日本人の能力は、社会人の段階で評価すると、世界ランキングで極めて低い。しかし、小中学校レベルでは、世界のトップクラスだ。これは、大学などの高等教育機関に大きな問題があることを示している。なぜ、日本人は勉強しなくなるのか。

日本人の能力は「世界の最低水準」

 人口当たりの論文数を見ると、日本の成績は極めて悪いことを示した。指標によっては、世界最低に近い。日本の成績が望ましくないのは、これに限ったことではない。さまざまな国際競争力ランキングが公表されているが、日本の成績はおし並べて悪い。

 たとえば、スイスのビジネススクールIMDが作成する国際競争力ランキングや世界人材ランキング、世界デジタル競争力ランキング、そしてEF EPI英語能力指数ランキングなどで、日本の成績が極めて悪い。

 こうしたものを見ていると、日本人の能力がもともと低いのではないかと、悲観的な気持ちになってしまう。

 しかし、決してそんなことはない。その証拠に、小中学校レベルでの学力テストの国際比較を見ると、日本の成績は極めて高いのだ。

 OECD(経済協力開発機構)が行っているPISA(Programme for International Student Assessment)という学力調査を見ると、それが明らかだ。これは、義務教育修了段階の15歳の生徒が持っている知識や技能を測ることを目的とした調査だ。 知識や技能を、実生活のさまざまな場面で直面する課題にどの程度活用できるか測ることを目的としている。科学的リテラシー、数学的リテラシー、読解力の3分野について、測定される。ほぼ3年に1回行われる。2022年調査では、世界81カ国・地域から約69万人が参加した。

日本人の子供の能力は「世界のトップレベル」

 日本はPISAで、毎回、世界の最上位に近いところに位置している。日本は、調査開始時点(2000年)から順位が高かった。そして、その状況が最近に至るまで続いている。

 2022年調査の結果を見ると、次の通りだ(括弧内の左側はOECD加盟国中、右側は全参加国・地域中における日本の順位)。
 

科学的リテラシー(1位/2位)
数学的リテラシー(1位/5位)
読解力(2位/3位)


 このように、3分野のすべてで、日本は世界のトップレベルにある。しかも日本は、前回の2018年調査より向上している。すなわち、OECDの平均得点は低下したのに対して、日本は3分野すべてで、前回調査より平均得点が上昇したのだ。

 OECD加盟国での順位の推移を見ると、図に示す通りだ。
 

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次のページでは、PISAの日本の順位の推移を確認するとともに、日本人が大学生になってから勉強をしなくなる原因などについて解説する

日本の順位は総じてトップレベルを維持している(筆者作成)

 数学的リテラシーおよび科学的リテラシーは、トップ。長期トレンドとしても、安定的に世界トップレベルを維持している。これまでは読解力の順位で日本がやや低かったが、2022年のテストでは、高い成績になった。
なぜ、日本人は勉強しなくなるのか?
 PISAにおける日本の順位が高いことを見ると、日本の初等中等教育の水準は、国際的に見て非常に高いことが分かる。それにもかかわらず、社会人になってからの能力になると、冒頭で述べたように、最下位に近くなってしまう。

 どうしてこうなるのだろうか?

 その原因は、大学や大学院での教育にあると考えざるを得ない。

 日本人は、高校生までは(つまり、大学入試までは)、死に物狂いで勉強する。受験戦争の世界だ。毎日塾に通って勉強する。ところが、大学に入った途端に勉強しなくなってしまう。

 大学側も、成績が悪いからという理由で退学させたり、卒業させなかったりすることは、まずない。日本の大学では、入学さえできれば、後は勉強しなくても、自動的に卒業できるところなのである。

 その結果、日本の大学では、十分な専門的教育を行っていない。このため、専門的な知識が身に付かず、社会に出てから専門家として活躍することができない。

 このようなことが、小学生で能力が高く、大人になると能力が低いという状況をもたらしている基本的な原因だ。日本の高等教育は、深刻な問題を抱えていることがわかる。

 では、なぜ大学で勉強しないのか?

 その原因は、企業は専門的な知識を評価しないからだ。企業は採用時には学歴を見る
 しかしそれは、どの大学に在学しているかということであって、そこでの成績を評価しているわけではない。
日本の深刻問題をどう打開すべきか?
 日本でデジタル化が進まないと言われる。さまざまな国際比較ランキングでも、日本のデジタル化の遅れははっきりと見てとれる。ところが義務教育終了段階では、PISAの結果が示すように、数学的リテラシーおよび科学的リテラシーで、日本人の能力は世界のトップクラスにあるのだ。

 これらの能力は、デジタル化を進めるための最も基本的な能力だ。つまり、デジタル化を進めるために、世界で最高レベルの潜在力を持ちながら、実際のデジタル化が世界の最低レベルになってしまっていることになる。

 この差は、衝撃的なものだ。とても同じ国の中の出来事とは思えない。デジタル化が進まない原因は、大学教育と企業にあると考えざるを得ない。

大学で最先端レベルの情報科学の教育を行っておらず、また、企業がデジタル技術の導入に熱心でないから、高い潜在力を持ちながら、それを現実の経済活動に生かしていくことができないのだ。

 日本企業はこれまで、最先端技術に追いつくために、OJT、つまり現場での実践を通じた人材育成方式に頼ってきた。しかし今や技術革新のスピードは、こうした方法で対処できるようなものではなくなってきている。

 日本の状況を変えるためには、まず、企業が給与や地位の点で、専門性を正当に評価することが必要だ。そして、それに応じて、大学の教育体制を、根本から改革することが必要だ。

 これらは、簡単に実現できる課題ではない。企業の人事政策にしても、大学の構造にしても、日本社会の基本的な仕組みと言えるものだ。かけ声だけでは、何も変わらない。しかし、それなくしては、未来に向かっての展望が開けない段階にまで、日本の問題は深刻化している。