(抜粋)
「補給革命」がもたらす常識の変化、つまり主導権が前線側から補給線側に移ったため、どちらの場所で勝っていることがすなわち「好況」なのかということについても以前の考えが通用しなくなってしまったことである。
つまりもしこの時期の経済戦争を、企業が製品を売買する実体経済前線の「野戦軍的部分」と、後方の補給・兵站を担う「鉄道網的部分」たる金融部門に分けたとき、従来の常識からすれば前者が勝っていることすなわち「好況」だったのだが、金融スーパーハイウェイの登場によって立場が逆転し、後者が不調になることすなわち「不況」となったのである。
そして日本の場合バブル崩壊の時点では、後者の鉄道網が大打撃を被ったものの、前線の野戦軍的部分はいまだに勝ち続けていた。実際このときにおいても日本の製造業はむしろその競争力が強過ぎることを心配せねばならない有様だったのであり、そしてこのちぐはぐな状況が混乱をさらに広げることになった。
要するにほとんどの日本人は勝ち続けている実体経済の競争力だけを見て「まだ勝っている」と錯覚し、金融システムの打撃などは前者が好調である限りさほど心配する必要はないという従来の常識からなかなか脱却できなかったのである。
(コメント)
市場シェアは目標であるには変わらない。
しかしその奪い方が従来と変わったということだ。買収がその方法で補給革命の象徴のようだ。
「補給革命」がもたらす常識の変化、つまり主導権が前線側から補給線側に移ったため、どちらの場所で勝っていることがすなわち「好況」なのかということについても以前の考えが通用しなくなってしまったことである。
つまりもしこの時期の経済戦争を、企業が製品を売買する実体経済前線の「野戦軍的部分」と、後方の補給・兵站を担う「鉄道網的部分」たる金融部門に分けたとき、従来の常識からすれば前者が勝っていることすなわち「好況」だったのだが、金融スーパーハイウェイの登場によって立場が逆転し、後者が不調になることすなわち「不況」となったのである。
そして日本の場合バブル崩壊の時点では、後者の鉄道網が大打撃を被ったものの、前線の野戦軍的部分はいまだに勝ち続けていた。実際このときにおいても日本の製造業はむしろその競争力が強過ぎることを心配せねばならない有様だったのであり、そしてこのちぐはぐな状況が混乱をさらに広げることになった。
要するにほとんどの日本人は勝ち続けている実体経済の競争力だけを見て「まだ勝っている」と錯覚し、金融システムの打撃などは前者が好調である限りさほど心配する必要はないという従来の常識からなかなか脱却できなかったのである。
(コメント)
市場シェアは目標であるには変わらない。
しかしその奪い方が従来と変わったということだ。買収がその方法で補給革命の象徴のようだ。