早起きのロック | Morning People's Humming

Morning People's Humming

鼻歌まじりの日々。

おはようございます。
今朝は6時5分起床。
やっとこさ起きてます。
寝たの3時前。
全然スッキリしてねー。

http://www.hayaoki-seikatsu.com/users/ootakeisuke/monthly/

グラフを見ていて思い出したのがある友人に聞いた
マヤ暦の話。
なんでもそれは普通の暦とはサイクルがちがうわけです。
で、その暦に合わせて日記のように自分の行動を記して
いくと、自分の暮らしが20日くらいの周期で回っている
ことに気がつくという。
だからその自分のサイクルに合わせて行動すれば無理
がない、ということらしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ハアブ
確かに20日周期で構成されている暦のようだ。

暦が違うということは、流れる時間が違うということ。
時間って誰でも同じで絶対的なもの、と思っているけれど、
所詮概念でしかないことを思い知らされる。

時間の捉え方が違うっていうことは暮らしのサイクル
から考え方の根本から全てが違うってことだ。
日本にだって元々独自の暦があった。月の動きに
合わせた暦。細々とながらもまだ暮らしに息づいている。
いや、女性なんかは特に顕著だろうけれど、身体は
月の動きに大きな影響を受けていることを考えると、
人は本来今の暦とは必ずしも一致しない時間を生きて
いることに気がつく。

世界各地にあったその土地固有の暦法が失われ、今では
ほとんどの国でグレゴリオ暦が採用されている。
日本では1873年、明治6年かららしい。
その採用の経緯は分からないけれど、思えばこれが
グローバリズムの始まりかとも思う。
各々異なる時間で話をしていたらちっとも話はまとまらない。
ビジネスなんかは特にそうでしょう。
それを嫌った欧米のキリスト教世界が自らの時間で世界を
統一し、自分たちの土俵に世界を合わせた。
悪気があったかなかったか、それは分からないけれど、
とにかく僕らは彼らの思うつぼにはまって今の時間を使っている。
使わされていると言ってもいいかもしれない。

そうか、時間はある。ただそれを測るものさしはいろいろ
あっていいんだ。いいはずなんだけど、それでは不都合の
ある人たち(主に権力者だと思う)が権力を発揮しにくい。
そこで共通のフォーマットを定めて、そこに人々を押し込んで
支配しやすくしようとしてきたんだな。

なんだか話が込み入って来たけれど、要するに時間という
のは一つではない。にもかかわらず、僕らはそれに振り回され
ている。3月ウサギのように。

考えてみると、気持ちのいい早起きをする、というのは時計の
時間ではなく、自分の身体のリズム=自分固有の時間感覚に
従う試みであり、既存の時間体制からの脱出あるいは抵抗で
あり、抵抗ってことはロックでしょう?といきなり変なことを言い
始めて、結論としてしまう。

早起きはロックだぜ!
あ、ちょっと元気になってきた。
今日も一日気持ちよく。