今僕は、
「死ぬまでにやりたいことリスト」を
書いている。
昨日、ようやく
66個まで書けた。
でも、67個目以降が書けない。
頭のなかが、空っぽなのだ。
どうしよう。
自分では、
どうすることもできず。
相棒のゾウさんに
助けてもらうことにした。
このあと、
僕の過去を
こねくりまわされるとも
知らずに。
「ねえ、ゾウさん、
ちょっと手伝って欲しいんだけど」
ゾウさんは、
ちらりと僕を見たあと、
わざとらしく無視した。
ああ、そうか。
咄嗟に僕は、
なぜゾウさんが
僕を無視したのか、
その理由に気づいた。
最近、僕はゾウさんと
会話をしていない。
ゾウさんが話かけてきても、
「また、あとでね」
なんて言いながら、
すっかり忘れて
放置プレイを連発していた。
そう、ゾウさんは
全力でいじけているのだ(笑)。
僕は、いつもの作戦に出た。
わざとらしくならないように、
僕がいかにゾウさんに感謝しているか、
ゾウさんがいてくれるお陰で
どれだけ助かっているか、
切々と語ってみたのだ。
時々、チラチラと
ゾウさんの様子を見てみる。
ダメだ。
まだいじけていやがる。
もう、仕方がないなあ。
僕は、ゾウさんを褒める作戦に
切り替えることにした。
と、そのとき。
ゾウさんは、
すごい圧を醸し出しながら、
僕の目をじっと見つめてきた。
そして一言、こう言ったのだ。
「放置プレイはやめて」
切実な、ゾウさんの願いだった。
なんだ、可愛いな(笑)。
「わかったよ、ごめんね。
寂しかったよね」
僕は素直に謝った。
「まあ、わかってるならいいけどな」
おお、ゾウさん、なぜか偉そうだ。
いつもの調子に戻ったようで、
「何を手伝って欲しいんだ?
聞いてやってもいいぞぅ」と、
身を乗り出してきた。
しめしめ、作戦成功だ。
僕は、死ぬまでに
やりたいことリストについて
簡単に説明した。
ゾウさんは目を閉じながら、
うんうんと頷いている。
僕が話し終わると、
ゆっくりとした口調でこう言った。
「で、66個のリストって
どんな内容なんだ?」
僕は、エクセルシートにまとめた
66個のリストをゾウさんに見せた。
ゾウさんは黙ったまま、
そのリストに目を通す。
そして、顔を上げながら
鼻息荒く言った。
「おまえ、つまんねーやつだな。
真面目に書いてんじゃねーよ!
ふぁはは(笑)」
ああ、なんだろうこの気持ち。
今すぐゾウさんを、
ひっぱたいてやりたい。
「真剣に書いただけなんだけど。
俺のことバカにしてんの?」
ゾウさんは、
そう怒りなさんなと
言わんばかりの顔で、
大きな手を
そっと僕の肩に置いた。
その手は、地味に重たい。
「けいじ、あのね。
できるかどうかなんて
考えなくていいんだよ。
ここに書いてあることは、
けいじの想定内の
やりたいことばかりだ。
想像の枠を超えるような、
やりたいことを
書いてみたらどうだろ。
これできちゃったら、
めっちゃテンション上がるでや!
みたいなやつ。
書いてみたらどうだろう。
きっと、書いているだけで楽しいぞぅ!」
ん?
