【ニュース概要】

 犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案をめぐり、廃案を求める抗議行動が続く香港で7日、数万人が市内の道路を埋め尽くし、大規模な行進を行なった。抗議者が立法会(議会)を一時占拠した1日夜以来の大規模デモとなった。

 

 今回のデモは中国本土からの旅行者に人気がある九龍半島の繁華街で、香港と中国本土を結ぶ高速鉄道の駅である西九龍駅へ向けて行われた。注目を集めるため、香港で主に使われている広東語ではなく、本土の標準語である北京語で声を上げた。抗議者の1人、エディソン・ンー氏(18)は(AFP通信に対し)、「我々は、中国本土からの人を含む観光客に、香港で何が起こっているのかを示したい。彼らが、この構想を中国本土へと持ち帰ってくれることを望んでいる」と述べた。

 改正案の審議が予定されていた先月12日には、反対派の市民ら数千人が立法会周辺で抗議デモを繰り広げ、香港警察は催涙ガスやゴム弾を使用した。政府側は当初、「逃亡犯条例」改正案によって、香港が犯罪者の安全な逃げ込み先にならないよう、法の「抜け穴」をふさぐ意向を示していた。しかし、この改正案により、大きな欠陥のある中国の司法制度に、香港がさらされてしまうのではないかとの批判の声が上がっている。主催者によれば、今回集まったのは約23万人で、うち数人が警察に拘束された、と報じられている。

 

【ニュース背景・考察】

 ニュースを良く理解するためにまず、香港という国の成り立ちについて見てみましょう。

 

 香港はかつて、150年以上にわたりイギリスの植民地でした。イギリスと中国は1984年に、「一国二制度」の下に香港が1997年に中国に返還されることで合意した。香港は中国の一部になるものの、返還から50年は「外交と国防問題以外では高い自治性を維持する」という約束が交わされたのです。しかし、「逃亡犯条例」の改正案が通ってしまうと中国政府による香港統治が迫り、その高度な自治性が維持されなくなるのではないか…この懸念が、今回のデモ発端の一つの大きな要因です。

 

 返還後の香港は香港特別行政区となり、独自の法制度や国境を持つほか、表現の自由などの権利も保障されています。例えば、中国国内にありながら1989年の天安門事件について市民が追悼できる、数少ない場所となのです。しかし、実は数年前からすでに、こうした自由が

弱められているのではないか、という出来事が多々ありました。高等法院が民主派議員の議員資格を剥奪(はくだつ)/香港の書店員が次々と姿を消した事件/ある富豪が中国本土で拘束されていることが分かった事件、などなど。アーティストや文筆家は、現在の香港は検閲の圧力にさらされていると話しています。英経済紙フィナンシャル・タイムズの記者が香港独立を目指す活動家を招いたイベントの司会をしたところ、香港への入国を拒否されたということです。

 

 国の距離は近いのに、人々の心の距離は縮まるどころかさらに広がっているように感じます。連日のデモは各国で話題になっており、特に元宗主国であるイギリス、話題の渦中にある中国のメディアでも大きく取り上げられました。まだ中国が香港から手を引くとは思えませんが、暴力や妨害行為に訴えないデモを通じ、中国政府にその願望を伝えられることを祈っています。