ストレイドッグブルース


こんな平日でしかも昼間に来てもいないのはわかってるんだが…チャイムを押してみる。案の定反応がない。確か十数年前に来た時は近くにコンビニがあったはず。あぁそうそうあっちだ。行く道端に何やらピンクの籠が落ちてるのが目についた。ペット用のケージだ。子供の字で『誰か拾って下さい』と書いてある。捨て犬のようだ。そう言えばあいつが子供の時も同じことがあった。あの時は母さんが反対して飼ってやれなかったっけ。泣きながら同じように画用紙に書いて家を出ていったなぁ。もうあれから何年経つだろうか。空を見上げて想い返す。そうこうしている間にあっという間にコンビニに着く。酒の自販機と清涼飲料水の自販機が並ぶ。昼間で外でビールを飲むわけにもいかないしコーヒーでも買うか。

プシュッ

一息つく。それにしても有給まで取って何をしているのだろうか。もう一度空を見上げる。遠くの空に怪しい雲が立ち込めている。まだ降らない雨を避けるように店内に入る。

「いらっしゃいませー」

間延びした店員の声が店内に響き渡る。あいつは傘を持っていったのだろうか。そう思った時には二本買っていた。

「ありがとうございましたー」

大学生くらいの元気のいい声を背に店を出る。まだ時間はあった。先ほどのピンクのケージを覗き込む。

うわんっ

あんたなんかに頼らなくても生きていけるぞ!と言わんばかりに吠えてきた。少しビックリし思わずのけ反った。しかしその威勢のいい鳴き声に下校途中の小学生の集団が寄って来た。きっとあのうちの誰かがまた持って帰るのだろう。そう思うとなんだか安心した。子供達の微笑ましい眺めに後ろ髪を惹かれつつも駅に向かって歩き始めた。

ポツリ

案の定振り始めた。それにしてもなんて言うべきか。たまたま通りがか…るわけはないし。誕生日を祝いに来た。なんて今まで一度もないし。ただ会いに来た。なんて余計に不自然だし。果たして何て言ったらいいものか。いろいろ考えているうちに駅に着いてしまった。

『駅構内濡れておりますので大変滑りやすくなっております…』

雨のアナウンスが構内に響き渡る。腕時計をしきりに見るサラリーマンは下げていた鞄を急にかかえ出して空を気にしながら通り過ぎる。改札の高校生は携帯電話を取り出し迎えでも呼ぶのだろうか操作しながら歩いていく。そもそもここを通るのだろうか?まだ仕事中だろうか?あの高校生のように携帯電話に連絡を入れてるべきだろうか。

「父さん」

ふいに後ろから声がした。

「あぁ」

いろいろ言おうと考えていたのだが声が詰まった。

「久しぶりね。どうしたの突然」

「仕事だ」

つまらない嘘をついてしまった。バツが悪い。

「あぁそう…」

「………」

気まずさを隠すように買ってきた傘を差し出した。

「あ、ありがとう」

「あぁ」

「待ってたの」

「いや」

また嘘を重ねた。

「そう…」

「………」

結局いろいろ考えてきた事は何も言えなかった。間に母さんが入らないといつもながら会話が続かない。

「家によるんでしょ」

「あぁ」

「じゃあ行く?」

「あぁ」

自分が思うほど気まずい関係ではないらしい。

「仕事は順調なのか」

「う、うん。順調よ」

意外に軽い返事を返してきた。

「後輩も増えたし、最近は頼られるんだから、頑張らないとって、もう毎日大変よ」

「そうか」

「うん」

「………」

こいつは嘘を吐く時は饒舌になる。そういうところは母さんにそっくりだ。

「向こうは変わりない?」

「あぁ」

「………」

「………」

もっといろいろ聞いてやりたいが何も浮かばない。

「酒でも飲むか」

やっとのことで声が出た。

「うん。ありがとう。じゃあ部屋を片付けてくるね」

「じゃあ後で」

背中を見送ってまたコンビニへ向かう。

うわんっ

先ほどの小学生の集団は無くなり、ピンクのケージのそばに雨で字がにじんだ画用紙だけがさびしげに道端にたたずむ。声の主の姿が直接見えないだけに余計にさびしげである。座り込んでまた覗き込む。

「寒くないか」

持ってきた傘を置いてコンビニまで走る。

「いらっしゃいませー」

店内に入ってビールを二缶手に取る。そう言えば誕生日であったことを思いだしケーキを取る。こんなケーキで喜ぶだろうか。まぁ気にしたところでしょうがない。もう一本傘を買って店を出る。

