漫画家の長谷川町子さんは驚くかもしれない。1946年連載開始の「サザエさん」。連載初期に1歳だったタラちゃんが実在したら、今や団塊世代の後期高齢者だ。フグ田タラオさんが生きる現代社会では「家族」が消えようとしている。

「同乗できる身内はいませんか」。足を骨折した新潟県の80代女性を乗せた救急車両は走り出さなかった。女性に夫や子はいないが、周辺には「治療には家族の同意が必要」とする病院ばかり。救急隊員が付き添える民生委員を見つけ、搬送先で入院が決まったのは約5時間後のことだった。

身元保証人がいないと入院・入所お断り――。2022年発表の総務省の抽出調査で、一般病院や介護保険施設の15.1%がこう答えた。割合を全国に広げれば「お断り」は1万施設を超す。高齢者の孤立問題に取り組むNPO法人の須貝秀昭代表(52)は「『家族』が前提の社会を変えないと、命が救えない」と訴える。

戦後、日本の基準は家族だった。1978年の厚生白書には、同居は「我が国の福祉における含み資産」との記述がある。当時は高齢者の約7割が子供と同居し、面倒をみるのが当たり前とされた。80年代には配偶者特別控除や専業主婦の第3号被保険者制度が導入され、家族像が固定化されていった。

同じころ、欧州は経済的苦境から抜け出すため女性活躍にかじを切った。日本と真逆の政策は、共働きを前提とした子育て支援につながり、比較的高い出生率の要因とされる。

京都産業大の落合恵美子教授(家族社会学)は「80年代の経済的成功が改革の意欲をそぎ、家族モデルが固定された。女性の社会進出の遅れは『失われた30年』の要因にもなった」と指摘する。

家族の姿は半世紀で一変した。2020年の国勢調査では単独世帯が一般世帯の38%を占めた。「サザエさん」型の3世代同居は4.1%。家計調査が標準世帯としていた「夫婦と子供2人」は1割を切る。非婚化が進み、およそ3組に1組が離婚し、死別後も長い人生が待つ。迫る「総おひとり様社会」と日本はどう向き合うべきなのか。

兵庫県尼崎市。70〜80代の単身女性たちが「近居暮らし」を15年続けている。友人7人が集まり「個個セブン」と名付けた。普段の生活は独立しているが、不測の事態が起きれば互いの部屋に駆けつける。未婚に死別、離婚と遍歴は様々だが、経済的に自立した人生を歩んできた。互いの介護はしない。認知症で施設に移ったメンバーもおり、近居は4人に減った。人間関係には煩わしさだってある。それでも、最年少の川名紀美さん(76)は「仲間が近くにいてくれたおかげで、人生が充実した」と語る。

日本の高齢化率は29.1%で世界トップ。世界に先んじて高齢化、少子化、人口減少が進む。昭和の家族像を脱し、誰もが安心して暮らしていける「日本モデル」を確立することは、将来同じ社会課題に直面する世界の道しるべとなりうる。大事なのは「個」を「孤」に変えない社会づくりだ。

神奈川県大和市は21年、「おひとりさま政策課」を設けた。交流の場の紹介や終活支援などに取り組む。高齢者の単独世帯は42.4%に上り、窓口には「金はあるが独り」「家族に迷惑をかけたくない」と高齢者が訪れる。阿部亨課長は「孤立を防ぎ、最期のサポートをするのが我々の役割」と語る。

横浜市のすすき野団地では23年12月、高齢者支援の事業者などでつくる団体が実証実験を始めた。家族の支援を受けられない高齢住民に「アドボケーター」と呼ぶ支援者をつける。

身元保証人の役割も想定し、認知機能が衰えた場合の対応を医療機関や介護事業者と協議する。団体代表の黒沢史津乃さんは「専門職として家族の代わりに意思決定を支える存在になれば」と期待する。

サザエさんから73年。19年連載開始の漫画「SPY×FAMILY」は赤の他人だった男性スパイのロイド、女性の殺し屋ヨル、超能力少女アーニャの3人が「家族」を演じながら支え合い、絆を深めていく物語を描く。

小さな挑戦を重ねよう。アーニャのような少女の未来を、「個」が豊かに生きられる社会にするために。

 
〈あのとき〉1969年、標準世帯は「夫婦と子供2人」

戦後日本の家族像は、昭和の高度成長の中で固まった。旧総理府統計局の家計調査に「夫婦と子供2人」の標準世帯モデルが登場したのは1969年。東京五輪の5年後だ。

60年代、人手不足に陥った都市部に地方から若者が流入。多摩ニュータウン(東京都)など都市郊外に大規模団地が建設され、核家族化が進んだ。会社員の夫が家計を支え、妻が専業主婦として家庭を守る家族像に基づき、社会保障制度や税制、住宅政策が整備された。

家族縮小の足音は忍び寄っていた。「わが国の出生力、人口再生産力は人口学的基準からみて下がり過ぎている」。69年の政府の人口問題審議会の警句だ。第2次ベビーブーム期の73年に合計特殊出生率2.14、出生数約209万人に達したが、89年には「1.57ショック」と呼ばれる戦後最低の出生率を記録した。

90年代に入ると、共働き世帯が専業主婦世帯を上回る。子供が結婚せず、親に依存する「パラサイト・シングル」も話題となった。2022年の出生数は過去最少の77万人まで減った。

 

それでも、昭和の家族像が社会の安定と結びつくイメージは根強い。中央大の山田昌弘教授(家族社会学)は「結婚して子供を育て、マイホームを買うことが豊かさの象徴という価値観が中高年層に共有されたままだ」と指摘する。

もはや昭和ではない。22年版の男女共同参画白書は制度や慣行の見直しを促した。年金の標準的な給付水準を示す「モデル年金」も会社員と専業主婦世帯だけでなく、共働きや単独世帯などの金額も公表する方向で検討が始まっている。

新たな家族のあり方を模索する動きもある。

20年に1世帯の平均人数が2人を下回った東京都。JR渋谷駅から徒歩約5分の複合ビルの住居フロアで、0歳〜60代の100人を超す「拡張家族」が血縁を越えてつながる。家族代表の石山アンジュさん(34)は「定義はなく依存しあうこともない。100人がそれぞれの背景を持つ。地縁や血縁に縛られず、自分に合った環境として選ぶ場所」と語る。

漫画は価値観の変化を映す鏡かもしれない。終戦直後に連載が始まった「サザエさん」は家父長制の色が残る3世代同居が舞台。「クレヨンしんちゃん」は郊外の核家族を描く。そして「SPY×FAMILY」は、血縁のない「疑似家族」が織りなす物語だ。

集英社の担当編集者、林士平さん(41)は「個が尊重される時代で、家族も縛り合わずにゆるやかにつながる。そんな家族観が自然と反映されている」と話す。