圧倒的な存在感で
森の中から お顔を出している
太陽の塔のおじさま✨
太陽の塔は
あって当然の
存在だが
1974年
一度
取り壊しの話が
出たという
維持費が高すぎるので
太陽の塔を
ダイナマイトで
爆破させて
撤去する
ということが
正式に決定し
新聞にも
掲載された
しかし
その新聞を見た
万博大好きな
高校生の
青年が
どうか
太陽の塔を
残してほしいと
手紙を
送り
その
手紙がきっかけで
1975年
太陽の塔の
永久保存が
決定されたらしい✨✨✨
今日は
そんな
太陽の塔の
運命を変えた
青年(当時)
と
橋爪先生の
対談に
行ってまいりました
(^ν^☆・:.,;*
万博好きな
わたくし達に
とっては
神様的存在の
当時の青年
藤井先生が
登場されて
みんなで
拍手✨笑
藤井先生は
万博当時
小学六年生で
万博に
何度も通い
全ての
パピリオン
制覇された
らしい✨
その後も
沖縄海洋博
や
ポートピア81
つくば博
etc
国内外の
博覧会
ほほ
制覇されている
万博博士☆彡
更に
当時入手できなかった
万博グッズを
今も
集め続けている
らしく
貴重な
バッチコレクションを
見せてくださったよ☆彡
そして
橋爪先生が
当時の
テーマ館について
お話して
くださったのだが
丹下健三先生の
手がけた
大屋根を
岡本太郎先生が
ぶち破るように
穴を開けて
太陽の塔を
建てた
みたく
いわれているが
実は
最初から
丹下先生の
大屋根には
丸い穴を
あける
構想だったそうで
そこから
太陽の塔が
顔を出すように
建てることを
岡本太郎先生が
考えたらしい
そういう構想だったことが
最近出てきた
当時の
資料で
判明したようだよ⭐️✨
当時の藤井青年が書いた手紙が
本当にこのお手紙のおかげで
太陽の塔が救われたので
永久保存が決定した時
新聞記者が
藤井青年の家に
インタビューに
来たらしい⭐️
今日は
当時の
万博少年
お二人の
楽しい対談
行けて
良かったです
(^ν^)
今回の対談は
ホームページに
一切情報が
載っていなかったので
本当に
あるのかな?
お客さんは
くるのかな?
って
思っていたけれど
沢山の
お客さんで
盛り上がりました
(^ν^☆・:.,;*
また
次回の
イベントも
楽しみです
✨✨✨