私がかつてエホバの証人だったことを世の方々にカミングアウトすると、必ず返ってくる質問が「もし、また戻れたらあの教団に戻りたいと思う?」である。

私の返答は必ず「絶対に戻りたくない、二度と、あのマインドコントロールをされる信者としての苦しみを味わいたくないから」である。

なぜ、世の人はこの質問を私にしてくるのだろうか。きっと私のほうにまだカルト願望が残っていないかどうかを確かめたいのかもしれない。

カルトに対する恐ろしさは、誰もが持っている。たとえば、もう辞めている私に面と向かって、「なんだか、おたくから勧誘されそうで怖いわー」と言われたりするのである。

それほどまでに世の人々にとって、カルト宗教は脅威であり狂気なのである。

だから、私がJWカルトを辞めたことは、友人にとっては良いことであるようだ。たとえば、

「ロゴスは両方の世界を知れて、結果的に良かったんじゃないかな」「何かをとことん信じる体験は貴重な体験だよ」「安らげる経験も救われる経験もあったんではないの」「カルトの子供や信者たちの気持ちが分かるじゃない」とか良かった点もあげてくれるのである。

一方で「宗教は良いと思うよ」「世界中の多くの人は宗教を持っていて当たり前だからね」という宗教全般についての返答もある。

それに対して私は「確かに、信心は良いものだよ。でも、判断能力のない子供に小さい頃から、エホバの証人のような宗教行為を強いるのはどうかな」と質問するのである。

そうすると、大抵の方は「うーん、そうだよね、それはないよね」となるのである。

やはり、エホバの証人の幼少時における伝道者任命や献身は、当人への精神的虐待に他ならないのである。