米アップルは2日、初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレー(HMD)「Vision Pro(ビジョンプロ)」を米国で発売した。2007年発売のスマートフォン「iPhone」以来の大型の新製品で、店舗には大勢の人が集まった。日本経済新聞の記者も1台購入し、使い勝手を試した。3499ドル(約50万円)からという高額で、消費者の反応が注目される。

「ビジョンプロへようこそ!」。テクノロジー企業が集まるカリフォルニア州パロアルトのアップルストア。午前8時の開店前に訪れると、雨が降りしきるなか、既に数十人の行列ができていた。

予約できた記者が午前11時に受け取りに訪れると、店員から1対1で、30分ほど初期設定や操作方法の説明を受けた。まずはヘッドバンドの長さの調整からだ。

ビジョンプロは本体前面のカメラで撮影した現実の風景に、CG(コンピューターグラフィックス)を合成した拡張現実(AR)を表示する。コントローラーが不要で、目や指の動き、声だけで操作できる。

購入時に店内で、何を見つめているかをとらえる「アイトラッキング(視線追跡)」を設定する必要がある。ゴーグルを着けると浮かび上がるスクリーンに複数の星が出てきて、それらを順番に目で追い、指でつまむしぐさで選択していく仕組みだ。「映画を見たい」と店員に伝えると、アプリを紹介してくれるほか、画面のスクロールの仕方などを一通り教えてくれる。この日の体験者は「もうコントローラーはいらない時代だ」と驚いていた。

コントローラーが不要で目や手、声で操作できる(2日、米カリフォルニア州パロアルトの店舗)

早朝から並んだトレーダーのキャシー・コービーさんは「ビジョンプロを使えば、複数の画面を並べて生産的に必要な情報を得られる。ビジョンプロは未来だ」と興奮気味に話す。米ウェドブッシュ証券は1月の予約開始から18万台が売れたと見積もり、初年度の出荷台数は30万〜40万台とも報じられた。

ビジョンプロ専用のアプリを複数開発した日本人エンジニアも、2日に米国で購入した。競合製品との違いについて「現実世界の映像がよりリアルで、目や指での操作がiPhoneのようにサクサク動く」という2点を挙げる。

目の前の映像に没入させる仮想現実(VR)やAR端末では米メタが首位に立ち、価格戦略は大きく異なる。メタの「クエスト3」の発売価格は499.99ドルで、ビジョンプロはその7倍だ。コービーさんは「2800ドルのパソコン、1500ドルの巨大テレビがビジョンプロだけで済むと思えばお買い得」と話すが、大衆向けの価格とは言えない。

欧州メーカーには100万円前後の高機能端末もある。それでもビジョンプロに注目が集まるのは、iPhoneなどで普段使う100万種以上のアプリと互換性があり、日常生活に使えるとの期待があるためだ。ソニーグループが「プレイステーション(PS)VR」を発売した16年は「VR元年」と呼ばれたが、米調査会社IDCによると、VRやAR端末の22年の世界販売台数は約880万台と21年比で21%減少している。

アップルはコンテンツの力でスマホ市場を切り開いてきた。iPhoneなどにアプリを供給するソフト開発者は3600万前後にのぼる。ビジョンプロ向けにも米ウォルト・ディズニーなど600以上の専用アプリをそろえた。複数のスクリーンでバスケットボールの試合を見たり、3D(3次元)の模型を見ながら遠隔会議ができたりする。

ただ、2日に購入した人からは「予約や利用にはアップルのIDが必要で、設定も所有者にパーソナライズされている分、家族や友人と共有しにくそうだ」との声も出た。

アップルが2日に発表した2023年10〜12月期決算は5四半期ぶりの増収増益だったが、世界のスマホ市場は成熟し、持続的な成長には次の柱が不可欠となる。ティム・クック最高経営責任者(CEO)はビジョンプロを「何十年にもわたるアップルのイノベーションで構築された革命的なデバイスだ」と、勝負をかける。開発中とされる安価な後継機種に向けても、まずはビジョンプロの初動がカギを握る。