「ありがとうございましたー」

店を出ればすぐにマンションが見えてくる。しかしオートロックのマンションだったので部屋番号を押して呼び出す。

『はーい』

『私だ』

『片付け終わったわよ。今、開けたからきて』

自動ドアが空き、エレベーターに乗る。家に行って何を言うべきか。ここに来てまた悩む。部屋の前に来てチャイムを押す。

「開いてるわよー」

「オートロックでも玄関は閉めておきなさい」

「今父さんが下のチャイムを鳴らしたから開けたのよ」

「ならいいが…」

母さんのようにうまく叱ることはやっぱり自分には出来ないようだ。

「傘はそこに置いておいて」

十数年振りの娘の部屋に上がり込む。見渡せば質素だが本棚に不自然に伏せてある写真立てを見つけ、立て直すと…

「久し振りね」

「あぁ、元気してたか」

何事もなかったようにあわてて座る。

「うん」

「そうか」

「………」

「今年のお盆は忙しいのか」

「うーん。まだわからないよ」

先ほどの様子だと仕事は上手くいってないらしいがここにいるのは写真の男のおかげという所だろうか。

「そうか」

「今年は7回忌で坊さんに経でも読んでもらおうかと思う」

「そっか」

「………」

「………」

母さんのようにうまく会話が続かない。確かにこちらでも居場所を見つけたのなら足が遠のくのも仕方がないのかとも思う。でも逆に一目会えただけでいいかとも思う自分もいる。

「じゃあ行くか」

「えっもう行くの?」

「あぁ」

「ちょっと待って」

ケーキを買ってきたのを忘れていた。

「あぁ、これ食うか」

「えっ、何?ありがとう」

「誕生日だろ」

「あ、ありがとう」

「いつものとは違ってごめんな」

誕生日はいつも母さんのケーキだった。

「ううん」

「じゃあ」

「今日は出張だったの?」

「あぁ」

また下手な嘘をついてしまった。

「下まで送るよ」

「雨だからいいよ。じゃあ」

「じゃあ」

部屋を出た。これじゃ何をしに来たのかわからない。まぁでも次に来る時は一人じゃないのかな。母さん何て言ったらいいものだろうなぁ。いつの間にか夕暮からの雨は止んでいた。先ほどの犬はどうしただろう。やっぱり一人ぼっちだった。

「やっぱりここにいたか」

うわんっ

「まぁそう言うなよ」

わんっ

「ケージってのは電車に乗せていいんだよなぁ」

くーん

「飼うわけじゃないからな」

くん?

「ただ同居するだけだからな」

うわんっ

「返事だけはいいなぁ」

本当に飼いたいわけではなかった。ただ子供の時のあいつの泣き顔に答えてやることが出来なかった。いつかは違う道を行くのはわかっていたがそれを自ら見つけに来てしまった。あの時かなえてやることの出来なかった夢をかなえてやろうと。

「でもあいつが見たら何て言うだろうか」

くん?

