葬儀中に、従兄弟たちから元エホバの証人だった伯母の話を聞くことができました。

伯母は私の両親よりも早く1974年にエホバの証人になっていましたが、夫の迫害が酷くなり、10年ほど経ってから不活発になりました。

その後、20年近くずっと不活発状態でしたが、やがて、地元会衆の長老たちが牧羊訪問してくるようになり、2004年ごろ再び会衆に交わるようになりました。

そして、2010年の地域大会の会場で一緒にプログラムを聞いたこともありました。

当時の彼女は私が長老となったことを、なぜだか大変に喜んでいました。

しかし、その後、哀しいことに伯母はガンにかかってしまいました。それから伯母の闘病生活が始まるのですが、ガンの治療法を調べるために、ネットの情報を様々探るうちに、やがて、エホバの証人の創設者ラッセルはフリーメーソンであり、ユダヤ資本のバックアップを受けていたことを調べあげ、この世界の仕組みについても理解するようになりました、そして、遂にはエホバの証人を否定するようになったとのことです。

彼女が取り入れたそれらの情報の真偽は別としても、自らエホバの証人について調べるようになったことから、晴れて彼女は覚醒に至ったのです。

その伯母は、その後の過酷な闘病生活の末、今年3月に亡くなりました。ですが、その最期を前にして彼女はエホバの証人と決別していたために、葬儀はエホバの証人式ではなく仏式で執り行うことができました。

伯母が自ら選択し判断し決断したにせよ、最後に仏教を選択したことは、親族や子供にとって何よりのプレゼントだったと思います。

なぜなら、親戚や家族皆が、彼女を送り出すことができたからです。その意味では伯母は最終的に子孝行であったと言っていいと思います。