今では市内にたくさんの

放課後等デイサービスの施設ができ

障がいを持つ子どものママたちも

普通に働くことができますが

私が働き始めた12年前頃は

まだそれが数ヶ所しかなく

特に長男のような医ケアの必要な

重心の子どもを見てくれる施設は

限られていました。


重心の子を放デイに預けるのも

レスパイト的なもので

働くために利用する人は

ほとんどいませんでした。


幸い私は

理解ある保育園で雇ってもらい

長男の放デイも融通を

きかせてもらい

重心の子どもがいながらも

仕事ができる環境が

とても有り難かったですニコニコ


長男の体調不良での急なお休みや

入院などでしばらく休むこともあり

他の先生方にはご迷惑を

おかけしながらも

毎日楽しくお仕事させてもらい

1年が過ぎようとする頃。


私の手をつかみ

おもちゃを取らせようとしたり

クレーン現象の見られる子が

いました。

もしかしたら・・

と思い園長に聞いてみると

「やっぱり気がついた?」 

発達に問題があるお子さんでした。

(園長は元々理学療法士)


他にも何人か

あれ?

と思うお子さんもいて

長男が小さい頃通っていた

発達センターで

いつか働くことができたら  

いいなーと思い始めた時。


副園長から

「来春からの保育士を募集するのだけど、来ない?」

と電話をもらいました。

何というタイミング

副園長、エスパーですか⁉️


でも

とてもよくしてもらっている

K保育園を1年ちょっとで

退職するのはどうだろう・・。

せっかく園児さんにも慣れ

職場の先生たちとも

仲良くしてもらい

楽しい毎日を過ごしていたのに。


私の気持ちは発達センターに

動いていました。

センターで長男と過ごした

楽しかった日々。

初めての療育や集団生活。

心から話し合えるママ友との出会い。

 

長男が1歳から通い始め

不安でいっぱいの

何も分からなかった私を

優しく受け止めてくれた先生たち。


またあの大好きな場所で

毎日を過ごせたら

どんなにやり甲斐があるだろう。


もちろん

保育士とは言え

たった1年保育園に勤めただけで

療育については何も分からないので

職員として何ができるのか

不安もありましたが

「時は今

のような気がしていましたニコニコ





​いつもお読み下さり

​ありがとうございます目がハート



雪の日の夕焼け空✨