同じ言葉でも

それぞれ違う色がある



「最初はあいつのが好きだったはずなのに…」


そう、彼の背中を見つめながら小さく口走った。

その時点で負けだった。

恋愛に勝ち負けなんてないはずだけどあったみたい。

それは別れを告げられた時。

悲しかった。いや、悔しかった。

違う…寂しかったんだ。






夏が終わる時期なのに延長を繰り返してるような、まだ暑さが残る1年生の9月だった。

話したこともない、違うクラスの男子から告白された。


「茜さん、付き合ってください!」


《森川 茜》

中学生時代は「森川」としか男子は呼ばなかったから、見ず知らずの男子に下の名前で呼ばれるだけでドキッとした。

中学校の時に男子で下の名前で呼ぶのは1人だけだった。それは付き合ってるとかじゃなく、単なる幼馴染。同じマンションで幼稚園に入る前から同じ。兄弟のいない私にとっては兄のような、弟のような存在。そいつだけは「茜」と呼ぶ。

そして中学生の時に結局付き合った人でも

「森川」呼びは変わらなかったので本当に新鮮だった。


「考えさせてください」


そりゃそうだ。

私だって選ぶ権利はある…まぁ見た目は満点なんだけども…性格も良さそうなんだけども…

喋ったことも無いしね…という理由だけなんだけども………


「わかりました」


そう言ってその男子は去って行った。

まぁ言わなくてもわかると思いますが、それが高校に入って初めてできた彼氏になりました。

3日後にはOKしました…悪いですか?

そこから始まる恋もあるのです!!

付き合ってすぐに、何で私に告白したの?って聞いたら、



「楽しそうに友達と話してるとこ見てて…

それで、好きになった」


そんな理由なの!?

