早まったクリエイターの仕事消滅

従来は、クリエイティブな仕事が消滅するのは比較的遅い2030年か2035年頃になるのではないかと予測されていました。しかし昨今の生成AIブームで多くの人々は、このクリエイティブジャンルの仕事がAIに奪われてしまう未来がすぐそこに来ていることに気がつきました。

そもそもここ数年、そのような兆しは見えていました。

世界最高峰の絵画コンテストと写真コンテストでどちらも最優秀賞を受賞した作品が、実はAIが生成したものだと後から種明かしをされるという事件が起きていたのです。仕掛けた人たちは「近い将来、こういうことができるようになる未来においてどのようなルールを作るべきか、議論を始めたかった」と語っています。

ところがその議論が始まる前に、AIによる画像生成のサービスが始まってしまいました。これは、存在しない写真やイラストをAIが自動で生成してくれるサービスで、10年前のクリエイターの感覚で言えば魔法のようなものです。

ソフトウェア大手のアドビが、ファイアフライという名前のクリエイター支援アプリの提供を始めました。これは、テキストを打ち込むだけで簡単に画像を生成してくれるサービスで、私のような素人でも「香港やマカオの繁栄をイメージしたイラスト」とか「AIネットワークをイメージしたCGイラスト素材」などと打ち込むだけで、AIが画像を自動で生成してくれます。

このサービスはウェブメディアやブログ、YouTubeでの動画配信など、メディアを通じて情報発信をする事業者すべてが使うようになるでしょう。結果として、多くの発注者がイラストレーターやカメラマンに仕事を依頼しなくても済むようになります。

性能は日々進化している

「いやいや、実際にファイアフライを使ってみたけど、生成される写真がなんか変だから、プロに修正させないと実用面では使いものにならないよ」

という意見もあるかもしれません。「日本のオフィスでパソコンに向かって文字を入力する女性」というテキストから生成された写真の指が6本あった、みたいな話はよく聞きます。

ただ、プロのクリエイターにとっての問題点は、AIの性能がこの先もずっとこの程度ではないというところにあります。ファイアフライのAIは大量の画像を読み込んで常に学習を重ねていますから、その作画性能は日々進化しています。今は人間のクリエイターの方が優れていたとしても、3カ月後、1年後にはどちらの方が優れているのかはわからないのです。

「でもプロのイラストレーターや写真家はファイアフライに学習用の作品を提供することで使用料を得られるはずだよね」

はい。それは間違いではありません。確かにアドビでは、AIに学習させるためのイラストや写真として著作物は使わず、あくまで学習用の素材は有償で集めてファイアフライを完成させていくと表明しています。ただ、その報酬額は現状では非公開です。

しかし、そのようなAIの学習用素材に対して支払われるイラストの使用料の方が、イラストの販売価格よりも高くなるとすれば、ファイアフライの提供するイラストの使用料はこれまでのクリエイターが自身で作ったイラストの使用料よりも高くなるはずです。

実際は逆で、あれだけ安くイラストが提供されているのですから、ファイアフライの裏側で儲けることができるクリエイターはごく一部になるはずです。

先ほどAIが生成した絵画や写真が最優秀賞をとった話をしました。この点について補足しておくと、生成AIには創造性がありません。模倣しかできないツールがなぜ最優秀賞をとれたのでしょうか?

実は、写真コンテストで最優秀賞を受賞したAI作品を作ったのは、世界的な写真家だったのです。

一流はAIでよりハイレベルの仕事ができる

つまり生成AIを一流のアーティストが使えば、普通のイラストレーターや写真家よりもいい指示が出せるので、完成度の高い絵画や写真が創りだせるのです。

こうして生成AIは、才能のある人材が生み出すアートを、今までよりレベルの高いものへと変えていくことでしょう。一方で、並の才能が生み出すアートはAIの創りだす模倣品を超えることはできません。これが、私がこれからクリエイター業界で起きると予想していることです。

結論から言えば、平凡なイラストレーターや人並の写真家という仕事は、生成AIの出現で一気に消滅の危機が早まってしまったのです。

このような仕事消滅の危機に関して、日本人はあまり真剣に捉えていないのかもしれません。2023年、ハリウッドでは生成AI規制を求めて長期間にわたる大規模なストライキが起きました。なかでも俳優と脚本家の抱える問題は深刻です。

たとえば、生成AIが学習するための演技素材としての仕事が、非常に安い賃金で募集されています。俳優がカメラの前で求められた演技をすると、それが生成AIの学習データになるのです。表情、身振り手振り、アクションといった一度きりの演技が、その後何度でも使える生成AI用の学習情報として蓄積されるのですが、その賃金が映画の出演料よりも安くなっているのです。

また、脚本家の状況も深刻です。映画には過去100年の歴史があり、脚本家は過去の名作を学習することでよりよい脚本を生み出そうと努力しています。

AIに仕事を奪われそうになったら?

