人工知能(AI)アルゴリズムの安全性・公平性・正確性を確保することの難しさから、一部の企業は、かつて変革をもたらすともてはやされながらビジネスでは普及しなかった技術に目を向けている。ブロックチェーンだ。

 ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)の基幹技術として知られるブロックチェーンは、取引のデジタル台帳を作成し、コンピューターネットワーク間で共有することを可能にするデータ構造だ。暗号技術を利用し、ネットワーク内の各参加者が中央当局を介さなくても取引を安全な方法で台帳に追加できるようになっている。一度取引が行われると、ブロックチェーンは不変の記録として残る。

 このことを念頭に、データ分析会社であるITベンダーの米FICOと、ブロックチェーンに特化したスイスの新興企業キャスパー・ラブズは、AIアルゴリズムの構築・訓練プロセスを追跡するためにブロックチェーンを活用していると話す。

 また、AIがビジネス分野で普及し、その生成物は必ずしも信用できないことに企業が気づいている今、ブロックチェーンの活用は緊急かつ時宜を得たものであると指摘する。さらに政府規制当局が企業に対し、アルゴリズムの透明性と監査可能性を高めるよう圧力を強めてもいる。サプライチェーン(供給網)の追跡といったブロックチェーンの従来のビジネス利用は市場での支持を得ることができなかった。AIの大規模な普及がブロックチェーンの追い風になれるかどうかは、まだ定かでない。

 ブロックチェーンは、アルゴリズムがいつ、誰によって、どのようなデータに基づいて学習されたのか、また、そのデータを吟味・検証するためにどのような手順が踏まれたのかを正確に追跡するために利用できると、FICOのスコット・ゾルディ最高分析責任者(CAO)は話す。AIモデルを構築する企業は通常、そのようなデータの痕跡をたどろうとするが、ブロックチェーンを使えば、共有された一貫性のある信頼できる記録を簡単に作成できるようになるという。

 同氏によると、ブロックチェーンはアルゴリズムが暴走したり偏った内容を表示したりするのを防ぐことはできないが、その理由を示す監査可能な記録を提供することはできる。

 「ブロックチェーンは、物事を一口サイズの小さなミニ・コントラクト(契約)に分解できることがわかった。当社は、これらの各ステップが非常に細かいレベルで行われていることを検証することができる」とゾルディ氏は言う。「そうした不変性を持つことで透明性と誠実さのレベルが向上する」

 ブロックチェーンは、説明可能性、すなわちAIモデルにおける「ブラックボックス」問題に対する答えではない。それだけでは、AIモデルがある答えを吐き出した理由を特定することはできない。それでも、記録を改善し、そうした疑問に答えるのに役立てることはできるはずだと、ゾルディ氏は言う。

 最高情報責任者(CIO)の間では懐疑的な声もある。デジタル決済サービスを提供する米フリートコア・テクノロジーズのスコット・デュフォーCIOは「AIガバナンスの強化には大賛成だが、ブロックチェーンを使うのは、ハンマーを持ってくぎを探す(手段が目的化される)ようなものだ」と指摘する。ブロックチェーンはAIシステムの信頼性を高めるのに役立つかもしれないが、それは設計者がAIモデルの予測を理解・解釈するのを助ける他の既存ツールを補完する場合に限られるとした。

 FICOのツールは現在社内で使用されているが、年内には顧客向けに展開する計画がある。

 一方、キャスパー・ラブズは米IBMと共同で、「バージョン管理」を提供する独自のツールを開発している。キャスパーのムリナル・マノハール最高経営責任者(CEO)によると、このツールは、ある時点でどのデータとパラメーターが特定のモデルに影響を与えているかを記録し、仮に企業が自社モデルのバイアスや不正確さを検出し始めた場合、以前のバージョンに戻すことができる。

 アルゴリズムのバイアス修正は依然として困難で時間のかかるプロセスであり、企業はそのためのシステムやツールが不足していることが多い。

 現在ベータテスト中のキャスパーのツールは、今年の7-9月期にIBMのAIガバナンス・プラットフォーム「ワトソンx」との統合版として市場に投入される予定だが、同プラットフォーム専用になるわけではないとマノハール氏は述べた。AIガバナンス・プラットフォームとは、AIの利用を導き、それに伴うリスクを管理しようとするものだ。

 ブロックチェーンのこの利用法についてマノハール氏は、従来の利用法での問題点を引き起こしにくいと語る。例えば、サプライチェーンの追跡では、企業はすでに長年にわたって確立された方法で商品を追跡していたため、高価で複雑なブロックチェーンに切り替えることは難しかった。しかしAIガバナンスの分野では、そのような確立された方法が存在しないため、ブロックチェーンが業界標準となるまたとない機会になっていると同氏は言う。

 サプライチェーンの追跡は、それに関わるベンダーや当事者の数が多く、技術精通レベルがさまざまだったことも障害となった。だが、AIガバナンス分野で必要とされる参加者はもっと少ない。調査・コンサルティング会社ガートナーのアナリストのアビバ・リタン氏はそう話す。

 だからといって、AIガバナンス分野でのブロックチェーンの利用がすぐに軌道に乗るとは限らない。

 「素晴らしいアイデアだが、市場の先を行っているとしか思えない」とリタン氏は話す。多くの企業はこれまで、新規プロジェクトに取り組む際にAIガバナンスとリスク管理を優先してこなかったという。

 リタン氏は「クライアントにとっての重要性は10段階中の3といったところだろう」としながらも、生成AIプロジェクトの数が急増するにつれて、その重要性は徐々に高くなり始めていると述べた。

 マノハール氏は、このツールが市場の先を行っているとの見方には同意できないとし、同ツールをテストした企業の技術部門幹部から好意的な反応を得ていると述べた。

 「今日、企業がAIのガバナンスとリスク管理を優先していないとすれば、それはほとんどの企業が何から始めればいいのか分かっていないからだ。関心がないとか、優先事項にならないと思っているからではない」と同氏は言う。

 ソフトウエア会社グローバントの北米担当最高技術責任者(CTO)であるニコラス・アビラ氏は、このツールはまだその実力を証明していないと感じると述べた。それでも同氏はこれら二つの技術の融合に大きな価値を見いだしている。

 最終的には「AIがブロックチェーンの問題を解決し、ブロックチェーンがAIの問題を解決することになる」とアビラ氏は述べた。