その光の玉は次第に大きくなりはじめた。

私は身動きが取れないまま、ただその奇怪な光景を見ていた。

言葉は失われ速まった心臓の鼓動が内側から響く。

おばけなんてないさっ。

急にその場違いな歌が脳裏に流れる。おばけなんてない。おばけなんていない。帰れ、帰れ、ここはお前の来るところじゃない。私は明るくて元気なんだ。

しかし、その光の玉は明るさを増しながら少しずつ拡大していく。それはより一層存在の証明を表しているようだった。私の必死の願いはどこにも届かず、この部屋のブラックホールに吸い込まれていくだけだった。幸いなのはその光源に悪意のようなものを感じなかったこと。むしろ温かみさえ感じた。

私は強張った身体の力を抜き、その流れに身を委ねることにした。もうどうにでもなれ。

「私はあなたの月の裏側」

と誰かの声が聞こえた。幼い女の子の声だった。
私はその声に驚き、身震いして全身に鳥肌が立った。

「だれ?」

私は光の玉に向かって話しかけた。しかしその声は心細くか弱かった。そして声の主がそこから発信されているかもわからなかった。ただ、それ以外に話しかける対象はない。

「私はあなたの月の裏側」

私は眉間に眉を寄せて、あなたの月の裏側、と心の中で繰り返す。

影の部分?私の深層心理?

…だとしよう。でも、それが一体なに?私の深い部分が私に語りかける?論理的じゃない。いえ、光の玉と会話、根本的に現実の世界からはみ出している。

私はそこで思考を停止させた。もはやどんな解も意味を持たない。困ったものだ。世の中にはどんなに学歴があっても答えられない問題が多すぎる。

「本当は恋愛したいの…」

ぽつりとその女の子は言った。

え?

全く訳がわからない。答えようもない。私は黙って次の言葉が発せられるのを待った。


どれくらい待ったのだろう。時計も見えない、iPhoneもここにはない。時間は感覚でしか計れなかった。体感で10分くらいだと思う。結局その後に続くべき謎解きのヒントは与えられなかった。
それを象徴するように光の玉は姿を消した。

なんだったの。

順序立てて出来事を振り返ろうかと思ったが眠さがそれを上回った。瞼が重く今にも閉ざされようとしている。

明日冷静に考えよう。



光の玉は無から一種のエネルギーとして再び闇の中に輪郭を表す。そして気球のようにゆったりとした動きで眠っている者に近づいていく。それは身体の近くまで到達するとその空間で停止した。

一瞬迷ったように身体から離れ、それから思い直したかのごとく光の速度でその身体に飛び込んだ。