長期間の入所待機が当たり前だった特別養護老人ホームの状況が変わりつつある。全国の入所待機者の減少が続き、地方で空室が目立ち始めた。人口減社会を迎え、高齢人口の増加ペースが過疎地中心に落ち着いてきたことなどが要因だ。サービス継続に危機感が生まれる中、柔軟運営で活路を見いだしたモデルケースが北海道にある。

旭川空港から車で約1時間の北海道芦別市。東京23区より広い約870平方キロメートルの市内に1カ所の特養がある。社会福祉法人の芦別慈恵園が運営し、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に一部を転用した全国初とされる施設だ。

同市の人口は約1万1600人。基幹産業の炭鉱の衰退などによりピーク時の6分の1の水準にまで減少した。特養入所者の大半を占める市内の75歳以上の人口は2010年代に3500人前後と横ばいになり増加が一段落した。総合施設長の川辺弘美さんは「定員が埋まらなくなる危機感からサ高住への転用を決めた」と話す。

特養は介護が必要な高齢者のための生活施設で、原則として介護保険に基づく「要介護3」以上が入所基準となる。サ高住は60歳以上などが条件で特養より受け入れやすい。サ高住で生活する90代の女性は「夫を亡くし、1人暮らしは不安。札幌市に住む娘に転居も勧められたが、慣れ親しんだ土地で友人と生きたい」と話す。

定員86人を72人に減らし、9室のサ高住を設けたのが18年。川辺さんは「要介護度が重くなれば同じ施設でサ高住から特養に移ることもできる」と説明する。23年12月時点で特養は2人分の空室があるが、サ高住は満室だ。さらに転用する割合を増やすことも検討するという。

この経営モデルが注目を集め始めた。背景にあるのは特養を取り巻く環境の変化だ。

全国の入所待機者、ピークから27%減

特養は主に地方自治体や社会福祉法人が設置し、介護保険を活用できるため民間の老人ホームより費用負担を抑えられるなどの理由で入所希望が多い。厚生労働省によると、待機者は2022年度で約25万3000人で、最多は東京都の約2万1400人、最少は徳島県の約1200人だった。

直近のピーク時の13年度(約34万5000人)と比べると、全国の待機者は27%減った。大都市ではなお待機者が多いものの、空室が出るまで長期間待っていた状況が変わりつつあることがデータから読み取れる。

市区町村を対象にした23年の厚労省調査によると、特養の稼働状況(複数回答)について、44.9%が「基本的に全ての施設で満員」と回答した。一方で空室に関しても「施設によっては空きがある」(10.8%)、「時期によっては空きがある」(7%)、「常に空きがある」(2.1%)と一定割合を占めた。

特養の待機者が減少し、空室が出る理由には、過疎地を中心に75歳以上の高齢者の増加ペースが遅くなっていることが挙げられる。民間の介護付き有料老人ホームや認知症グループホームなどの整備が進み、居住先の選択肢が多様化していることも要因だ。

特養は介護保険上の職員の配置基準が手厚くなっており、人件費などが膨らむため「定員の95%」程度の入所率が一つの黒字の目安とされる。わずかな空室の増加でも経営に影響が出る恐れがある。

特養の定員割れを重くみた厚労省は23年4月、入所基準の運用を改めた。空室の増加など地域の事情に応じ、「要介護1、2」の高齢者も入所を促すよう自治体に求めた。

特養建設は行政から補助金が投入され、整備後に他の用途に使えば補助金適正化法に基づき返還を求められるのが一般的だ。

特養からサ高住への転用について、厚労省は「都道府県の合意を得られれば、地域事情を踏まえた事例として認められる」としている。芦別慈恵園は特養を10年以上運営した実績などを踏まえ、補助金の返還免除とサ高住転用の承認を北海道などから得た。転用には改修資金の確保も欠かせない。

将来の要介護高齢者、減少の自治体が増加

国立社会保障・人口問題研究所が18年に公表した将来推計人口では、75歳以上人口が15年比で減る市町村は45年に4割に達する。介護が必要な高齢者が大幅に増える自治体は過疎地で少なくなる。

全国老人福祉施設協議会の田中雅英副会長は「地方では事業の存続が難しい法人が増え、特養は淘汰の時代になる」と指摘。特養の一部をサ高住に転用する手法は「様々な工夫が求められる中、資源の有効活用で効果が期待できる」とし、介護サービスやインフラの少ない地方で一つのモデルになるとの見方を示す。

〈Review 記者から〉進む人口減 介護制度に綻び

全国老人福祉施設協議会が約1600の特別養護老人ホームを対象に2022年度の経営状況を調査したところ、62%が赤字だった。21年度の43%から19ポイント上昇した。物価・燃料高といった経営コストの増加が収益を圧迫している。

同協議会が23年4〜5月に447の特養に実施した別の調査によると、22年度の1施設あたり平均電気代は20年度比1.5倍の1107万円、ガス代も1.4倍の324万円に上った。特養はグループホームなど他の介護施設に比べ規模が大きく、空調などにかかるコストが高い。介護保険サービスは公定価格のため、コストを価格に転嫁できない事情がある。

介護報酬の24年度改定は1.59%引き上げられることが決まった。一方、「マイナス2.27%と大幅に引き下げられた15年度など過去の改定を含めれば、物価高や人材難を補うには不十分」(東京都の社会福祉法人理事長)との声も聞かれる。

資金に余力のある地方の社会福祉法人は、経営の安定化を図るため高齢者人口の多い東京23区に進出するケースも相次ぐ。

介護保険制度は高齢者の増加や核家族化などを背景に、家族の負担を減らして社会全体で介護を支える理念を打ち出し、2000年に創設された。サービスを利用する高齢者の人口減少や人手不足を想定した設計になっておらず、制度に綻びが生じ始めている。特養をはじめ、地域に欠かせない介護サービスを持続可能にしていく対策が求められる。