藤白神社


紀伊国名草郡
和歌山県海南市藤白466
(P有)

■旧社格
県社

■祭神
饒速日命
[配祀(本地仏)] 熊野坐大神(家津御子大神) 熊野速玉大神(伊弉諾尊) 熊野夫須美大神(伊弉冉尊) 天照大神


紀伊国でニギハヤヒ神を祀る数少ない神社。ニギハヤヒ神を始祖とする、物部氏の正統である穂積氏の嫡流、藤白鈴木氏が代々神主を務めたようです。全国20万の鈴木姓の発祥地としても知られる鈴木屋敷も隣接しています。
◎藤白鈴木氏は10世紀頃に熊野からこの地に移り住んだとされます。当社の創建は景行天皇の御代とされるので、その間の詳細は手元に資料も無く不明。おそらく景行天皇の御代には何らかの祭祀がなされていたとしても、創建はその10世紀のことであったと思われます。
◎中世に熊野信仰が異常に高まり、歴代上皇法皇による熊野御幸は延べ百回。当時は熊野一の鳥居を有し、熊野九十九王子中もっとも格式が高かったとか。御幸の際は当社で必ず宿泊するのが慣わし、歌会、神楽、相撲などの特別な催事も行われていたそうです。
◎式内社でもなく、ニギハヤヒ神という朝廷にとっては少々やっかいなご祭神であるにもかかわらずこれほどまでに人気だったのは、社家である藤白鈴木氏が熊野速玉大社の神職を世襲していたこと、当社が熊野詣の要所の地であったことなどでしょうか。
◎境内には楠の大木(ご神木)が多くあります。なかでも千年楠と呼ばれるものや、子守楠神社という楠の木がご神体の摂社も(ご祭神は熊野杼樟日命)。また民俗学をはじめ多方面に活躍した熊野の異端児、南方熊楠は当社から「熊」「楠」の文字を授かったそうです。




南側の鳥居と大楠


子守楠神社


「紫の水」
川の上流に紫に輝く石があり、宮水の源泉だとされていたそうです。お酒の醸造にも使われているとのこと。