皆さんおはようございます、こんにちは、こんばんは
長岡です。
遂にラストブログを書く時がきちゃいましたね
見てくださってる方は僕のことを少しは知ってくださってる方だと思うのですが、なぜ僕が部活に入ったのか、というところから話そうかなと思います。
體育會の一般的なイメージである「逞しい男」とは程遠いですし、體育會っぽく無いね〜とか、スポーツ得意なの?とか聞かれます。
別にスポーツが得意なわけでは無いですし、っぽく無いと言われたら言い返せないくらい、自分でもそう思います!とても内向的ですし、はつらつともして無いですし!
そんな僕がなぜ入ったかですが、
ただただ面白そう!頑張りたい!
それだけです。
では具体的な経緯を少しだけ。
僕は大学1年の9月から飛込部門に入部しました。それまでは體育會に入ることなど全く考えたことがなく、普通にサークルに入っていました。
入っていたサークルは比較的まともだったのですが、コロナ禍で活動が少なかったことと、活動内容が、練習というよりは遊び、楽しくテニスしよう!という感じが強く、ミスっても注意されないし、具体的な指示もなくて、なんか違うなと思い、もっとしっかり競技ができるところにしようという思いから部活自体に興味が湧きました。
ほぼ初心者のテニスで部活をやるのはやはり苦労が多いだろうなと思い、初心者が多い競技でやろうと思って探しました。
元々水泳や水球をやっていたので、その周辺を探している中で、飛込部門を見つけて連絡しました。
僕は一期一会を大事にするタイプなので、体験に行かせてもらって、楽しいし、初心者でも始められそう(同期が2人とも初心者)だし、雰囲気も馴染めそうだから飛込やってみよう!
とあまり深く考えず入部しました。
このような感じです。
この出会いは他の人はないだろうな。楽しそうだな。頑張れば全国か!がんばろ!
このような形でスタートしました。
4年間はもちろん楽しいだけで無く、苦労することが何度も何度もありました。
具体的なエピソードをかいても面白くないので、色々まとめて、
體育會自体には強いこだわりがなく始めた僕が、4年間の活動を終えて思ったこと
を書こうと思います。
まず、中途半端な組織には入らず體育會にして良かったなと思います。
良い成績を収めたり、人一倍うまかったりする訳では無かったですし、慶應生でも下手な部類だったとは思います。
最終的に見れば、種目も人より劣っていたし、まだまだだったなと感じます。
それでもインカレという、飛込を選択しなかったら出れなかった大きな大会に出れて、決勝まで行かせていただけたのは他では得れる経験ではありません。この先もないでしょう。
とても満足しています。
この選択は間違ってなかったなと胸を張って言えます。
二つ目に、飛込競技の他の競技には無い良さについてです。
飛込は明確な壁を越えなくてはいけないところが独特で面白いところだなと思います。
飛込では、新しい種目を飛ぶ瞬間が何度も現れます。それはどれだけ競技を続けていても訪れるのでは無いかなと思います。(人によるとは思いますが。)
この瞬間は、決意をして勇気を振り絞らないとできないことです。
辛いことは避ける。これは日常生活で皆がしてしまうことだと思います。僕もそうしてしまうことがあります。というかそんなことばかりです。
けれど、飛込は逃げてばっかではいられません。
飛ばなきゃいけません。向き合わなくてはいけません。酷ですよね
なんてスポーツだ!!ともおもいます
ですが、飛んでしまえば、めちゃくちゃ嬉しいですし、自信にもつながります。
飛込競技としてだけではなく、人間的な成長も感じられます。
これはなかなか他の競技では感じられる感覚では無いのかなと思います。
このようなところが僕の性格にはかなり合っていたのかなと思いますし、大好きです。
僕は自分に浸りたいタイプの人間なので、先ほどのインカレに出れた、というところもですし、新しいことができて成長できたと実感できるのは、とても気持ちが良かったなと思います。
他の競技ではあまり成長を感じられるところも多くはないかなと思うので、良かったです。
三つ目は同期への感謝ですかね。
僕の代は、自分を含めて2人選手がいました。拓と修吾ですね。
もう1人マネージャーがいたとか、いないとか、
まあ一旦そこは置いておいて、2人がいたおかげで4年間続けられたなとはすごく思っています。
授業との両立への不安とか、種目が停滞してだらけてしまう時とか、嫌になってしまう時とか、しんどい時期は多くありましたが、
着実に種目を増やしていったり、自分より上手に飛んでいる2人を見て刺激をもらうし、停滞していてはいけないなと強く思えるきっかけをなんども貰いました。
また、ストレッチの時間の雑談を楽しみに練習に行ける日もあったくらい大切な時間でした。ありがとう。
また、2つ目で新しい種目についてお話ししましたが、自分が新種を飛ぶ時にもちろん飛びたく無くて飛べないことも多々ありました。
そんな中、嫌々でも飛べたのは
色々アドバイスくれたり動画を見せてくれたり励ましてくれた修吾や、ほぼ強制的な圧力で飛ばせてくれた拓のおかげだなと思います。ありがとうございました!!
正直、背中を押して欲しくて、飛びたく無いなーとかこれやろうか迷ってるんだよねーとカマチョみたいな主張をしてしまったことも多々ありました。
意志が弱かったなとは反省しています。
ですが、ちゃんとその言葉を拾って背中を押してくれたので感謝でいっぱいです。
もちろん同期のみならず、先輩方やOB・OGの皆様、飛込競技の他のチームの選手・コーチなどなどにも大変感謝しております。
狭いコミュニティの競技だからこそ、コミュニケーションが得意でない僕でも色々な方と関わることができたと思います。
皆さんが背中を押してくれて、改善点を具体的に教えていただけたのはとても恵まれた環境だったなと思います。
大きく分けてこのような3つですね。
忘れていました。主務について書いていませんでしたね。
これは本当に想定外でした。主務をやることなど一切考えていませんでしたが、拓が留学行くことが急に決まり、消去法の形で選ばれました。
最初は乗り気じゃ無かったですが、主務業も普通ならできない経験なのでと割り切って最低限のことはしっかりできたんじゃないかなとは思います。
けれど、もっとできたなとも思います。最低限の仕事をやるだけで自発的な活動はほとんどなかったなと。
もっと動ければ部員を減らさずに済んだのかなとか、活発な部活になったのかなとか
反省点を出せばきりがないです。これは反省ですね。
たくさん任せてしまった、ひさひろや他の主務の方々。ありがとうございました!
良い主務生活でした
色々ありましたが、本当に楽しく充実した学部生活になったと思います。
體育會って組織別に好きじゃないわーってずっと言ってましたが、なんだかんだ好きだったのかなと思います。
所属できて良かったです。
関わってくださった皆様、ありがとうございました。
次は社会人!!
ではなく、いったん大学院生をやらせてもらいます。
環境があるにも関わらず、4年間で改善できなかった点もあります。コミュニケーション能力を筆頭に色々あります。
現状に甘えず、4年間で学べたことは活かしつつ、改善できるところは見直して、
今のように満足した気持ちになれるようあと2年間の研究生活頑張っていこうかなと思います!
長ったらしく上手でも無く深みも無い、
そんな自己満ラストブログとなりました。僕らしいです。
みてくださった方はありがとうございました。
では!