楽しそうな人なんて溢れかえってるのに…

変な人…


1ヶ月、2ヶ月と月日を重ねていた。

私はおしゃべりだから、ずーっと話を聞いてくれる彼との時間がどんどん居心地が良くなっていた。どんどん好きになっていた。

だけどたまに彼が長い話をしたい時は決まってこう言う。


「俺の話、聞いてもらえるかな?」


だけど滅多にない。

しかもそれを言われる時は嫌な話が多い。

今度の約束会えなくなったとか他の女の子に告白されたとか…


そして彼は写真が好きだった。

色んな場所に行って、写真を撮って、それをまた2人で見て…


「声も温度も匂いも、何もない思い出が写真なんだ。だけどさ、その笑顔だけで記憶が甦る感覚。

その時の声も温度も匂いも一気に思い出させてくれる。だから写真って思い出の鍵なんだよ」


なんてことを言っていた。

私の部屋のコルクボードには何十枚、何百枚と写真が貼られていた。

どんなに古くなっても外せなかった。

大切な思い出の鍵を1つも失くしたくなかったから。


だけど別れは突然訪れた。

別れを告げられたのは3年生の夏過ぎ。

告白された時と同じような季節だったと思う。

「私の何がいけなかったの?」

そんなこと聞ける余裕も無く、

「わかった」とだけ返して、バレバレの笑ったフリをして…

帰り道はどうやって帰ったのか覚えていない。






もちろん友達公認で付き合っていたから、周りのみんなも驚きを隠せなかった。


「はぁ!?何で!?2人の結婚式行く約束してたじゃん!理由は!?」


「わかんない。聞けなかった…」


「ちょっと調べるから!諦めるにはまだ早いから!ね!」


「いいって〜…」


そのまま友達の恵理は走って行った。


これだけ長く付き合って周りが放っておいてくれるわけはないか…ありがたいと思いつつも、ため息の数は増えていった。

そんなため息と一緒に思い出も消えてくれたらいいのに…

部屋に帰るたびに目に入るコルクボードは裏返しにしてある。だけどまたその裏返しが心を締め付けてきたりする。


少しそのほとぼりも冷めてきた頃、恵理が私の元に走り込んで来た。


「あいつ、好きな子できたっぽい!毎朝バスでK高の女子と楽しそうに話してるの見るって!」


「そっか〜。まぁそれなら仕方ないよ。わざわざありがとうね」



仕方なくなんかない。

忘れられるわけがないんだ。

忘れられてるなら、あのコルクボードはクローゼットの奥に片付けているはずだから…

またいつかひっくり返すことができるかもと心のどこかで期待してしまっているのだと自分でもわかっていた。

そんなある日の帰り道。


「茜!」


私を唯一呼び捨てで呼ぶ幼馴染だった。


「おっ、サッカー小僧。久しぶり!」


「俺の前でサッカーという言葉を口にするな。これでも結構傷ついてるんだぞ」


「ごめんごめん。でも足、良くなったね」


「まぁ結構、経ってるからな。それよりどうした?何かあった?彼氏にでもフラれたか?」


「私の前で彼氏という言葉を口にするな…」


「嘘…?本当に?あのイケメンと噂の彼?」


私はコクリと頷くだけで精一杯だった。

私達は歩く速度を少し落としながら、家までの帰り道に久しぶりに話をした。





「そっか。茜と会わない間にそんなことになってたか。1回くらいそのイケメン君に会ってみたかったけどな〜それで理由は?」


「…わかんない…聞けなかったの」


「聞けなかった?…」


「聞けるわけないじゃん!驚きのが先だもん。まぁもういいのよ。違う好きな子できたみたいな噂もあるし…」


「それさ、言えなかったんじゃない?」


「言えなかった?何で?やましい事があるから!?男はいつもそうなわけ!?」


少し声を荒げてしまった。


「おいおい。俺にあたるなって」


「…ごめん」


「今日はそんな事ばっかだな、全く関係ないのに俺は怒鳴られてばっかだ…まぁ頑張れ!俺も新しい夢に向かって頑張る!」


「うん、ありがとう。夢の話は今度聞かせて!どうせまた卒業式で親達が家の前で写真撮りたがるから、そん時かな」


「あの恒例のやつな。それも高校3年で最後だろうな〜まぁ元気出せ!じゃあな、茜」


「じゃあね、風」


そう言って私は手を振り家のドアを開けた。

そして手を洗い、うがいをして、部屋のドアを開けて、コルクボードをクローゼットにしまった。

いや押し込んだ。

もう少し時間が経ったらちゃんと写真も剥がせるから、それまでちょっとここに居てと心でコルクボードと写真に話しかけていた。



卒業までの時間は長いようで…長かった。

同じ学校だからすれ違うこともある。

心が痛む。そのたびに気付かされる。

まだあいつが好きなんだって…

これが1年生だったら親に転校を申し出ていたかもしれない。

でも卒業間近の3年生になっていた。

そんな心の確認とまだ好きという感情の否定を繰り返して卒業式当日の朝になった。

2つの家族はマンションの1階に集まった。





「はい、並んで〜撮るよ〜」


カシャッ


「こんなに2人とも大きくなって…」


「ちょっとママ、泣かないでよー」


「毎年恒例のやつだね」


家族同士が仲がいい。

だから家の行き来とかも普通にする。

そんなお互いがお互いを大好きな家族。

近所付き合いが面倒臭いっていう人もいるけど、

私は恵まれたんだと思う。

そして恒例の子供達の写真撮影会が終わり、卒業式に向かおうとしていた。


「あれ?定期…忘れたっぽい!ママ、上から落として!玄関にあるから!」


私の家は3階だった。


「何してんのよ〜じゃあちゃんと取ってよ〜」


そう言うとママはそそくさとマンションのエントランスへ帰って行った。


「もう卒業か〜…幼稚園から恒例で続けてきた撮影会もこれで終わりだな」


「かもね。割と楽しかったけどね、私は」


「成長を見比べるのにはすご〜くいいよな」


すると上から声がする。


「茜〜落とすよー」


「はーい」


ママがマンションの下に定期を落とした時に中に入っていた写真がヒラヒラと一緒に落ちてきた。

定期に入るように小さく切った写真。

あんなとこに入れてたの忘れてた。

私が定期を取ってる間に、風が写真を取りに行った。そしてそれを渡してきた時に風が私に聞いてきたんだ。


「これが元彼?イケメンだね〜」


「そうだよ…ハズいから返して」


私の手をかわして、マジマジと写真を見つめていた。


「ちょっと返してよ!」


「ちょっと待って!あれ?どっかで会ったような…」


「え?知り合い?勘弁してよそんなの…」


「あっ…これ病院で…」


「病院?」


「病院で会ったんだよ。俺の新しい夢を最初に伝えた人だ!思い出した!寂しそうに座ってて、体調でも悪いのかな?と思って声かけて、そしたらお祖父さんのお見舞いだなんて言ってて、それで、それで…」


「ちょっと落ち着いてよ!」


「こいつ、アメリカに行くぞ。アメリカに行くんだよ。そう言ってた。間違いない!」


「アメリカ…?」


クウォーターという話はもちろん聞いていた。

だけどアメリカに行く!?