ところが生成AIは、人間の脚本家よりもその学習スピードがはるかに速いわけです。まったく新しいコンセプトのストーリーではない映画やテレビドラマの脚本を考えるのであれば、生成AIは人間の脚本家の強大な敵になります。

たとえば、生成AIにこのような指示をするとします。

「映画『タイタニック』をウクライナ紛争に置き換えて脚本を生成しなさい。キーワードは“結ばれない相手との情熱的な恋”で、“突然起きた命の危機”に巻き込まれながらも、最後には“悲劇的なクライマックス”が待っている、そんな脚本にしてほしい」

というように、何度かチャットを繰り返しながらコンセプトを入力していくと、新奇性には欠けるものの、ある程度売れそうな映画脚本の骨格が数時間で作れるでしょう。

このように、一番の骨格となる部分を過去のヒット作を模倣する形でAIに作らせて、細部は駆け出しの若手作家に格安の報酬で依頼するような脚本づくりが常態化してしまったら、映画業界はどうなるのでしょうか? ですから脚本家の組合はいち早く動き、プロデューサーに対して脚本にAIを使わないように要求したのです。

日本ではイラストレーターの世界で同様の問題が起きています。生成AIに萌え画を学習させれば、ゲームの新キャラも、新しい漫画作品の主要人物も簡単に生成できます。一瞬で数万種類のゲームキャラを生成することだって可能です。

あらゆる表現者の分野で仕事が消滅

ただ、日本人はこのような問題に対して、誰にどう抗議すればいいのかわかっていません。インターネットが出現したときは旅行会社の数が減ったり、大手証券会社の社員が減ると予測されていました。そして10年経ってみると実際にそうなりました。

音楽のサブスクが始まったときも、CDの売れ行きは大幅に下がっていくと予測されていました。実際そのとおりになって、古いやり方を続けていた音楽アーティストたちは、どうやって生計を維持すればいいのかまったくわからなくなりました。

これと同じことが、2020年代後半から2030年代前半にかけて、あらゆるクリエイター、あらゆる表現者の分野で起きていきます。クリエイターとしての職業はなくならないかもしれません(なくならない可能性は高いでしょう)が、どう考えてみてもイラストレーターも、写真家も、脚本家も、役者も、かなりまとまった量の仕事が消滅することは素人でも予測できます。

世の中には「パレートの法則」というものがあります。「2:8の法則」とも呼ばれていて、どのような分野においても特定の2割の要素が、8割の結果を生み出しているという意味の法則です。

たとえば、店内に5000アイテムが並んでいる小売店で2割に相当する1000アイテムが、お店の売上の8割を占めているとか、上位2割の常連客が、延べ来店客数の8割を占めているなどといった事例が挙げられます。

マクロ経済から考える仕事消滅

もちろんこれは経験則なので、ちゃんと調べてみると3:7だったとか1:9だったとか細部はさまざまでしょう。

富裕層であれば、上位10%が世界の8割近い富を、上位1%がそのうちの4割を占めていると言われています。富裕層は上位集中が顕著に表れているジャンルの1つですが、同様に映画俳優にしても、小説家にしても、音楽アーティストにしても、上位集中が際立つ仕事では10%のクリエイターが8~9割の利益を生んでいるほどです。

では人工知能がクリエイターの仕事を奪い始めた場合、仕事が減ってしまうのはどちらでしょうか? 人気俳優と駆け出し俳優、人気作家と名もなきライター、売れっ子漫画家と同人誌作家─すべてのジャンルにおいて、仕事が減るのは後者です。

これはホワイトカラーの仕事においても同様です。有能で評判が高く、売れっ子の会計士には大企業からたくさんの仕事が舞い込んできますが、まだ駆け出しの会計士の仕事は徐々にAIに奪われてしまうでしょう。

また、能力の高い営業はAIを武器に、より多くの契約を結ぶことができるかもしれませんが、さほど能力が高くない営業はAIの波にのまれてしまうかもしれません。大企業のオフィスでも給与の高いビジネスパーソンと非正規の事務職を比較してみると、仕事が減るのは明らかに後者となるでしょう。

 

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「2:8の法則」に倣ってみると、後ろの8にあたる人たちの仕事の方が、AIによる仕事消滅の悪影響をもろに被(こうむ)ることになるわけです。

次に挙げる未来予測を例に、もう少し具体的に想像してみましょう。

「この先、AIによって世の中の業務やタスクの3割が消滅するだろう」

ざっくり言えばこれが、現時点で大多数の人たちが予測している未来です。では、この消滅する仕事は主に誰が担当しているのでしょうか? 2:8の法則で言えば、8の人たちが担当する仕事が消えていくはずです。というのも、多くの価値を生む仕事をしている2の人たちは、アシスタント的な仕事をすでに8の人たちに外注しているからです。

そう考えると2:8の仕事のうち8の仕事はいずれ5に減って、その5に減った仕事を8の人たちが取り合う計算になります。あくまで単純計算ですが、数字上は2割の売れっ子と5割の普通の人、そして3割の仕事を失う人が誕生します。AIによって世界は2:8の法則から2:5:3の法則へと移行するのです。