GW前、僕はメインの仕事を辞めた。
現在、無職ではないけれど、
収入は激減した。
そうなることをわかっていながら、
仕事を辞めた。
辞めたことに対して、
何の後悔もない。
今となっては、いずれ自ら辞めると、
わかっていた気がする。
なぜなら、
自分が進むべき道ではないことを、
心のどこかで感じていたからだ。
今回のブログでは、
一連の流れで気づいたことを
書きたいと思う。
真っ先に相談したのは、
師匠だった。
簡潔に状況を説明し、
何に悩んでいるのかを伝えた。
やりとりの中で、
僕はあることを感じ始める。
自分が本当に進みたい道を、
自分で決めてこなかった、と。
決めることから、
逃げてきたとも言えるだろう。
僕としては、
ちゃんと自分で
決めてきたつもりだった。
自分が決めたことに対して、
それでいいと、
納得してきたつもりだった。
でも、所詮、
「つもり」にすぎなかった。
ここで、素直な気持ちを
書いておこうと思う。
自分の悩みを師匠に相談するとき、
「師匠が、解決法を教えてくれる」
といった、あまあまなことを
思っていた気がする。
心のどこかで。
それは、別の言葉で表現すると、
師匠に自分の人生の決定権を、
すべて委ねていたとも言えるだろう。
今回のブログで、
僕がいちばん言いたいのは、
ここからだ。
師匠は、
僕とやりとりする中で、
「あーしなよ、こーしなよ」
そんなふうに言ったことは、
一度もない。
僕が自分の道を決める力を、
僕から奪ったことはないのだ。
そのことに、
もっと早く気づきたかったけれど、
いま気づくことができてよかったと思う。
自分の道を見失いそうな
出来事が起きたとき、
誰かのせいにすることは
かんたんだ。
何かのせいにすることも、
かんたんなのだ。
けれども、
突き詰めて考えていくと、
誰かのせいでも、
何かのせいでもないことがわかる。
その根本にあるのは、
いつも「自分の在り方や行動」だった。
そこを自覚しない限り、
何度も同じことを繰り返す気がする。
「自分の道は自分で決める」
言葉にすると、とってもシンプルだ。
自分で決めればいいだけだから、
サクッとできそうな気がすることもある。
ところが、だ。
いざ自分の道を決めようとしたとき、
急に不安になったり、
怖くなったりすることがある。
失敗したくない、恥をかきたくない、
傷つきたくない、自信がない……。
そうやって、
「もう勘弁してくれって!」ってくらい、
いろんな感情に
のまれそうになることがある。
今回の
仕事辞めてやったぜ事件だけでなく、
これからも人生のあらゆる局面で、
僕はいろんなことを
決めることになるだろう。
感情にのまれそうになり、
「あーでもない、こーでもない」と、
じたばたしてしまうかもしれない。
僕は、そのたびに、
自分の本音を思い出したいと思う。
自分の道は、
自分で決めています風の人生なんて、
望んでいないじゃないか。
誰も僕の道を、
決めてくれることはない。
決めるのは、
いつだって、僕だ。

