても、その国の意思決定をつかさどる人物や軍人が生きていれば、周辺諸国から戦車や航空機、銃弾等が提供される。戦おうとする人がいれば、モノを破壊したところでモノの代わりは手に入るからだ。

 そこで考えられたのが中性子爆弾である。中性子爆弾の破壊力は大きくないが、地下深くにいる人間にまでその放射線が到達するため、殺傷能力は高い。地下100メートルに潜む人すら殺害することができる。

図_日本とウクライナ、地下鉄の深さの比較
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 上図の通り、ウクライナの首都キーウにあるアルセナーリナ駅の深度は実に105.5メートル。日本では大江戸線の六本木駅や千代田線の国会議事堂前駅もかなり深いが、比較にならない。

 日本はまだまだ本気度が足りない。やらなければならないことは山ほどある。核兵器に囲まれた日本はリスクが最も高い国の一つだ。爆撃の恐ろしさを知り、それから身を守るために何が必要か、何を準備しなければならないか。私たちは真剣にこの問題に取り組まないといけないところに来ている。