どういう…


「アメリカに?なんでそれをあんたに言うのよ?」


「そんなの知らねぇよ!でも恥ずかしそうに言ってたから、誰にも言ってなかったんじゃないか?わかんないけど…」


すると上から、


「何してんの!?早く行かないと遅刻するよー」


ママの声で我に返った。

アメリカ?バカバカしい。

どういう発想?どういう…


「今日で最後なんだ。確かめてみたらいい!」


そう言うと風は自転車で先に走り出していた。

私は深く考えずに学校に向かい、教室に座った。

クラスのみんなは友達と写真を撮ったりしている。私は机に座ったまま動けなかった。

本当は深く考えてしまっていたから。

卒業式が始まり、私は1組。

ベタに仰げば尊しが流れる体育館に最初に入場し、冷たい鉄パイプの椅子に座った。

あいつは3組。


「続いては3年3組」


アナウンスと共に

在校生、両親や先生などの拍手に包まれながら、担任の先生を先頭に歩いて入場してきた。



……



あいつは居なかった。

それから卒業式の記憶はない。


終わってすぐに3組の担任のところに行った。


「先生!平原くんは何で居ないんですか?」


「何でって、そりゃアメリカに行くからな。

卒業式と重なったけど、しょうがないって事前に言ってきたよ。でも夕方の便だからギリギリ出れるかもなんて言ったんだけど、色々手続きとかあるしとか言って…」


話の途中で職員室を飛び出していた。




「聞いてない…聞いてないよ、三郎!!!」




心の中の自分が聞いたこと無い声量で叫んでいた。教室に戻りカバンを持って教室を飛び出した。

恵理が教室の中から、

「茜!?どこ行くの!?最後のホームルームあるよ?」


「ごめん!欠席!」


それだけ言い残して空港に向かっていた。




空港に着いた時には昼は過ぎていた。

時間も何も聞かずに飛び出したから、時間も場所も合ってるのかすらわからなかった。



だけど…




「三郎!!」




私は見つけたよ、自分が何を言うのかもわからなかったが久しぶりに会った三郎も、やっぱり私の話をずっと聞いてくれた。話というか文句。

溢れてきた言葉を次から次へと口にした。

何で言わなかったのか?とか、感情に任せて泣きながら言っていた。



そして言われたんだ。


「そろそろ行かないと…」


そう言うと三郎は私を立たせて、肩を持って少し距離を置いた。

私は絞り出した声でこう言った。

もう最後かもしれない。

もう帰ってこないかもしれない。

だけど、だけどまだ好きだから。

好きだから、こう伝えた。



「もう会えないの?」


すると三郎は見上げて笑った。


「俺の話、聞いてもらえるかな?」


久しぶりに聞いた。

これを言われる時は、大抵嫌な話。


「爺ちゃん、前にこんなこと言ってたんだ。夢は残酷だって…」



ほら。やっぱり嫌な話。



「だけど今日会った時には言ってたんだ。人生は欲張っていいって…」



何を言ってるの?



「アメリカに行って写真を勉強する。それが俺の夢」



なんとなくわかってたよ。



「だけど、これは俺の人生でもある」



そうだね。だからこういう決断になったんだろうし。



「だから欲張る」



そう言うと三郎は近づいて来て私を抱きしめた。



「まだ茜が好きなんだ」



私も好き。だなんて言えないくらいに涙が溢れてきた。



「だから…」



そう言って、もう一度肩に手を置き、手を伸ばして、私の顔を見てこう言ったの。



「アメリカで待ってる」




え…私の聞き間違い?

待ってるって…え?



そう言うと三郎は私に住所と電話番号が書かれた紙を渡して、そのまま行ってしまった。

私は短大への進学が決まっている。

でも聞けなかった。

2年後でもいいの?って…



空港の外に出ると幾つもの飛行機が空高く飛び立っていた。

信じてるとか、信用してるとか、愛とかそんなんじゃなくて、なんだか心は晴れていた。

三郎のあの言葉を言われた時に決まっていたのかもしれない。

人生は1日、いや一瞬で動く。そして変わる。


「私も欲張ってみようかな…」


ポツリと呟きながら飛び立つ飛行機を見つめて、自分の悲しみや寂しさに別れを告げた。



未来は自分で描く。

いつ描いても、いつ描き変えても

誰にも怒られない。

そんな今の私の未来と同じ真っ白な

「さようなら」を









それは雲一つない晴天の日。


「いつも撮る側だから緊張するな〜…」


「ハハハ…顔が強張りすぎだから!」


「どうすればいいんだよ?」


「楽しいでしょ?幸せでしょ?だから笑えば良いの」


そう言うとカメラマンさんが手を挙げた。


「撮りますよ〜」



カシャッ!



また1枚の写真が増えた私のコルクボード。

その写真はいつ見ても笑える写真になった。

撮られ慣れてない彼が真っ白なタキシードで

苦笑いしている。

私達の最高の思い出の鍵の名前。


【Happy Wedding】