同じ言葉でも

それぞれ違う色がある



「はぁ〜恋したぁ〜い…」

「またそれ!?すりゃいいじゃん」

「そんな簡単にできたら苦労はしません」  





彼女は私の親友、谷川沙織。

常に彼氏が欲しいって言ってる、まぁ簡単に言うと恋に恋する典型的な女の子。

私は…私はなんかそういうのは得意じゃない。

というか、どういう感情なのかいまいちわからない。

だけどもちろん友達の前では、一通りそういう恋だの愛だのはわかってますよ〜ってフリはしてます。そうでもしないと大丈夫?と心配されるから。まぁその気持ちはわからんでもない。

だけど別に今しなくても…と思っている。

誰が付けたかわからない華のJK。




17.18が最高の恋する青春時代だと言う世論。

それは多数派というだけで、当てはまってない人も必ず居る。

だけどここは日本。風潮は多い方に流されて、少ない方は疎外感を抱く…




《山根 愛》

あっ。今、絶対「そんな事言ってるのに、名前が愛かよ〜」って思ったでしょ?

そう、愛です。もちろん読みも「あい」です。


華のJKの最後の1年。

それなりに楽しい毎日。友達も沙織以外にも居るし、バイトしたりそれなりに青春してますが、

やはり恋は青春にはつきものらしく、友達全員恋人居る時もあったりして、そんな時はバイトに明け暮れればいい。

紹介された事もあったけど、全くピンとも来ないし…今は恋は休憩中ってことにしてあります。



そんなラストJK。俗に言うLJK。

そんなLJKの夏が過ぎた頃。

寝坊した私はいつもより2本遅いバスに乗った。

わりと朝は強い方で寝坊なんてしない。

だから遅刻もほとんど無い。


「あんなの観なきゃ良かった…」


深夜にやっていたゾンビ系映画があまりにも駄作で、【7人目のゾンビ】?だったかな?

どう考えたらこういう作品を作れるんだろう?と気になり、いつもなら寝ている時間なのに、どうしてもオチが気になり、見続け、終わった時にテレビを壊そうかと迷うほどのものを見せられ、ベッドに入ってもそのモヤモヤが消えず…今にいたる。


バスに乗っている時間は約20分。

別に自転車でも行けるんだけど、せっかく親が定期代くれるし甘えてみたりしてる。

この20分がかなり重要。

予習、復習はもちろん、インスタみたりとかJKレベルを上げるために必要な時間。

だけどこの時間はいつもよりも混んでるみたい。

しかもいつもの時間のバスなら通過するはずの停留所にも人が居て…


「2度と乗らない…」


そう呟いたあとに、ギュッと中に押し込まれた拍子に足を踏まれた。


「いったぁ〜!!何!?」

「あっ…ごめん」


そこには私より遥かに高いところから見下ろす男の子が立っていた。



「あっ…別に大丈夫」


素っ気なく返しているが、

その人の顔を見るとドキドキが止まらない。

髪は短髪の黒髪で色白。

モデルさんですか!?っていうような目鼻立ち。

多分近くの高校なんだろうな〜見たことある制服…これってS高のじゃない?

私は数秒前の自分の行動を振り返った。

何でちょっと怒った感じの「何!?」っていう言い方しちゃったんだろう。こんなに混んでるんだから当たり前じゃん!事故なのに!私のバカ!

完全に第一印象は最悪なはず…


もちろんそれから顔を見ることはできずに、

気にしてないフリをしながらバスに乗り続けた。

先に降りるのは私。

バスを見送りながら私は思った。



「ゾンビ映画、最高」



そう。これが私の初恋になった。





その日は誰にも言わずに過ごした。

だけど頭の中はあの人の横顔でいっぱいだった。

みんなが言ってる感情ってコレだったんだってわかった気がした。



次の日もいつもより2本遅いバスに乗ってみた。

このバスに乗ってもギリギリ間に合うことがわかったから。

そしたらやはり昨日の彼は乗ってきた。


「あっ…昨日は…」


彼は私の顔を見るなり申し訳なさそうにしていた。私は、


「あっ…別に、全然…」


全然、何!?

