やめた訳ではありませんいやいや毎日何やってるんだ私
前のブログでも書きましたが、私の育った家は大家族だったので、幼少期はかなりの貧乏暮らしでした。それだけでも色々書けそうですが、それよりも何もよりも私の父はかなりの大酒飲みだったのです
昔、ビートたけしさんの幼少期を描いた「たけしくん、ハイ!」というドラマがありましたが、そこにでてくるたけしさんのお父さんによく似ていて私はそのドラマが大好きでした。
根はすごく真面目なのに、お酒を飲むと…ってやつです

当時は色々恥ずかしかったり嫌だなぁと思う事は多々ありましたが、今となってはかなりの面白いおやじ様だったんだなぁと思えるのです
(過去形になってますがまだ元気に生きてます笑)
私が保育園児時代の思い出…
当時父親の仕事の関係で杉並区の高級住宅地の中に社宅(一軒家)があり、そこに家族8人で住んでいました。一軒家と言っても結構な古〜い木造平屋のお家で高級住宅地の中にこんな家が
って感じの家でした

それでも私達家族にとっては思い出の家なので引っ越して30年近く経った今でもその家に住んでいる夢を見ます
休みの日に、父親に連れられて兄と姉と私と4人で父親の会社の先輩の家に総武線に乗って行きました。その先輩のおじさんはとても優しい人だったので私達は喜んで行きました。
そこから帰りの記憶しかありませんが、帰り道すでに父はぐでんぐでんに酔っていて先輩のおじさんが心配して私達の最寄りの駅まで送ってくれました。しかし、私達は恥ずかしかったのかおじさんと父とは別の車両に乗って帰ったのを覚えています。
子供って正直だけど残酷ですよね

私は保育園児ながら、どうか友達や知り合いに会いませんように
と心の中で思っていました。
そして駅に着き、おじさんはそこでさよならしました。そこからは子供達だけで泥酔した父を連れて帰らなければいけません
3人で片腕ずつ持ってフラフラな父を支えながら駅の階段を登ろうとしたその時…
「○○ちゃん?」と私の名前を呼ぶ声が…
振り返ると保育園のお友達とママでした
私達を見るなり
「えっお父さん?ど、どうしたの?」
と驚いた様子で、
事情を説明すると
「あっそうなの…大変だね…」
と一言、苦笑いされ去って行かれたのをよーく覚えています
それから地上に出てタクシーを捕まえるまでがどんなに大変だったか

当時小学校高学年で思春期だった兄は、きっと誰かに会ったら恥ずかしかったのでしょう、母に電話をしてくると言って気付いたらどこにもいませんでした笑。(その後30年以上、何かある度にその事を兄に言い続けています
)
保育園児の私と3歳上の小学校低学年の姉と歩く事もままならない父を2人で抱えているのに、最初に捕まえたタクシーは父の泥酔状態を見て乗せてくれませんでした…
今思い出しても、なんて情のない運転手
幼い女の子2人が必死で捕まえたのに…(吐かれても嫌だしその状況がありえないのか笑)
幼い女の子2人が必死で捕まえたのに…(吐かれても嫌だしその状況がありえないのか笑)その当時のタクシーはみんなそんな感じだったのか、たまたまついてなかったのか、なかなか止まってくれるタクシーが見つからず、30分位大通りで苦戦しました。その間、父は近くの柵の下で座り込んでいましたが

その後、情のあるタクシーを捕まえる事ができ、私達は無事に家に帰る事ができましたが帰ってからの兄に対するバッシングは今だに続いてます笑
それ以外にも、私が小学校低学年の頃に、近所のお花屋さんが火事になり全焼した時も真向かいのおばさんが急いでうちに来て「○○さん!お宅のお父さんが騒いでて大変よ!早く行って‼︎」と凄い剣幕で言いに来ました。
母と私が急いで現場に行くと消防車が何台も来ていて消防隊員の人がロープを引いて野次馬を制止している先頭に酔っ払っている父が…
そして父は「俺が消すんだ!俺が消すんだぁ〜‼︎」と何度も大声で叫んで消防隊の人から止められていました
お花屋さんの真向かいには酒屋があり、私の同級生の家でした。当然同級生や近所の子も沢山見ている中で父は火事の炎と負けない位、みんなからの注目を浴びていたのでした。
私はその光景を見て顔が真っ青になり母が急いで止めて連れて帰る中、人混みに隠れて知らないふりをした記憶があります。そこの酒屋にはしょっちゅう買いに行っていたので私の父だという事は皆知っていますが
普通の感覚の人に話すと完全に引かれるのでここでしか書けませんが、とんでもない迷惑話ですよね

母は本当に大変だっただろうなぁと思います
泥酔話は他にも山ほどありますが、今そんな親子がいたらうちの父は大バッシングを受けるんでしょうね〜
当時は、あらお父さん大変だねー

位の感覚でした。
今となってはその時代が懐かしくもあり、私達の幼少期はとても幸せだったんだなぁと思います。
ありえないと思っていた父のおかげで
色々な経験をしたせいか
私は大人になってどの会社に入っても
接客業でお客さんの前に立つ初日でも
「○○さんて動じないよね〜!」と先輩方によく言われていました。
実際は緊張したりしていますが周りからはそう見えなかったみたいです。
まぁこんな経験あまりしないですからね笑。
でも、何事にも動じない精神はきっと他の誰でもない父のおかげなのです。
そして、それは私の経験値と(なんの?)度胸をかなり上げてくれたのでしょう笑。
当時は嫌だなぁ恥ずかしいなぁ
と思っていた事も
今となっては強烈な思い出として
どこか懐かしく愛おしいとさえ思える
思い出に変わっています。
何ならその頃に戻って、その時を楽しみたいなぁとさえ思います。
きっと普通の平凡な日常ならこんなに鮮明に覚えてないんだろうなぁと。
今だに街中や電車内で酔っ払いのおじさんと遭遇して、こっちに来るなよ来るなよ〜と思っていると必ずと言っていい程話しかけられるのはそんなオーラがでているのでしょうか笑。
とはいえ誰よりも免疫があるので
全然普通に話せますが
それも、父のおかげです
大人になって父にその事を話すと全く覚えてなく、それは悪い事したなぁとバツが悪そうに謝ります。
大人になった子供達にとっては、嫌な思い出でとしてではなく、懐かしい笑い話として記憶に残っています。
親と子供の感じ方は違うんですよね。
幼少期の嫌〜な思い出は
いつか懐かしく愛おしい笑い話に変わっていく

自分の子供も何かあった時に、いつかそんな風に思ってくれればいいなぁと思います