大嘗祭の準備編
平安時代の『延喜式』(巻7、第7)
『践祚大嘗祭式』によると
践祚大嘗祭
11月下卯(卯日3回の中卯)に始まり
辰・巳の両日の節会
午日の豐明節会まで、4日間に亘る盛大な儀式
これら一連を総称して、大嘗会と呼ばれています
尚、天皇の即位が7月以前であれば、その年に
8月以降ならば、翌年に行います。
五穀豊穣を御祝いするこの儀式、新嘗祭。
でも、今年は、新天皇の即位された初めての年ですので
大嘗祭 と呼ばれ、格上の儀式と成ります。
日本全国から様々な食べ物が治められますが、
先日、ブログに書いたように
日本の象徴は、 お米。
なんですね〜
(お写真は、産經新聞様から拝借させて頂きました)
真ん中の稲穂を捧げていらっしゃる方が
今回、悠紀斎田 栃木県大田主様の
石塚 穀男さんです。
そのブログはこちらです〜 ⬇️
お米の選定は、亀の甲羅を焼いて
その亀裂により神意を占う方法
ト定で決定されます。
古来から
この方法が遣われてきました
悠紀・主基国の斎田のト定
大嘗祭に用いる稲を植える
悠紀国(ゆきくに)・主基国(すきくに)
2国を決定します
悠紀(ゆき)とは、『斎忌(ゆき)斎み清まわる意』
あるいは、『斎城』(聖域の意)を意味し
主基(すき)とは、『次(ユキに次ぐ意』
との意味がある。
悠紀・主基国の選定は
天武2年(673年)の播磨国と丹波国が最初です
それ以降は、
ほとんど京より東に悠紀、西に主基が選ばれました。
今回は
悠紀斎田 石塚 穀男 『とちぎの星』
主基斎田 中川 久男 『キヌキカリ』
偶然ですが、お二方、
どちらもお名前に、男が付くんですね。
実際にお逢いした石塚さんは
本当に人格、物腰、経歴、ご家族さまも
全てが素晴しいお人でした。
この佳き日に、天皇陛下と一緒の
石塚さんの とちぎの星を頂けるシアワセ
でございます
この、とちぎの星は、
平成26年に登場した栃木の新たな顔。
特A経験が多い なすひかり を父に持ち
27年、29年、30年産で日本穀物検定協会による
食味ランキングで最高評価の『特A』を獲得された
ぷっくりと大きく、豊かな甘さが特徴の
しっかりした噛み心地がある冷めても美味しいお米です。
平成当時の 悠紀斎田 は、秋田県
当時できたばかりの あきたこまち
が選ばれて、今では一大ブランドとなりました。
素晴しいタイミングで選ばれた とちぎの星 は
きっと、日本中の人を虜にするために
生まれてきたのでしょうね
見て見て〜
ツヤツヤピカピカ✨
応援してまーーす!
食べてみたーい!という方は
お気軽にお超え掛けくださいね〜
そして。
日本は一神ではなく、
全て陰陽の
二極を極めることを大切にしてきた証拠が
この、悠紀国(ゆきくに)・主基国(すきくに)
に現れているのではないでしょうか。
現在は、全国各地からお供え物をしておりますが
『延喜式』、『貞観儀式』によると
阿波、紀伊、淡路の3国のみに
限られ、
阿波の麻植忌部が、『山幸』と『川幸』
那賀郡と紀伊国海部群の潜女が 『海幸』
阿波国三原郡からは陶器類が準備された。
このお供え物のことを、由加物といい
本来の意味は、雑器具類、
神様にお供えする斎み清めた容器=斎甕(ゆか)
の説があります。
この、雑器具類を貢進するのは
河内、和泉、尾張、三河、備前の5ヶ国が決まっていました。
こちら全てを天皇陛下が日本を
代表して、神様と一緒にお食事を共にされ
感謝の気持ちをお伝えする行いが
新嘗祭の大切な儀式の1つです。
ですが、今回は
新嘗祭の中で一世一代の 大嘗祭
その一番の大切な行事は
麻の繊維で織られた 麻織物「麁服(あらたえ)」が
重要となるんです
つづきます
こちらは、全て
徳島阿波忌部の歴史研究家
林 博章先生の
天皇即位と大嘗祭
から抜粋させて頂きました。
大嘗祭にご興味の在る方、是非
お勧め致します。