なぜ、「全然気にしてないから♡」

と素直に言えないんだ…


もちろんそこから会話が弾むはずもなく、むしろ気まずい空気が流れていた。

だけど恋ってやつは不思議なもので、

劣勢の状況になったって好きな気持ちは増えていったりする。


何日か経ったある日、沙織に相談してみた。





「はぁ〜!何その出会い!?ドラマじゃん!」


「いやドラマだとそのまま良い感じになって、たまたまバイト先で再会して〜みたいになるけど、そんなの無いし…それから普通にいつものバス乗ってるし…」


「だからこれは現実なんだよ!」


「え?どっちよ!?」


「2本遅いバスに明日から乗りな。そんな出会い滅多にないよ。人生に脚本家は居ないの。自分で書くしかないんだからね!頑張って!」



なんだか上手く言いくるめられたのか、わからないが背中は押されたのはわかった。


次の日からまた2本遅いバスに乗った。

やっぱり彼は乗ってきた。

彼は私のことなんて覚えてないはず…と思った時、


「あっ…足、大丈夫でしたか?」


覚えてた。奇跡。


「あっ本当に全然大丈夫です」



……



人生に脚本家は居ないんだ。



「あの〜…それS高校の制服ですよね?」


「そっちは…K高ですよね?」


執筆作業は毎朝続いた。

同じ3年生のS高校の彼。S高校は県内でもトップクラスの進学校。

それからくだらない話から、少し真面目な話まで約15分くらい月曜から金曜までの幸せな時間は続いた。

私は完全に恋をしていた。


だけど初脚本の私にはゴール、いわゆるオチをつけることができない…

なので天才脚本家の沙織さんに伺ってみた。


「そんなの好きです。付き合ってくださいでハッピーエンド、チャンチャン♫だよ」


「それをどうするかを聞いてるんじゃん!」


話にならないとはこういうことか…

でも言わなきゃいけないんだなと静かには感じていた。


「好き」という言葉を。


そんな日が何ヶ月か過ぎたある日。

寝坊しない私がまた完全に寝坊をした。

ドラマや漫画にあるような食パンかじって、髪ボサボサで登校みたいなやつ。

私はバス停まで走った。

その時だった。


キ、キキーーーーー。

鳴り響くブレーキ音。そう、私は急ぐあまりに道路に飛び出していた。

走馬灯とはこういうことかと思っていたら、1人の学生が私を押して助けてくれた。

だけどその彼は足をおさえていた。


「だっだっ…大丈夫ですか?」

私は駆け寄り彼に声をかけた。


「そっちこそ大丈夫ですか?痛ててて…」


「私は全然!救急車呼びますね!」


「間に合うと思ったんだけどな〜…やっぱり足遅いな〜、俺…」


その後、救急車が到着して彼を乗せてサイレンと共に走り去って行った。

救急隊員さんは

「こりゃ折れてるな…」とボソと言い残していった。もちろんその日は彼には会えなかった。


そんな次の日。


「昨日は…用事?」


「ううん。寝坊しちゃって…」


「珍しいね」


今しかない。

昨日の事故がもしかしたら、もしかしてたら、

今日会えていなかったかもしれない。

だから伝えるんだ。胸をギュッとする音が聞こえた気がした。




「あの…好きです」


「え?」


「付き合ってください」


「え?え?ちょっと…」


バス停に止まる音がした。


「返事はいつでもいいです。決まったら声かけてください。それまでは後ろの方に居るから…じゃあ!」


そう言ってそのバス停に降りた。

3つ前のバス停だった。

恥ずかしさで降りてしまった。

そして言ってしまったという現実で顔が真っ赤になった。




そして、次の日もその次の日も彼は私に声をかけてくることはなかった。

1人楽しくなるような曲をヘッドフォンで聴きながら窓の外を見つめる日々が続いた。



そんなある朝。


「愛ちゃん、いいかな?」


「はい」


