最近ネットで見た記事で、
イスラム教のメッカに世界中からイスラム教徒が集まっている写真とか見て、わざわざソコまで行くなんて宗教は大変だね。信仰心が深いんだねと思うが、
日本人が初詣に並んでいる写真を世界の人が見てもそう思われるという話。
しかも、メッカに集まる人数より初詣の方が多いらしい。どんだけ信仰心深いんだよ。日本人も自爆テロすると勘違いされるだろ。
ちなみに私は初めて車買った時お祓いしましたが、それでも追突事故してしまったので、神様は一切信じていません。まぁ神社側からしたら、お祓いしたから身体は無事だったんだよ。って言うと思いますがね。
ではなんで日本はアメリカに戦争負けたんですかね?神の国なのに。硫黄島で死んだ人は全員神様信じてなかったんですかね?結局、牟田口廉也とかは生きているわけで、神様信じる信じないは関係ない。その組織での立場や、科学力、技術力、経済力、行動力で物事は決まる。神様を信じる信じないは関係ない。神様を信じていようが、通り魔に刺される可能性はある。サリン巻かれた電車に乗ってしまうこともある。
と言うことで私は初詣は行っていません。友だちに誘われれば祭気分で行くことはありますが。
まぁ本人が祭気分で初詣行っても、わざわざクソ寒い中並んで待っていると、外人からは信仰心が篤い、自爆テロを起こす可能性がある人達と同一視されている可能性がありますよということ。
合理的でない動きはすべて宗教に関係する可能性があります。
2礼2拍手1礼とかどうでも良い。全部3回でも良いのでは?多いほど良いんじゃないの?でも賽銭入れるまで時間がかかるから多すぎてもダメなんだろう。という事で適当に誰かが決めたルール。
マナー講師と一緒。適当に理由つけて、新たなルールを作り、それ知っていたらエラい、知らない人は恥ずかしい。的な価値観を植え付けマウントを取っていく。W。
それはお前の意見だろ。マウントとって人に不快な思いさせた時点でマナーがなっていない。
エリザベス女王?が晩餐会で指を洗うためのフィンガーボールの紅茶?水?を飲んだ時に、その人が恥をかかないように、女王も飲んだ とか言う、こういうのがマナーであって、エレベーターのボタン側に立つとか、席次を一つ一つ覚えても仕方ない。んなものは時と場合によって変わる。相手を不快にさせないことだけを考えていれば良い。
稟議書のハンコ傾けるとかほんとただのバカ。マナー講師が食べていくために適当なルールを新たに作っているだけ。接遇研修は何回も受けたがにスーツのポケットの蓋を入れる入れないが講師によって毎回変わる。実際どうでも良いということ。面接の時にスーツのポケットの蓋がどうなってるかで合否判断しない。どうぞと言われる前に座ったらバツがつくかもしれないが。結局蓋がどうであろうが相手が不快に思わないのでどうでも良いのだ。という事でマナーは相手が不快になるかならないかで決まるもの。
まぁ変な動きを強制されたり、どうでも良いルール(初詣とかハンコ傾けとか)はスルーで良いでしょうという話。
keiのmy Pick