ゾウさんは一体、
何が言いたいんだろう。
僕は言葉の真意を、
理解することができなかった。
「何が言いたいのか、
よくわからないよ。
なんかさ、例え話とかある?」
ゾウさんは、
鼻の先で頭をぽりぽりかきながら、
「そうだなぁ」と何か考え始めた。
「結局ね、未来なんて
今の自分の想像を
超えたところにあるんだよ。
人によって程度は違うけどね」
まあ、確かにね。
僕はちょっと納得した。
「それはそうかもしれないけど。
でもさ……」
ゾウさんは僕の話を聞かず、
クローゼットの中から
アルバムを出してきた。
「この写真見て」
ちょんちょんと、
写真を鼻差した。

「けいじ、このとき
40年後の今を想像できたかい?」
あ、出た。
ゾウさんの必殺技。
僕の質問の回答に困ったとき、
極端な例を挙げるやつ(笑)。
「いや、想像できるとかできないとか。
想像って言葉すら
知らない年齢だと思うよ。
これ、たぶん、
僕が1~2歳くらいのときだろうし」
ゾウさんは満足げに、
そうだろう、そうだろうと頷いている。
そのあとに続いたゾウさんの言葉に、
僕は吹き出してしまった。
「『40年後、俺はおじさんになる』って、
想像していなかっただろ?」
なんだ、その例えは(笑)。
まあ、でも、おっしゃるとおりだ。
厳密に言うと、
40年後じゃなくて、
20年後だけどね。
それはいいとして。
ゾウさんの言う通り、
僕は想像していなかった。
っていうか、
誰も想像できなかったと思うよ。
ははは(笑)。
ゾウさんは、
鼻を僕の肩に回しながら、
大きな目に
涙をいっぱいためて
ゲラゲラと笑う。
変なスイッチが入ったのか、
笑いが止まらない。
「それにしても、
けいじ、このとき可愛かったなあ。
なのに今、おじさんなんだもんなぁ」
うん、そうだね。
そうだよね。
僕は、その言葉に頷く。
にしても、ゾウさん笑いすぎだろ。
「たとえばさ」
ゾウさんは言った。
「女性に戻ってみるとか。
やってみたらいいぞぅ。
ある意味、自分の想像を
超えてるだろう?
まあ、それはおまえが
やりたいことじゃないけどな。
でも、戻ることで
また世界が違って見えると思うぞぅ」
「んなこと、ぜってー無理。
そもそも、こんな厳ついおばさん、
めっちゃ目立つでしょうよ。
恥ずかしくて外歩けないよ!」
ゾウさんは
顔をくしゃくしゃにしながら、
そうだろう、そうだろうと笑いこけた。
「あのさ、ゾウさん。
笑うのはいいんだけど。
そこまで笑われると、俺、傷つくからね!」
ゾウさんは、はっとした顔をして、
急に優しくなった。
「わしが大笑いしたくらいで、
傷つくんじゃないよ。よしよし」
大きな鼻で、
僕の顔をペロンと撫でる。
うわあ、なんで湿ってんだ。
これ鼻水だろう?
ゾウさん、どうしてくれる。
風呂入ったばっかなのに。
にしても……。
ゾウさんのお陰で、
僕は1つ気づいたことがあった。
リストを書いているとき、
「これだったらやれるかも?」
みたいなことしか
ピックアップしていなかった。
今の自分の想像を超える、か。
改めて考えてみようかな。
「はみ出す勇気が大事だぞぅ」
ゾウさんは、
リンゴのイラストが描かれた
木箱にちょこんと座り、
僕に言った。
「あ、でも、何でも好き勝手に
やっていいってことじゃないからな。
『この人から止められたらやめる』って
決めておくことも大事だぞぅ」
うーむ、なるほどね。
それ、このあいだ師匠からも言われたよ。
ゾウさんは
「そうだったね」と言いながら、
一瞬うつむく。
すかさずパッと顔を上げたとき、
口元がにやついていた。
なんだか、嫌な予感がする。
「だから、とっかかりとして
女性にもどっ……」
「あのね、ゾウさん。
それ、俺の想像は超えているけど、
死ぬまでにやりたいことじゃないからな!」
「けいじ、一度きりなんだぞ人生は。
いかにいろんなことを面白がって生きるか。
おまえは、それが大事なんだろ?」
鼻で自分の肩をぽんぽん叩きながら、
ゾウさんは部屋を出ていった。