「この前の話なんだけど…」


「うん…」


「すぐ言えば良かったんだけど…

ごめん、君とは付き合えない」


「そっか!」


なるべく明るく振る舞った。

その後も付き合えない理由を説明してくれていた。

彼は将来の事で悩んでて、今はそれどころじゃない。

そして前まで彼女が居たけど別れた。

でもまだその彼女が忘れられない。

っていうような事を言っていたはず。

淡い期待が招いた代償だ。

次の日からは2本前、そう1年の頃から乗り慣れた空いたバスに乗った。

いつも彼が乗ってくるバス停には止まることはなかった。


そんなモヤモヤが続きながら、卒業式が明日になっていた。

今日も乗り慣れたバスに乗った。

半年以上も前なのにまだ彼の顔がチラつく。

卒業式の予行練習を終え、教室を出ようとした時、沙織に引き止められた。


「前に人生に脚本家は居ないって話したよね?」


「何、急に!?」


「明日の1日だけ、愛の脚本家になるわ、私」


「は?何言ってんの?」


「明日2本遅らせてバスに乗るの。そして彼にもう一度会うの。それが私の書いた、あんたの明日の脚本。そこからはアドリブね」


そういうと後ろ向きで右手をパッと挙げて去っていった。


「ちょっと!どういうこと!?」


「愛の第二話のラブストーリーの脚本書くために必要なの!ばーい」


どういうこと?

でも明日で最後か…

そうか…卒業だもんね





だけど次の日に私はいつも通りの時間に起きて、

いつも通りの時間に家を出た。

いつも通りの時間にバス停に着いた。

いつも通りの時間にバスも着いた。

だけど足が動かなかった。


「乗らないですか?」

運転手さんの大きな声がバスに響く。

運転手さんは首を傾げながらドアが閉めた。


私は2本後のバスに乗った。

もちろん彼もいつものバス停で乗ってきた。

私の顔を見て驚いた顔をしている。

私は笑顔で彼に言った。


「卒業おめでとう」


「あ、ありがとう。でも何で?」


「最後だから」


「最後…そっか…」


「うん。それよりその格好は何?」


彼はいつもの制服ではなく、私服にリュックを背負っていた。


「俺は卒業式には出ずに、アメリカに行くんだ」


「そうなんだ。留学?」


「まぁそんなとこかな。それより色々話してくれてありがとう。凄く他愛もない話が居心地良かったんだ。悩み吹き飛ばしてくれたっていうか、だからいつも話過ぎちゃって…」


ここまでが沙織先生の脚本。

アメリカ行きというサプライズはあったけど、

ここからはアドリブ。

なら、ここもいつも通りで…


「じゃあ最後もすご〜く他愛もない話していい?」


「え?何?」


「【7人目のゾンビ】って知ってる?」


私はそのゾンビ映画が最高につまらなくて、

最高に意味がわからないって事を熱弁した。

彼も楽しそうにいつものように聞いている。

だけどこのゾンビ映画のおかげであなたに会えたとは言わなかったけど…


そしていつも通りの時間に高校のバス停に着いた。

そしていつも通りバスを降りた。

彼はドアが閉まる寸前に「ありがとう」と言っていた。


バスをいつも通り見送る私。

涙は流れてない。

だって最終回じゃないし、ただただ第一話が終わっただけだし。


「愛〜!卒業式に遅刻するよ〜」


沙織が遠くから呼んでいる。


「はーい!今、行く!」




私はもう一度バスの方を振り返った。

もうバスは見えなくなっていた。

私は大事な初恋に別れを告げた。



桜のような甘酸っぱいピンク色の

「さようなら」を






「早く座って食べちゃいなさい!」


何話かの恋愛を繰り返し、

私は結婚して子供にも恵まれた。

あの第一話の恋があったから、今幸せに暮らしている。


「ママは一緒に食べないの?」


「ごめんね、このドラマだけは見逃せないの」



【月曜9時 脚本 谷本沙織】