「私の時は飼ってくれなかったのにって怒るかな」

くーん

「まぁいいよな」

うわんっ


月が照らす駅までの道を一人と一匹の会話が彩る。

バターケーキセレナーデ

ついてない。今朝あんなに晴れていないのに駅に着いたら雨が降ってきた。仕事の疲れもあいまってなんだか憂鬱さが倍増した気分だ。珍しく家の中で折りたたみ傘を干してきたらこの結果である。ついてない。しばらくすれば止むだろうか。見回せば鞄を傘代わりに走るサラリーマンや携帯で迎えを呼んでいる高校生などいつもの雨の風景である。振り向くと改札を伺う男性がいる。誰か待っているのだろうか。年は父親くらいで背格好も父に似ている…。
「父さん」
「あぁ」
似ているどころか本物だった
「久しぶりね。どうしたの突然」
「仕事だ」
「あぁそう…」
「………」
すると無言で傘を私に差し出した
「あ、ありがとう」
「あぁ」
「待ってたの」
「いや」
「そう…」
「………」
無言の父との会話はいつもこんな感じである。
「家によるんでしょ」
「あぁ」
「じゃあ行く」
「あぁ」
思えば父と歩くのはいつぶりだろうか。十数年前にここに一人暮らしを始めた時だろうか。あの時は記念に受験のつもりだった学校が思わず合格をし、受かるはずもないと高を括っていた母は一人娘の一人暮らしに猛反対をした時、普段は無口な父が味方になってくれ、引っ越しまで手伝ってくれた。そして怒って見送りもしてくれなかった母とは違い、マンションまで送ってくれて以来だ。そう、同じ道だった。
「仕事は順調なのか」
「う、うん。順調よ」
嘘をついた、最近はやりがいも自分の居場所も迷って悩んでいた。
「後輩も増えたし、最近は頼られるんだから、頑張らないとって、もう毎日大変よ」
嘘を重ねた。
「そうか」
「うん」
「………」
父との会話はすぐこうである。そう言えばなんだかんだと理由をつけて実家にはしばらく戻ってなかった。
「向こうは変わりない?」
「あぁ」
「………」
「………」
無口な父と無言の二人の帰り道、なんだか懐かしい。しばらく歩くと私が住むマンションが見えてきた。高校を卒業したての女の子が住むからと父が捜してくれたオートロック付きのマンションである。近くにコンビニや薬局もあり、駅からの道も明るく家賃も安い。就職して自分で家賃を払い始めた頃にあまりの安さにビックリした。一人暮らしをして2年もした頃、入学早々に仲直りをした母はちょくちょく遊びに来ていた。その時に聞いたことがある。高校に入りたての頃にこの学校を受けてみたいと母と話していたのを聞いて。2年かけて探してくれたらしい。
「酒でも飲むか」
コンビニの前で父が声をかけた。
「うん。ありがとう。じゃあ部屋を片付けてくるね」
いつも言葉は少ないがこういうところがある。片付けの下手な私に部屋を片付ける時間をくれたのだ。
「じゃあ後で」
さぁ片付けるか。我ながらこういう機会でもないと片付けないのが情けない。とはいえ物の少ない私の部屋はものの10分もすれば奇麗に片付いた。ふと本棚を見ると別れた彼との写真がまだ飾ってあった。苦笑いをして写真を伏せる。まるで見ていたかのタイミングでチャイムが鳴る。
『はーい』
『私だ』
『片付け終わったわよ。今、開けたからきて』
ほどなくして今度は玄関のチャイムが鳴る。
「開いてるわよー」
「オートロックでも玄関は閉めておきなさい」
玄関を開けた途端に父には珍しく声を荒げた。
「今父さんが下のチャイムを鳴らしたから開けたのよ」
「ならいいが…」
「傘はそこに置いておいて」
部屋に上がり、見回して父は適当な場所に座る。
「久し振りね」
「あぁ、元気してたか」
「うん」
「そうか」
無口な父とはそれだけで十分な会話だった。
「今年のお盆は忙しいのか」
「うーん。まだわからないよ」
「そうか」
母さんが亡くなってからは実家から足が遠のいていた。なんだかんだ理由をつけて年末もお盆も行かないでいた。
「今年は7回忌で坊さんに経でも読んでもらおうかと思う」
「そっか」
「………」
「………」
沈黙が流れる。
「じゃあ行くか」
「えっもう行くの?」
「あぁ」
「ちょっと待って」
寝室に入りタオルを取ってきて父に渡す。
「あぁ、これ食うか」
コンビニの袋からケーキを出した。
「えっ、何?ありがとう」
「誕生日だろ」
「あ、ありがとう」
「いつものとは違ってごめんな」
「ううん」
「じゃあ」
「今日は出張だったの?」
「あぁ」
父の嘘はわかりやす。
「下まで送るよ」
「雨だからいいよ。じゃあ」
「じゃあ」
部屋に戻ると伏せてあったはずの写真が立ててあった。余計なお節介をと思ったがこれがいつもの父だった。無口であまりしかることもなく優しくフォローをしてくれる。開けるとメッセージカードも入っていた。誕生日おめでとうと一言だけだった。思えば子供の頃は母がケーキをいつも作ってくれた。クリスマスの時はお店のじゃなければ嫌だと泣いて父にせがんだらしい。そしてそれは高校まで誕生日は母のケーキ、クリスマスは父が買ってくれたケーキというお祝いだった。一人暮らしを始めた駅から自分の部屋までの道で父が語ってくれた。
『クリスマスケーキなんだがなぁ。父さん本当はお店のより母さんのが好きなんだよな、同じような気がするけど何が違うんだろうなぁ』
『母さんのは最近のお店ではあまり使わないバターケーキなのよ』
『そうなのかぁ。もうお前の誕生日を家で祝うこともなくなるから食べれなくなってさびしいなぁ』
『そんなこと言わないでよ。いつでも帰れるからさぁ。年末とかのクリスマスに母さんに焼いてもらおう』
『あぁ』
そう言えば全然実家に帰ってなかったなぁ。母さんが亡くなってからはさらに帰ってなかった。お盆には家に帰ろうかな。たまにはお菓子でも作ろうかな。まだ父さんお菓子セット捨ててないかしら。

もう夕暮からの雨は止み、夜空を月が照らしていた。

私をスキーに連れてって

彼女が水着にきがえたら

波の数だけ抱きしめて

メッセンジャー

バブルへGO!!タイムマシンはドラム式